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経営計画書 環境整備 ルーズ

ビッグモーターさんって本当に罪深いと思います。
メンテナンスなどでやられたこともひどいですが、私も中小企業経営者なので、別の影響がけっこうあります。

それはビッグモーターさんの報道が最初に出た頃、経営計画書が報じられ、中にフィロソフィなるものがあることでした。私は稲盛和夫さんの勉強会を続けているので、最初は経営計画書とフィロソフィとあって、「ああ、ここの社長さんも盛和塾のメンバー、勉強をされているのだな」と思ったのですが、それにしてはひどいことしているなと驚いた次第。その後こちらは盛和塾あるいはその後継の勉強会のメンバーではなく、どうやら塾長の著書や色々なところから美味しいところをパクっていただけのようです。もちろん自分だけで一所懸命自習して身につけることもありましょうが…。

当社でも社員が「ビッグモーターって…」と揶揄するような人がいて、バカバカしいとは思いながら訂正しましたが、結局フィロソフィの勉強の大事なことの一つに、「思っているとか考えているでは意味がない、実行し成果を出すこと」がありますから、「あそこは言ってるだけで実行していない会社。反面教師としなければならんよ」と言っていました。幹部に部下の「生殺与奪権」を与えるなんてありえないでしょう。
そのうちビッグモーターと稲盛(京セラ)フィロソフィは全然関係ないということがわかってきて、誰も言わなくなりましたけどね。

さてもう1つですが、当社でも「環境整備」という言葉を使っています。

これは盛和塾からではなく、先輩企業が実践されており許しを頂いて、当社でも繰り返し話をしています。当社の経営計画書にも重要な項目として記載しています。その一部ですが

環境整備の徹底

「仕事は日々の積み重ねです。環境整備は自分で範囲を設定し、それを徐々に拡大、工夫することが根底にあります。しかも仕事同様に環境整備も積み重ねなので、先延ばしはできません。だから環境整備ができない人は仕事もいい加減と言えるのです。環境整備が△の人は、自分ではこれで十分だと思っているのだと思います。しかし上位者が見ると不十分だと評価されているのです。環境整備で○が付かない人は、自分の尺度、自分の基準で仕事をしている人です。毎月の結果で〇でなく△印から抜け出せない人は、自分の仕事でも自分の尺度・基準で行動している人なのです。

今日やるべきことを成し遂げていない人が、一月先、一年先のことを達成できるはずがありません。
当社の環境整備とは 規律・挨拶・清掃・整理整頓・清潔です。誰でもできることですが、十分にやり続けることは決して簡単ではありません。」


というもの。続いてそれぞれ具体的な基準、やり方を示しています。そんなの当り前で、今更大人である社員に言うほどのことでもない、とも思うかもしれませんが、実は出来ていないのです。これは自分自身を振り返っても思うこと。
出来るというのは「いつでもどんな場合でもできる」ということで、出来たりできなかったりはダメ、頭で分かっていても常に実行できないとできることにはならないのです。
お客さんに接している時も、Aのお客さんに対しては出来ていても、Bのお客さんには出来ない、そんなことはあってはならないのです。99回出来ても1回出来なかった。その出来なかった1回の商品やサービスがお客様の手元に行ってはならないのです。
実際に仕事でそのようなことがあってはなりませんから、誰でもできるはずの環境整備というやり方で身に付けてもらうのです。

当社の場合掃除を始業前に30分もやるようなことはありません。5分、長くても10分以内。掃除の基本は

「毎日時間を決め、範囲を決めて行います。範囲は狭い方が良く、限定します。徹底して継続することが大切です。
同じなら1秒でも早く終わる工夫、同じ時間ならより広い範囲をよりきれいにする工夫を大切にします。」

と伝えています。
毎日やるから当社では暮れの大掃除はほとんどやりません。せいぜい普段なかなかできない場所とかをする程度ですから半日もかかりません。大掃除の時にゴミや汚れが多量に出るということは、普段掃除や整理整頓をやっていないという表れです。

さて、国会では自民党の裏金でテンヤワンヤですが、結局のところ「誤魔化して国民が忘れるまで時間稼ぎしよう」という安倍氏ならではの伝統で突破を図ろうとしているのがミエミエですが、そんなことしたらいずれ大きなツケが来るのがわからないのでしょうか。
まあこのお歴々やビッグモーターの旧経営陣は、稲盛経営哲学の「公私のけじめをはっきりつける」から学ぶのが良いかもしれません。
結局のところ彼らは公私混同、だらしない、ルーズな人たちなのだと思います。「まあ派閥の親分の指示だから」「慣例だから」「政治には金がかかる」「自分たちがよければ」なんていう勝手な理屈をつけて「けじめ」などつけない人。いくら良い政策提案、実行が出来ても、そこにはだらしない・ルーズという本性が残っているのだと思います。

特に国民の税金を使う政治家、企業の経営者はなおさら先程の環境整備と同じで、いつも「キチンと」できないといけないのです。
これはきちんとできるけど、これは出来ない、では許されないことを自覚し、行動すべきでしょう。
稲盛経営哲学を学んでいる人は中小零細企業経営者であれ、そのことを強く自覚しているはずで、少しでも道を外れそうにならないよう日々振り返りをしている人たちだと思います。

そういえば、広島県の現教育長もひどいものでした。彼女もまたルーズな人だったと思います。だらしないお金の使い方、友人への仕事の関わり方のだらしなさ。
この記事で県知事がクビにしたかのようにありますが、実際は再任の場合相当に議会でもめ、自分に火の粉がかかるのがわかっているから、おっとり刀で処分したということだと思います。任期中にクビにしたら任命責任は免れませんからね。
記事には評価と批判交錯、功罪とありますが、なんぼいいことやっても、ルーズな人は必ずヌケや穴があるものです。
彼女は退任の後はその性格から直さないと同じことを繰り返すでしょう。いやそのような重責を担ってもらおうという場はもうないかもしれませんが、それもまたご自身の本性のだらしなさの賜物かと。
先ずは彼女も環境整備からではないですかね。教育現場の学校では環境整備をうたっているでしょ?あなたもいつもできなきゃ。

東のルーズの女王が平川氏だとしたら、西のルーズの女王はこちらではないでしょうかね。


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