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事業戦略、第三章、企業の超過収益力をいかに確保するか。302.尾張名古屋の天むすびに見る、差別化戦略とコストリーダーシップ戦略

次に、読者にマイケル・E・ポーターの考えを簡単に理解できる例示を作ってみた。題して「尾張名古屋の天むすびに見る、差別化戦略とコストリーダーシップ戦略」である。

「天むすび」というのは、名古屋名物の海老の天ぷらを具にしたおにぎり(おむすび)である。「海老の天ぷらを具にした、おむすび」を略して「天むすび」と呼んでいる。
この天むすびというのは、家庭でもすぐに作れるものであるから、競争相手はたくさんいる。
ここで、老舗の鈴木堂の「天むすび」と、全国展開するコンビニエンスストアの「海老天ぷら入りおにぎり」の戦略を仮想例で例示してみよう。
鈴木堂は、差別化戦略、すなわち「自分の天むすびは、よそではできません。一度食べたらやめられません」という商品の特異性で収益を確保している。
それに対して、コンビニエンスストアでは、コストリーダーシップ戦略を採り、徹底的な原価低減によって、安いコストの天ぷら入りおにぎりを生産、販売している。

鈴木堂という、老舗の惣菜店では、自社で作った「天むすび」を、百貨店の自分の売り場や直営店のみで販売している。その差別化戦略の方針は次の通りである。

まず、海老を厳選している。特定の調達先から少し高い価格で仕入れている。
海老は、チルドのものを使用し、冷凍の海老は一切使わない。
天ぷらの衣になる小麦粉を厳選している。
天ぷらの衣の調味料に工夫を加えている。
強い火力で、からりと天ぷらを揚げるようにしている。
揚げる時間を良く研究している。揚げる油を厳選している。
お米は、コシヒカリの新米しか使わない。
お米がふっくらと炊き上がるように工夫を加えている。
炊きあがった米飯に独特の調味料で薄味をつけている。
海苔を厳選して使用している。
毎日、特定の数量しか作らない。
パッケージは特注している。
鈴木堂というブランドイメージを大切に守る。顧客の信頼を裏切らないように心がけている。
従業員の採用に力を入れ、教育に金を使っている。
製法のうち、調味料の成分は社長さんしか知らない。つまり、超過利潤の基幹部分をブラックボックスにして、分からなくしてある。
スーパーには一切卸さない。鈴木堂の直営店でしか売らない。宣伝は一切やらない。口コミ、SNSと評判で顧客が増えるのに全面的に依存する。

これに対して、全国展開のコンビニエンスストアの「天ぷら入りおにぎり」では、次のような方針を立てている。

製品は、自社のコンビニエンスストアでのみ販売する。(全国に一千店舗ある)
親会社のスーパーと共同で、米、海苔を大量に安く仕入れる。海老天ぷらは、台湾の工場で作られた冷凍のものを、都市近郊の外注委託惣菜メーカーにおいて機械で揚げる。
おにぎりを作る工程で、人手は一切かけない。機械で大量生産する。
おにぎりは、惣菜工場で作られた弁当類と一緒に配送し、配送コストを節約する。
販売データは、全てPOSシステムによって個別管理され、本部に集められたデータに従って生産計画を立てる。店の店員が販売情報を発注端末で分析し、発注する。
味や調味については、本部が一括管理する。
外注工場における作業手順(マニュアル)について、本部が一括管理する。
価格はできるだけ安くする。
全国ネットで、コンビニチェーンの宣伝をする。

ここで、この二つの商売について、何が超過利潤の源泉であるか?を簡単に述べておこう。

1.新規参入者

中小小売店が、コンビニエンスストアの天ぷら入りおにぎりと同じ商品を販売したとしても勝ち目はない。
まず、コンビニエンスストアのような機械化、大量仕入れによるスケールメリットを利用した、低コストのおにぎりは作れない。また、顧客はコンビニエンスストアにおにぎりだけを買いに来るのではなく、いろいろなものの買い物のついでに買っていく。この点で、コンビニエンスストアのような利点が中小小売店にはない。

