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事業戦略、第五章、コストリーダーシップ戦略、501.コストリーダーシップ戦略とは何か?

この章では戦略のもう一つの方法であるコストリーダーシップ戦略(異常に低い原価で競争優位を獲得する戦略)を説明する。

一般に、利益の獲得方法に誤った考え方を持っている人が結構いる。
一般的に考えられている俗説的な利益獲得方法は、「大きい利幅で売れば利益が増える」である。
たとえば、原価八千円の商品を九千円で売るよりも、一万円で売る方が利益は多くなる。
官庁は公共料金において、この方法しか用いない。

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かっての国鉄は、この方法しか採らなかった。
あるローカル線で、一年間に一万人の延べ乗客数がいる。
従って、乗客数が一定とすれば、一万人☓値上げ分だけ利益が増える。だから赤字は解消できる。
しかし、値上げをした結果、地方の乗客は鉄道ではなく車を使うようになり、乗客数は、値上げ利益を消すほどに、減少し、さらに赤字が膨らんでしまうという悪循環をもたらし続け、ついに分割民営化されてしまった。

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利益額は、次の算式によって計算されることを、よく理解すべきである。

利幅☓販売数量=利益額

少し練習してみよう。

今、原価80円の商品を100円の価格で売ったところ、1000個売れた。この商品の利幅と利益額は、いくらか?

利幅20円、利益額二万円

今、この商品の価格を120円に値上げしたところ、顧客が値上げに怒り、買上げ数量が減少。400個しか売れなかった。利幅と利益額は、いくらか?

利幅40円、利益額一万六千円

理由なく価格値上げをやった店の競合店では、敢えてこの商品の値下げを行い、90円で売った。顧客はこの店に殺到して、三千個が売れた。
利幅と利益額は、いくらか?

利幅10円、利益額三万円

この練習問題を見ても分かる通り、高い利幅が、多額の利益を約束するものではなく、逆に事業の衰退をもたらす場合があることが理解していただけたと思う。
中小小売店が、高い利幅こそ、自分の収益獲得源泉であると誤解し、薄利多売のスーパーに敗れ、国鉄は、自動車会社の車の安売りに敗北した。

しかし、値下げをしたからといって、顧客が増えなければ、利益は急激に減少してしまう。
コストリーダーシップ戦略は、このような賭けではない。
異常に低い原価を実現し、それなりの利幅をつけて安売りし、しかも大量の顧客を引きつけ利益を獲得するという戦略である。

今、原価が80円の商品について、工夫を加え原価を70円に引き下げた。これに20円の利幅をつけて90円の価格で売った。その結果三千個が売れた。利益はいくらか?

利益額、六万円

これが、コストリーダーシップ戦略(異常に低い原価で勝負する戦略)である。

コストリーダーシップ戦略の事例。

ここでは、ハーバードビジネス1997年2.3月号に掲載された、マイケル・E・ポーターの「戦略の本質」及び、その論文の翻訳者である中辻萬治氏の論文「ポーター戦略論のすべて」に掲載された、サウスウエスト航空及び女性衣料品販売チェーン「しまむら」の事例を中心にしてコストリーダーシップ戦略について説明していきたい。

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コストリーダーシップ戦略は生産や流通の世界だけで用いられるのではない。
ある損害保険会社では、三十歳から五十歳までのサラリーマンを対象とした自動車損害保険を格安で売り出している。
本人のみが車に乗るのであれば、この年齢のドライバーは事故率が低く、保険金の支払いが少なく済み、査定員も少なく済んで人件費が削減できる。
だから、一般よりも割り引いた保険料でも十分利益が取れる。

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マイケル・E・ポーターは、サウスウエスト航空の事例を論文で挙げている。興味のある方は、ハーバードビジネスを参照されたい。

サウスウエスト航空は、次のような戦略を取っている。

この航空会社は、地方を結ぶ短距離のローカル線を専門にしている。
この航空会社では、乗客は予約をしないで、空港のゲートに来て係員から席の指定を受ける。
また、荷物は全て乗客が手で持って機内に入る。荷物取り扱い業務は一切やらない。乗客は自分の荷物を持って、予約なしに空港に来る。
航空機の機体は全てボーイング737に統一している。

なぜ、この戦略が低コストにつながるのか?次のような理由による。

荷物を乗客が持ち込むので、航空機に荷物を載せる業務が省略できる。だから、荷物取り扱い業務の人員が不要で、人件費コストを削減できる。

航空機が到着し、乗客が降りると、すぐに折返しの乗客が乗り込み、飛行機到着から三十分程度で再び出発できる。
だから、荷物を積み下ろす時間、高給のパイロットや乗務員が手待ちになることは無い。
機体の回転率が高くなり、効果的な運用ができる。
機体がボーイング737だけなので、整備業務が定形化され、能率的な整備ができる。
地方の空港間を結びフライトが短時間なので、食事やドリンク類を一切出さない。だから、食事やドリンク類の積み込みの時間や、客に出す手間が省ける。
従って、スチュワーデスの数が少なく済み、人件費が削減できる。
予約業務がないので、旅行会社、代理店へのマージンが不要になる。情報化のための投資が少なくて済む。

