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私の2023ベストブック

毎年師走には、この一年読んだ本のベストを振り返って決めています。もちろん新刊ばかりではなく、前年以前に出た本(古書を含む)を遅ればせながら読んでベストにすることもありますし、あくまで自分の受けとめによるベストなので、他の人には全く参考にもならないし、同意もいただき難いものだとは思っています。まあ、ある意味自分の備忘録としてアップしているのですが。

で今年2023年もたくさん読んできましたが、11月まででは面白かった本はありますが、これだ!というのにめぐりあわず、これは今年はベストなしになるのかな?と思っていましたが、いやいや12月に遭遇しました。

それが「沖縄の生活史」(石原昌家・岸政彦監修、沖縄タイムス社編)です。

先日は「同志少女よ、敵を撃て」の紹介で、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ氏の「戦争は女の顔をしていない」について少し書きましたが、オーラルヒストリーというのは本当にすごいと思います。
大きくまとめても川の流れを見ようとしてもそこには何も見えず、小さな市井の一人ひとりの声にこそ真実があると深く思います。

アレクシエーヴィッチ氏の著作は、あくまで氏が対象の人から聞き取ったもので、決して氏が対象の人の背景を知っていたわけではないし、関係があった相手というわけではありません。
しかしこの「沖縄の生活史」は岸方式と書かれていますこれが優れもので、上記のサイトの石原氏の部分を一部抜粋すると

「この企画は、沖縄タイムス社とともに、社会学者・岸政彦立命館大学教授の『岸方式』とも言うべき斬新な方法で紙面を飾っている。沖縄県全体で聞き手を募集して、聞き書きさせるという方式は、私には到底思いつかない、壮大な手法である。
しかも、語り手とは元々、信頼関係の深い聞き手による聞き書きなので、初めて出会う聞き手に対してはなかなか話せない内容が、次々と明るみに出ている。」

その通りで、孫が祖母に聞く、若者が友人の祖父に聞く、息子が父に聞く、というような関係なので、そもそも相互に肉親・知人としての信頼感があった上での聞き取りになっています。
学者等がヒアリングに来ても、ある一線を越えた関係を築くのは誠に難しい事だと思いますし、それによって事実の確認は出来ても気持ちまでは探れない、隔靴搔痒というもどかしさが消えない感じが文章に残ることもあります。

もちろん近すぎる関係だから「建前」や「きれいごと」として話すという可能性もないではないでしょう。それでも双方の対話の中で「あそこのおばちゃんの」「あの店の横にあった」「もしかして学校のあたり?」というようなお互いの記憶の重なるところを確認しながら日常会話として、オーラルヒストリーを表に出していくというのは誠に優れたものだと思います。
中には戦争や基地問題だけでなく、沖縄人に対する差別、また離島への二重差別、うちなーぐち(沖縄弁)の使用禁止、ハンセン病、移民、女性差別、貧困、飢餓等様々な固有の出来事が個人の記憶、言葉として話されることで1人の人間の肉声として響くのです。
事実、出来事を聞くと同時に「で、その時どう感じたのか」「今はどう思うのか」という心の内まで聞くことで、まるで自分がその聞き取りの場で聞いたように伝わってくるのではないでしょうか。

100人が100人に聞く、その100の語りはそれぞれ違い、また共通することもあり、同じことでも見方が異なり…本当に素晴らしいです。
それを可能にしたのは、岸方式だけでなく「沖縄タイムス社」という地元新聞への信頼感の土壌があったからだと思います。

生活史というタイトルは確かにそこにあった生活、人の視点ということがよくわかります。

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