このようなコスト低減、大量仕入れ、機械化によって、低コストで商品が供給できれば、安い売価で売っても、十分利幅は確保できるし、顧客も安さに釣られてこの店に集まり、販売数量も多い。だから超過利潤も得られるし、競争相手もいないということになる。

これに対して、鈴木堂というのは別の、商品の差別化、つまり、この「天むすび」は自分の店でしか買えません。という戦略に基づいて商売をしている。
たとえば、海老の材料を厳選し、天ぷらの衣や揚げ方を工夫し、コメを厳選し、炊き方を工夫する。海苔を選ぶ。衣やコメの調味に工夫を加える。パッケージを工夫して顧客に買う気を起こさせる。
鈴木堂という老舗のブランドイメージに対する顧客の信頼を大切にする。調味、製法をブラックボックスとして秘匿して、情報統制を行う。従業員を良く訓練して、製造、接客スキルを向上させる。
そのようにして、新規参入者を防いでいるのである。

2.売り手の数、力関係、交渉力

コンビニチェーンの米、海苔、海老の天ぷらは、完全に大量仕入れのスケールメリットを追求して、非常に低い仕入れ価格を実現している。もし、このチェーンに対して価格で競争するのであれば、このスケールメリットを追求しなければならない。

これに対して、鈴木堂が海老を仕入れている卸業者は、非常に良い海老の仕入れルートを持っていて、値段も少し高い。
米、小麦粉、油は、昔なじみの良心的な商売をする問屋さんから仕入れている。鈴木堂は、仲良く、店と問屋で利益を分け合って共存共栄を図っている。
あるいは、こうも考えられる。つまり、一つの取引先のルートに依存するのではなく、多種多様な仕入れルートを確保し、一つの問屋から仕入れることを避け、問屋さんに競争をさせ、買入れ価格をコントロールしている。

もっとも、コンビニチェーンが、海老の仕入れルートを改善して、この鈴木堂と同じ原料を使うということになれば、鈴木堂の優位性は揺らぐことになる。ただ、鈴木堂の調味をコンビニチェーンが真似ることができなければ、やはり鈴木堂には勝てない。

このように、仕入れ先の適切な関係構築が、仕入れコストの削減に繋がったり、あるいは、逆にコストアップの要因になったり、あるいは、商品の競争優位を強化し、あるいは失う結果になることがあるので、「売り手」との関係を良好、適切に維持する必要がある。

3.買い手の数、力関係、交渉力

鈴木堂では、天むすびを、一個二百五十円、四個入り八百円、八個入り千三百円で売っている。これに対してコンビニチェーンの「天ぷら入りおにぎり」は一個百十円である。(ただ、鈴木堂の天むすびのおにぎり一個は、通常のおにぎりよりも大きさが小さい)。
鈴木堂は、直営店でしか売らない方針であるから、価格支配力を持っている。しかし、仮にスーパーで売るということになれば、スーパーの仕入れ担当者に買い叩かれるかもしれない。
家電製品の部品メーカーにとって、購入者は家電製品の完成品メーカーだけである。だから、部品メーカーは、完成品メーカーの言い値で売らねばならない。
しかし、部品メーカーが独自の製造ノウハウを持った部品であれば、逆に、部品メーカーの言い値で完成品メーカーに売ることができる。

このように、買い手と供給者の力関係や交渉力というものを良く検討して、適切に行動すれば、高い価格で売ることができる。
これが超過収益力の源泉となる場合がある。

4.代替品の脅威

「天むすび」も「天ぷら入りおにぎり」も、常に代替品の脅威にさらされている。顧客は百貨店の売り場やコンビニエンスストアにおにぎりを買いに来るのではない。朝食、昼飯、夕食、夜食を買いに来るのである。
だから、天むすびや天ぷら入りおにぎりというのは、ハンバーガーや弁当などと競争しているのである。天むすび、天ぷら入りおにぎりよりも美味しいものが生れれば、売り上げは減る。

どのような業界においても、代替品や、より安価な商品が生れれば、古い商品は新しい商品に駆逐される。
そうすると、超過利潤も得られなくなる。

以上、差別化戦略とコストリーダーシップ戦略を、「天むすび」を事例にして簡単に説明してみた。
詳しくは、第四章で、差別化戦略。第五章で、コストリーダーシップ戦略を述べる予定である。

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