シャーロック・ホームズとバリツ

 シャーロック・ホームズのシリーズを読んでいると、作者コナン・ドイルのカン違いではないかと思うような箇所がしばしばあることに気づく。ジョン・ワトソンなのかジェームズ・ワトソンなのか、等はわかりやすい例だ。

 そのような間違いや疑問がいくつも指摘されているというのは逆に、それだけ関心を持って多くの人に読まれているということでもある。

 さて、私にとってシャーロック・ホームズに関する疑問として真っ先に思い浮かぶのは、「最後の事件」に登場した『バリツ』なる格闘術である。

 正確に言うと、「最後の事件」でホームズが使ったスキルが『バリツ』だということがわかるのは、「事件」後の長期不在からホームズが復活するエピソード「空き家の冒険」でホームズ自身が説明してからなのだが、ともかくも、この『バリツ』なるものはなんなのか、というのが私の素朴な疑問なのである。

 この点、ものの本やネットなどで調べてみると、主に2つの仮説が論じられているようだ。

 一つは、Bujutsuの誤記だとする説。もう一つは、バートン=ライト(Edwards William Barton-Wright)が創設したバーティツ(Bartitsu)の誤記だとする説。

 この点、バーティツの映像などを見ると、いかにもホームズが体得していそうな護身術ではある。

 しかし実際の歴史では、バーティツが登場した時代とホームズが「最後の事件」に遭遇したと思われる時代には不一致があり、いわば時代考証の観点から無理があるという結論になるようだ。

 これは、バーティツをイメージしてホームズモノを創作したドイルが、時代考証を誤って設定してしまったと考えることもできる。例えて言うなら、テレビの大河ドラマで、江戸時代の道場の場面で見られる剣術が、現代の剣道の形になっているようなものか(ちょっと違うな…)。

 ここからは私の個人的経験の話。

 かつて私が中東某国の首都に滞在していた折、市内でフィリピン人インストラクターからフィリピン武術を習っていたのだが、練習に参加していたシリア人がある日、余興としてステッキを使った格闘術というか、ないし護身術を披露していたことがあった。

 日本ではステッキを使った技術というのまずお目にかかれないし、話に聞いたりすることもないので珍しく感じたのを覚えている。しかしそのシリア人をはじめ、周囲の人間もステッキをわりと自然に受け入れていたようでもあったから、さほど不思議な光景には見えなかった。

 中東というのは不思議な国で、地元発祥の格闘術のようなものはほとんど見られない。基本的にいろいろなものが欧米から来るので、ステッキを使ったこの技術もおそらく欧米由来のものではないかと感じた。

 また、当時の地元の友人であるS氏は、ある日私にYouTubeで見つけた映像を見せてくれました。本人は気づかなかったようだが、スーツ姿のイギリス紳士がステッキを使って暴漢を懲らしめたりしている護身術の映像。実はこれがまさしくバーティツの映像だったのだ。

 ということで、バリツとバーティツ。そして個人的な経験。シャーロック・ホームズに関わる奇妙な因縁の話である。

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