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太陽国旗とZ旗

「三体」で仰天した劉慈欣氏のデビュー作「超新星紀元」を読みました。

サイトによると

1999年末、超新星爆発によって発生した放射線バーストが地球に降り注ぎ、人類に壊滅的な被害をもたらす。一年後に十三歳以上の大人すべてが死にいたることが判明したのだ。“超新星紀元”の地球は子どもたちに託された……!

13歳以上の大人が死滅した後半からの展開はどうももう一つの印象でしたが、前半はなかなか面白い。それでも少し物足りないのは14歳以上の人が淡々とその運命(1年という寿命)を受け入れる様で、本の一ページしかなく、これはないだろう、と感じました。

「さまざまな新興宗教が雨後の筍のように現れ、燎原の火のごとく勢力を広げた。大規模かつ奇妙な祈禱の模様は、まるで中世にタイムスリップしたかと思うくらいだった。
だがそんな希望のバブルもやがてはじけ、連鎖反応的に絶望が拡大していった。さらに多くの人々から理性が失われ、最後は集団ヒステリーと見える域にまで狂気が高まって、精神的にもっともタフな人々でさえ、その波に呑み込まれた。行政機関も徐々にコントロールを失い、社会秩序の維持に不可欠な警察と軍隊ですら不安定になり、政府機能も半分麻痺状態に陥った。全人類が、有史以来最大の精神的脅威を前にしていた。街のいたるところですさまじい数の乗用車が玉突き事故を起こし、塊となって動かなくなった。爆発音や銃声があちこちで響き渡り、火災が発生した高層ビルから煙の柱が高々と立ち昇り、どこもかしこも狂乱する群衆が渦巻くカオスとなった。混乱を避けるために空港は閉鎖され、アメリカやヨーロッパ大陸では、空と陸を含む交通網がすべて麻痺した。メディアも機能を失い、混乱していた。当時のニューヨーク・タイムズは莫迦でかい見出しで、人々の心理状態をこう説明していた。
『Heaven seals off all exits!!!』(「天はすべての道をふさいだ」の意。中国のことわざ「天無絶人之路」「天は人の道をふさぐことはない」のもじり)

各宗派の信徒たちの一部は、より信心深くなり、強い精神力をもってみずからの死を受け入れようとした。かと思えば、逆に信仰を放棄して大声で罵り合う信徒たちもいた。
だが、子どもたちの染色体修復機能が広く知られるようになると、狂気に満ちていた世界はたちまち平静をとり戻した。その変化の急激さを形容したある記者の言葉を借りると、世界は「スイッチを切ったように」静かになった。」

アルマゲドンの姿ですが、そんなにみんなスイッチを切ったように受け入れるのでしょうかね?

また、こういう事態に直面した各国の元首(リーダー)が優れているところに違和感が、もっとジタバタするんじゃないでしょうか。こんな箇所もあります。

そのとき、みんなは空を見上げた。透明の天井の向こうにある夜空に、次々と白い閃光が出現した 閃光は強く、出現するたびに夜空に浮かぶ雲のふちを銀色に明るく輝かせ、ホールの床に人間の影を落とした。こういう閃光は、このところ夜になるといつも現れる。何千キロメートルも離れた軌道上 で爆発した核爆弾の光であることはだれもが知っていた。世界が交代する前、核保有国はすべての核兵器を廃絶し、クリーンな世界を子どもたちに残すと次々に宣言した。核爆弾の大部分は宇宙で爆発させられたが、太陽のまわりをまわる軌道に投入されたものもあった。超新星紀元において、宇宙船 の燃料として活用してもらうためだった。
宇宙から放たれる閃光を見ながら、国務院総理が言った。「超新星は人類の生命が尊いことを教えてくれた」
「子どもたちは生まれつき平和を愛する性質がある」 だれかがつづけて言った。「子ども世界では、 戦争はきっと消滅するでしょう」

習近平国家主席は読んだかしら。

また、面白いところもありました。最初に国のリーダー後継者の少年たちを選抜するための国盗りゲームみたいなのがあり、主人公の国が選んだ国名は「太陽国」で国旗は白い布に赤ペンで丸。あれっ?と思ったら

「それじゃあ、まるで日本の国旗だろ?」ある子どもが言った。
曉夢が太陽の内側に大きな目と笑っている口をペンで描き加え、さらに太陽の周りに光を示す放射線状の線をつけ加えた」

えっ!それじゃあ旭日旗で、中央の太陽がニコちゃんマークじゃないか。これ中国じゃ受け入れないでしょう…。

しかしこの子どもたちが残されてというのが、どこか読んだことがあるなと思って思い出したのが、「少年の町ZF」という小池一夫原作、平野仁の画という漫画です。1976年から1979年までだから大学生の頃にビックコミックオリジナルに連載され読んでました。
この「ZF」というのは「Z旗(Z-Frag)」のことでした。やっぱりアイコンとして旗を作るんですね。

あらすじは

「ごく普通の高校生の前に、突如「ラボック光」と呼ばれるUFOが出現。偶然ラボック光を目撃した典明らは、その正体を確認するため、多摩市にある高陣山の樹海に行き、同じようにラボック光を目撃して、好奇心から集まったメンバー11人が調べ始めます。
そんな中、囁き子と名乗る不思議な少女が現れ、少年らに理解できない予言を囁く。そのまま樹海で夜を過ごした11名+囁き子は、朝になって自分たちが住む街へと戻ったものの、そこには誰もいないことに気づく。やがて夕方になると人々が現れたが、親や友人を含めた彼らはまるで吸血鬼のようなモンスターになっており、少年たちに襲い掛かる。どうやらあるタイミングで高陣山を訪れ、吸血鬼化を免れたことに気づいた少年たちは、知恵を絞って、襲い掛かるモンスターや、それを操る宇宙人と戦っていく。」

これが衝撃でした。人々は宇宙人の操り人形、また吸血鬼とあるように彼らの血液の中にある何ものか(DNA・ウィルス)により、他者に観戦していくのですが、宇宙人らはあまり現れず、少年たちを襲うのはそもそも(親を含めた)人間。彼ら(そもそも人間)を殺していいのか?また今の状況はどうなのかを手探りで探し立ち向かう少年たちの姿は「超新星紀元」の12歳以下の少年たちに重なります。
劉氏の設定はもしかしたら「ZF」読んでたんじゃないの?と思うくらいです。

ジュール・ヴェルヌの「十五少年漂流記」は少年だけの生存というテーマの古典ですが、とはいえ無人島の外界には大人がいるし、いずれ戻るという目標がありました(ここでの国旗は英国旗)。
一方超新星には大人は一切死んでいない、ZFも大人は吸血鬼化している存在で、とにかく生き残るしかないという究極の状態です。


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