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いちばん古い東京の記憶。

少し前の話になるのだけれど、通勤途中に地下鉄の通路を歩いていると「日比谷線開通60周年云々」と書かれているポスターが目に入った。古くて粗い画像に写っている列車は、モノクロ写真でありながら確かに銀色の車体であることが窺えた。そのポスターを横目にそのまま私は歩き続け、地上に向かう階段を登りはじめたところで突然、遠い記憶が蘇ってきた。



地下鉄の駅のホームにわたしたち家族はいた。

あれは東京タワー見物の帰り道のことだ。夏休みに一家揃って埼玉に暮らす叔母家族を訪ねたわたしたちは、叔母の案内のもと東京タワー見物にやってきたのだ。

初めての東京、初めての東京タワー。
当時7、8歳だった私を筆頭に、ふたつ歳下の真ん中の弟と、3、4歳の末の弟の我々3人きょうだいは疲れも知らず大はしゃぎだった。
東京タワーの展望台まではエレベーターを使わず階段で上がった。頑張ったご褒美に、と展望台の係のおじさんが真っ赤な表紙が付いたA5サイズの東京タワーノートをくれた。その帰り道のことだ。

わたしたちきょうだいは地下鉄に乗るのも生まれて初めてのことで、地下のトンネルの中にある駅のホームに終始大興奮だった。ホームに入ってきた電車が銀色だったことと、叔母が暮らす町の路線を照らし合わせてみると恐らくあれは日比谷線だったと思う。電車と言えばオレンジと緑色の東海道線か、白とブルーの新幹線しか知らなかった当時のわたしにとって、銀色の電車は未来から来た乗り物に見えた。

地下鉄のホームで電車を待っていると突然、下の弟がガニ股中腰の姿勢になった。その姿勢のまま人差し指を立てた両手を頭上に向かって真っ直ぐ伸ばしていちばん高い場所で重ねると、カチ、カチ、カチ。と言いながら片腕だけを小刻みに回し始めた。列車の到着を知らせる時計のマネをしているのだ。
それを見た上の弟も面白がって直ぐに真似を始めた。

カチ、カチ、カチ。
揃いのシャツを着た小さな兄弟が地下鉄の駅のホームでふたり揃ってガニ股になり、声を張り上げ時計の真似をしている。恥ずかしいからやめなさい。と2人に注意する母もこらえきれずに笑ってしまっていた。白線近くに立つ2人を、危ないからと母はホーム内側へと引っぱって戻そうともした。しかし2人はすぐさま白線の側へと駆け戻り、再びそろってカチカチやり出すのだった。

列車の到着を待ってカチカチ時計の真似をする弟2人。
怒りきれずに笑ってしまっている母。
地下鉄の薄暗いホームで銀色の電車の到着を待ちながら、皆で大笑いしてそれを見ていた。


昭和50年代のことだ。
わたしにとっていちばん古い東京の記憶である。


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