このように、徹底的にコスト削減をしているので、航空運賃は他社に比べて非常に安く、乗客は予約せず気軽に飛行機に乗れる。
だから、顧客はサウスウェスト航空を使い、他の航空会社は勝てない。
ただ、全てを安上がりにしている訳ではない。ゲート搭乗の手続きはかなりの注意が必要なので、給与を高くして、優秀な人材を確保するよう心掛けている。

コストリーダーシップ戦略成功の要点は「何を捨てるか?」をじっくり考えることである。
どんな顧客に、どのような品質の商品やサービスを提供するか?そのために捨てるものは何か?を問う必要がある。
その商品やサービスの供給に一切必要のないコストを発生させないためには、一体どうしたらよいか?を熟考し、その仕組みに合致しない顧客は最初から相手にしないことである。

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たとえば、サウスウェスト航空の場合、たくさんの荷物を持ち、長時間フライトする乗客の利用する路線は避けている。
そうしなければ、荷物の取り扱い、中継、食事の提供というような作業をしなければならない。また、予約業務もしなければ、乗客は不安だろう。
しかし、もしサウスウェスト航空が、このようなサービスを行ったら、コストアップを招き、異常な低コストという武器が使えなくなる。

ある大手航空会社は、サウスウェスト航空のサービスと、通常の航空会社のサービスを兼ね備えようと試み、事業に失敗した。

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日本の経営者は、このような割り切りが不得意である。
サウスウェスト航空に乗ったお客さんが「飲み物があればいいわ」とか「荷物が重くて困るわ」などと言うと、阿呆な経営者が、早速「改善しろ」と命令し、余計な人員を抱え込み、人件費アップと利益額の低下によって事業をめちゃくちゃにしてしまう。

コストリーダーシップ戦略においては、このような「ツギハギ的思考」を的確に捨てる必要がある。
(なお、これらは1996年現在の状況である)

コストリーダーシップ戦略の事例、その2

日本においても、このコストリーダーシップ戦略で成功している事例がある。
マイケル・E・ポーターの著書の翻訳者である中辻萬治氏は、ハーバードビジネスにおいて、「ポーター戦略論のすべて」という論文で女性衣料品チェーンの「しまむら」を、日本で成功しているコストリーダーシップ戦略の事例として提示している。

スーパーの商売について詳しくない人のために解説すると、商売では粗利益と経常利益の二つが問題になる。

たとえば、ある原価6000円の衣料品を10000円で売った場合、粗利益は4000円である。
しかし、この店の利益は、ここからさらに店員の給与、建物、什器備品の減価償却費、販促費のような経費を控除しなければならない。
仮に、この経費が一着3000円とすると、衣服の売価10000円から原価6000円、経費3000円を控除した残額の1000円が経常利益になる。

ここで、売価に対する粗利益の割合を「粗利益率」。売価に対する経常利益の割合を「経常利益率」と言う。

この服の場合、粗利益率は40%=(4000円÷10000円)☓100%。
経常利益率は10%=(1000円÷10000円)☓100%となる。

しまむらは、大宮に本社があり、全国に約三百店舗の規格化された店をロードサイドに出店している。
96年2月の売上高は1280億円、経常利益率は5.2%であり、イトーヨーカドー全体の5.0%よりも高い。(つまりイトーヨーカドーよりも収益性が高い)。
さらに、店舗の衣料品の価格は同業他社よりも30%から40%安いと言われる。
売価が、このように安いので、粗利益率が低く約26%である。ちなみに、イトーヨーカドー、ダイエーは粗利益率が約30%、鈴丹、キャビン、リオチェーンなどの衣料専門店は実に40%ある。

このような低い粗利益率を実現するためには、販売費・管理費が低くなければならない。
しまむらは約20%、イトーヨーカドーは22%、ダイエー約25%、上記衣料専門店は33%である。

つまり、しまむらの価格でイトーヨーカドーが勝負すると経常利益率は4%(26%−22%)ダイエーは1%、鈴丹、キャビン、リオチェーンは7%の赤字になってしまう。
つまり、鈴丹、キャビン、リオチェーンがしまむらの価格で競争すると、赤字で潰れてしまうということになる。

なぜ、こんなことができるのか?その理由は販売・管理費を徹底的に削減しているからである。
それは以下に要約できる。

しまむらの店舗は徹底的に標準化され、900平米前後に抑えてある。
作業員の作業が徹底的に標準化、マニュアル化されている。
商品の置き場が決まっている。商品のタグには置く棚の位置が印刷されていて、棚の補充が誰でもできる。
発注業務は、コンピュータによって自動発注がされる。だから、熟練した店員は要らず、人件費を抑えられる。
低い価格の二十五歳から四十歳くらいの女性の普段着を扱う。ファッション性の高い商品は扱わない。特売もしない。
アルバイトを徹底的に活用する。店長を現地調達する。店長は女性で、アルバイトの中から有能な人を育てる。
地価の安い郊外や人口の少ない地方の市町村を中心に、ロードサイドに駐車場を持った規格化された店舗を建てていく。

このような方法によって、販売・管理費を削減している。
このように販売・管理費が低く抑えられているので、市価の30%から40%安く売っても、なお経常利益率がイトーヨーカドーよりも優れているという収益性の高さを誇っている。
まさにコストリーダーシップ戦略のお手本のような会社である。

(なお、これは1996年の時点の状況であり、現在では異っている部分がかなりある。)

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