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忘れずに、語り継ぐ

去年の11月、とある国に行った。入国当初の緊張は、教会とモスクの混在する美しい街並みに、ゆるりと解けていった。泊まった友人宅は中心地にあるのに日本の我が家に比べると倍広く、植物の鉢が並んだバルコニーには麻のハンモックが揺れていた。

到着して数日後、市内で開催するマラソンに友人と出場した。コース横には地中海が輝いて清々しい。沿道近くに住む人々は手持ちの食料や水を笑顔で振る舞ってくれた。完走して、家から1時間ほど車を走らせた場所にある友人の別荘に行った。海の側にある別荘からは、街並みと地中海の全貌が見える。夕日が海面に反射して、波が煌めいていた。

一読すると地中海のリゾート地に遊びに行ったように見受けられるが、わたしが訪ねた国レバノンは、現在外務省の危険レベル4【退避してください】の指示が全土に発令され、危険と称される国になってしまった。

レバノンを訪ねた際、シリアにも足を伸ばした。
シリアこそ当時から危険とされていた国であり、恐怖から遺書を携えて入国したのを覚えている。

しかし足を踏み入れると、瞬く間に活気や美しさに目を奪われた。
書き出せばキリがない。市場の活気、1000年以上の歴史を持つモスク、職人が全て手作業で作る美しい工芸品、いくらか破壊されてもなお聳え立つパルミラ遺跡、すれ違う人の親切や笑顔…紛争の跡は残れど、危険からは遥かに離れているように感じた。

現在のシリアは国の方針で海外旅行者は必ずガイドを付ける必要がある。この時ガイドを担当したラミが話したことが、今も忘れられない。

「この国が、僕の祖国が、どれだけ美しいかを忘れないで欲しい。シリアは内戦で厳しい時期もあったけど、それを乗り越えようとしている。この国は本来豊かな国なんだ。僕が恐れているのは、シリアが恐ろしい国のまま忘れ去られてしまうこと、人の心から消え去ってしまうことなんだ。」

忘れられるのは、怖い。辛い状況から這いあがる途中なら尚更に。世の中から忘れられ、絶望して、過激で暴力的な行動をする。再び目を向けてもらうために。しかしそれを目にして、人はまた「ああ、あそこは恐ろしい国だから…」となる。まさしく七転八倒の状態だ。

わたしが未来のために出来ること、それは忘れないこと、美しい側面を伝えることのように思える。この国は傷を負っているけれども美しいのだと、語り継ぐこと。それが負の連鎖を断ち切るの小さな一歩になると信じて。

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鈴木(宮原)ゆうり
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