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通は守破離の守どまり

私はNHK-FMの「現代の音楽」という番組が好きで、らじるらじるでよく聞いています。今週は「近藤聖也 コントラバス作品展」とあり、「展?」と思いつつ聞かせてもらいました。

コントラバスってこんな音も出るのかととても面白く聞いていたのですが、最後、三曲目が「変態ビートル(2022)」近藤聖也(コントラバス) 、會田瑞樹(打楽器) 作曲: 清水チャートリー

で、MCの西村氏が笑うような何とも言えない紹介でした。コントラバスを寝かせてその下で演奏する。見た目にビートル(カブトムシ)のように、足が何本か出ているように見せて、さらに打楽器奏者との演奏、という説明なのですが、音と話だけではよくわからない所があるので、動画でググると、なるほどこれか~。確かに「展」ですわ。

現代音楽といえば、先日ETVの「ドキュランドへようこそ」でやった「無調の輝き 現代音楽に魅せられた少年」もまた凄かったです。

彼の無調の曲は自由に出て来るようです。一見、演奏も自由奔放に見えますが、様々な音色が登場する中で、最後まで破綻しないところが、やはり本物。現代音楽として優れていると思いました。
日本だとこういう自由さは許さないのでしょう。
彼はショスタコーヴィチの曲も素晴らしく弾くわけですから、そうするとどうしても伝統的なピアニストへの道を無理やり歩ませる。従来の音楽教育にドップリと漬けて、現代音楽には目も向けさせないのでしょう。
ツォトネ君は守破離の離の域まで行ってるんじゃないでしょうか。

そういえばとても面白かったのは冒頭の「近藤聖也 コントラバス作品展」。これはライブですが、演奏が終わって微妙な時間が出現します。そうです生まれて初めて聞く音楽なので、どこで拍手してよいかわからないというあの微妙さ。
恐らく近藤氏が弓を上げたり、姿勢を変えるのをみて「ああこれで終わりか」と会場の人はわかって拍手、ということだったのでしょう。

私はクラシックだけでなく、ジャズやロック、ワールドミュージックの演奏会に行った経験がありますが、クラシックで何が嫌いかといえば、演奏者の演奏が終わった瞬間、間髪入れず拍手する人がいること。
やめてや、まだ演奏者の音が会場に漂ってるじゃないか、それがすーっと消えていくまで静かにしてほしい。と思うのですが、どうも「通」は即、拍手する。それは演者に対してではなく、「俺知ってるもん」と自らのために拍手しているのが鼻につくのですね。
これはクラシックだけでなく様々な演奏会で目に(耳に)します。正直、演奏者の音がだんだんと消えていくあの時間も含めて、私はチケット代に入ってると思うので、拍手する人に金返せと言いたいくらいです。
音楽だけじゃなくて、落語会なんかもそうですね。知った気な人は落語家がオチを言った瞬間に拍手する。アホか、頭を下げ始めた頃からすればいいのに。「通」って本当に嫌だわ。
彼ら「通」は観客として守破離の守どまりですね。

もちろんそれ以外にも気になることはありますね。
私が若いころ80年代はディスコブーム(バブルの前)でした。この頃のディスコはフロアーで結構自由気ままに踊っていましたが、バブル後あたり「クラブ」になってからみんな同じ振り、動きになり(守ですね)、それが嫌で全くいかなくなりました。
クラブだけでなく、ライブの音楽で、客席の観客が一斉に同じ動きをするのも大嫌い。音楽って心が開放されて自由になるためのものなんだから、自由に踊ればいいじゃないか、これじゃあまるでラジオ体操じゃ。ということで、こちらも行く気にはなりませんね。

ということで、現代音楽が妙に好きなのはそういうところなのでしょうか。そういえばこれも良かったです。


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