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二人は似た人
私はロアルド・ダールが大好きで長年愛読しております。最初に読んだのはハヤカワ・ミステリ文庫の「あなたに似た人」でした。
いわゆるブラックジョーク的なショートストーリーで、大人の話というのはこういうものなんだな、と随分感心した記憶があります。
その後映画で「チョコレート工場の秘密」を見ましたが、ジョニー・ディップのものではなく、その前の「夢のチョコレート工場」でジーン・ワイルダーがウォンカをやっているやつです。こっちの方がほのぼのとしているので好きだったんですよね。またこの中で駄菓子屋さんの主人が歌う歌は、その後Sammy Davis, Jrが歌った「The Candy Man」で大ヒットしました。
私もレコード買いました。
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だからその後、ダールが童話を書いていたことを知り、丁度評論社さんが「ロアルド・ダール コレクション」のシリーズを出してくれたので、丁度うちの子どもが小学生くらいだたこともあり、買って読んであげました。
私はこのシリーズの中では「おばけ桃が行く」と「マチルダは小さな大天才」が好きでしたね。このふたつはあまりブラックじゃなかったからかな?
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さて、そんなことを思い出したのはこんなニュースが目についたからです。
正月に読んだ「文にあたる」(牟田都子)亜紀書房だったと思いますが(記憶違いで違う本、人かも)、作家が書いた後に校正をする仕事の牟田さんは、校正者としてどこまで手を入れることが許されるのか、を自問自答します。ここまで手を入れるのは作品を生み出した作家を侵害するのではないのか…などですね。しかし、ある作家が「本(作品)は生み出してしまったら後は読者のもの」というようなことを言われたのを知り、校正で手を入れることは絶対に許されないことではないと感じていきます。
ダールのニュースは正にそのことを意味すると思います。
皮肉屋のダールはかつて書いた表現が今の世の中で少し反発、あるいは引っかかるものであったにしても、彼は「どうでもいいよ」というんではないでしょうか。ただ私のような読者としては、ダールが書いて世に出された初版の表現がアーカイブとして残ることを祈るだけです。改訂版だけ残るとどこかで作者の意図が曲解されるようになってしまう恐れがありますからね。
先日「駱駝とヤク」のタイトルで書いた西川一三氏の西域の踏破の話でも紹介したように、「天路の旅人」では沢木耕太郎氏が西川氏の最初の原稿をあたって、既に出版されていたものを修正された顛末も書かれていました。
ここでも西川氏は「芙蓉出版」「中公文庫」から出版されてた作品に対して異を唱えてはいなかったようです。記憶を書いてのこすことが大事であって、書いた以上は、後は出版社と読者のものという気持ちだったようです。
西川氏は西域をほとんど徒歩で蒙古からインドまで踏破した方、ダールもまたイギリス空軍のパイロットとしてアフリカでの経験が豊富です。似たような性格なのかもしれませんね。なら、言い換えも気にしないでしょう。
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