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#44 責任転嫁グセから脱却するための出会いなおし

教職の課外特別講座で教育心理学について触れた。
教科書的な理論から離れて、私の教職経験を踏まえた話をした。

「私はこう見えて、いや、どう見えているかわからないけど・・・・高校教師だった頃、いろんな生徒と真剣に向き合いながら、生徒たちに育ててもらった。
だから君たちにも私を育てる義務がある。
いいか、自分だけ成長しようなんて身勝手なことは考えるなよ。
大学の先生を育てられるようになったら君たちも一人前だ」

◆自分不在の人生

些細なことから大きなことまで、他人のせいにする癖がついてしまった子どもは、自分に非がないように見せるために、責任をかぶせられる人をいつも探している。

親が悪い、先生が悪い、友達が悪い、上司が悪い、社会が悪い・・・・

責任転嫁グゼが身に染み付いていると厄介だ。

一般に、成長期の子どもたちの身の回りに起こる大抵のことは、失敗を繰り返す中で経験を重ね徐々に成長し、自分自身で処理できるようになるものだが、それが身に付いていない場合がある。

心の中で感じることの多くは、自分自身の中に原因も結果もあるのだということに気が付かなければならない。

子どものうちに、親なり教師なり、身近な大人が教えてやらなければならない。

それは、大人自身の振る舞いに責任を持つことはもちろんのこと、子どもの言動をちゃんと観察しているかどうかにかかっている。

教師を志望しているあなたには、子どもの些細な言動から、いろいろなことを感じ取れる人になってほしい。

少年期の後半になっても、自分の失敗を受け止められず、他人のせいにしている生徒が結構いる。

教育相談で、生い立ちを聞き出しながら「あ~、そういうことね」と感じることがたくさんあった。

他人を批判する生徒は、批判力が高いようでいて、実はそうじゃない場合が結構ある。

例えば、成績が思わしくないと、不振の原因は教師にあると感じている。

「学校の先生より、塾の先生のほうが優しく教えてくれるし上手だ」

確かに、面倒見の良い教師、良くない教師はいる。

勉強に関しては、教師の指導力は重要ではあるけれど、それだけで完結するものではない。

「先生の教え方が悪い」
「先生は私のことを見ていない」
「あの先生、レベル低すぎ!」

と、責任転嫁する子どもは、自分に義があり、先生に非があり、先生を拒否しているように見えて、実は自分の生活を自分でコントロールすることを放棄し、先生に依存しているのだ。

自分をコントロールする許可をその先生に与えているとも言える。

気に入らなければ先生のせい。

成果が上がらないのは他人のせい。

同様に、人との関係性で困難にぶつかった時も、自分をコントロールすることを放棄し、自分を他人に委ねている。

幼少期に、大小様々な「責任」の取り方を学んだ子は、むやみやたらと責任転嫁することはしない。

ジュースをこぼしたのは、コップをテーブルの端っこに置いたママが悪い!
ツルツル滑るコップが悪い!
コップにめいっぱいジュースを注いだお兄ちゃんが悪い!

親は、子どもが「ごめんなさい」と言えるようにしてやり、子どもがやらかしたことの責任は、子ども自身でカタを付けるのを助けてやればいいだけの話だ。

ジュースをこぼす、オシッコをもらす、オモチャを奪い取って弟を泣かす、お茶碗を落として割る・・・・

そんなことはいくらでもある。

叱ることより、間違いをしてもいいんだよと言ってやり、「コップをちゃんと見るようにしようね」
「今度はトイレでしようね」
「オモチャ使いたかったんだね。順番を決めて使えるようにしようね」と言い、

「ボクはやっぱり親に愛されているんだ」ということを感じ取れるような言葉がけをすればいい。

謝ることは、ちっとも悪いことでもなければカッコ悪いことでもない、ということを小さなうちに身の内側に刻み込むことは大切だ。

雑巾を手渡して「これで拭いてね」と、自分のケツは自分で拭かせればいい。

叱ってばかりいると、叱られまいとして、誰かの責任でこうなったという考えを持つようになる。

果てしなく言い訳を続けて、自己欺瞞にあふれた生き方になる。

それは「自己」の存在(自己責任)を選択しているのではなく、常に「他人」という存在(他者責任)を選択していることになる。

自分の人生に自分が不在・・・・・

いじめも、他人に焦点を絞り込んでいるようなものだ。
しかも、原因は相手の中にあると思っている。

「あいつは嫌なところがある」
「調子に乗っていてイライラする」
「キモイ」
「変なヤツなので、からかいたかった」

自分はどういう考え方を選択すべきか、それが人生においてどんなに大切なことであるかを気付かせるのが大人の役目だと思うのである。

学生が言った。

「なんだか、身につまされる話です」

「いや、これはね、子育てにおける父親としての反省であったり、教師としての至らなさの話でもあるんだよ。
気が付いて修正すること、学びなおし、出会いなおしが大切なんだね」

人生には、いろんな「出会いなおし」があるんだなあ。

いろんなヒト、コトと出会いなおせば、人生が変わる。

『出会いなおし』 森 絵都