T.B.ピットフィールドについて

私が武蔵野音楽大学のマリンバ科を受験した時の課題曲であったピットフィールドについて、日本語の情報が無いので記そうと思いました。というよりピットフィールドの情報自体が結構少ないので、まあ私のような人間がいくらか言及しても良いだろうと考え、記す次第です。

ちなみに今はどうかはわからない・・・と調べましたが、当時のままでした。(この記事をご覧いただいている時にどうかはわかりませんが・・・。)

ピットフィールドの生涯について

トーマス・ピットフィールド(1903-1999)はイギリスの作曲家。作品にシンフォニエッタ、ピアノ協奏曲など。芸術全般、具体的には詩や散文、書道、鉛筆画や水彩画など多様な創作のフィールドを持っていた。綿花産業のための変速機まで設計したというのだから驚きである。

イングランド北部ボルトンにて生まれ、14歳の時に家庭の事情によって学校を退学。ピアノやチェロ、和声の個人レッスンを受け音楽の基礎を学び、王立マンチェスター音楽大学(現在の王立ノーザン音楽大学である)で1年間学んだが、作曲は独学であったという。

大学(ここでは正規の過程という意味であろう)に進学する余裕がなく、音楽教師、作曲家、作家、芸術家として不安定な生活を始め、様々な方向へと進む。1931年には地元ボルトンの美術学校に奨学金を得て、美術とキャビネットワークを教えるコースに参加。後の数年間で様々な教職に就いた。

1930年代初頭、オックスフォード大学出版局音楽部門からピアノ三重奏曲などの初期の作品が出版された。同出版局のため、彼は多くの表紙のデザインや本の挿絵を制作した。尚、厳格な平和主義者であり、第二次世界大戦中は良心的兵役拒否を行ったとされる。

1945年(1947年という説もある)から王立マンチェスター音楽大学の作曲科の教壇に立ち、ジョン・オグドンなどの多くの教え子を育てた。1973年、定年に伴い退職。

クープラン~ラヴェルに至るまでのフランス音楽、あるいはレイフ・ヴォーン=ウィリアムズなどに強い影響を受けながら、生涯作曲を続けた。

妻はロシア人のアリス。二人には子供がいない。

ユーモアな人物であり、晩年には視力が衰えているため、レーダーで人を識別しなければならない、と言っていたという。

ピットフィールドの作品について

『打楽器のためのソナチネ』(1976)などがあるようで、まだまだ彼の作品は普及していないが、ハープやギター、アコーディオンなどのための作品も残っているようである。恐らく彼の作品リストと思われるものはこちらから参照できるので一応ご案内を。この打楽器の為のソナチネはSeesaw Music Corporationというニューヨークの会社から出ているとのことであったが、現在はSubito Musicと名を変えて(?)やっているようだ。

どの作品も調性や旋法を感じさせる、素朴な作風である。Naxosにはピアノ協奏曲(1番&2番)、リコーダー協奏曲、ヴァイオリンソナタ第1番などが登録されている。

木琴ソナタについて

木琴ソナタは1965年に書かれた、全4楽章の平易な作品である。1931年に書かれたピアノ独奏のための「前奏曲、メヌエットとリール」、1982年に書かれた「3つの海上のスケッチ」第3楽章の「キール・リール」などに見られるように、スケールとアルペジオに素材を求める姿勢や、小品の多楽章構成、明るい舞曲といった彼の作風の流れに位置する作品である。

1960年に書かれた、やはりピアノ独奏のための「イギリス舞曲に基づく練習曲」は4分半で7楽章から構成されており、ドリアやフリギアなどの旋法名を一部のタイトルに冠していることから、生涯をかけて一貫した作風であった事を知る事が出来る。

1楽章《イントロダクション》は7/8拍子で書かれたハ長調の作品。3+4の7拍子で一貫している。概ね8~16小節の単位でABACABAで形作られている小品で、三重音の連打や左右交互のガチャガチャとした動きが効果的に挿入されている。

2楽章《間奏曲》は10/8拍子で書かれた、やはりハ長調の作品。一貫したリズム、中間部でイ短調の響きを用いるのも1楽章と同様だがこちらはテクニカルなアピールは控えられている。2声部をどのようにアーティキュレートするか、あるいはフレーズをどのように表現するか、ダイナミクスの入念な指示がなされている。

3楽章《リール》は、同名のフォークダンスの様式で書かれている。ト長調の明るさと強拍のビートが愉快な楽章である。G音を保続しながら最後はグリッサンドへと突き進む。

4楽章《トッカータ》は、1953年に書かれた彼のピアノ独奏のための同名の作品との共通点が多く見られる。同音反復やそれに伴う強打音の挿入、速度など非常によく似ているが、打って変わって暗い雰囲気の中の作品である。フリギア旋法の響きであるが、これは楽器の構造に依るところもあるようにも見て取れる。グリッサンドやシャフトを打ち合わせる奏法など、楽器の構造への探究心が伺える。最後は明るい響きに向かって駆け抜けてゆく。

今となってはテクニックとしてどうという困難がある作品ではないが、そのシンプルさゆえに奏者の基礎的な技量が明らかになる作品でもある。
Edition Petersより出版。

おわりに

個人的に思い出のある作品なので、そのうち演奏動画を掲載しようと思います。個人的な思い出とは本当に個人的な、受験時代の話なんですが・・・高橋美智子先生のレッスンで4楽章全部持って行き、1楽章を見て頂きました。ちょうどその頃、同じ年に受験する子がいたんですけれど、彼女は3楽章と4楽章を持って行っていたと記憶しています。

1楽章を見て頂いた際に、『これはまだ早いから、(大学に)入ってから勉強しなさい』とお言葉を頂きました。それでも最初の何小節か見て頂き、『たんたたんたん、というメロディが・・・』とおっしゃった時の『たんたたんたん』が、もう既にリズム感が違っていたことに大きな衝撃を受けました。こんな平易な作品でも、あるいはそうであるからして、プロはプロだと感じたのです。

具体的に言及すれば『ん』が違ったんです。口の中のかたちを縦に長くとらえていた私の『ん』は非常にこもった響きでした。しかし、美智子先生の『ん』は、それはそれは非常によく響く、音楽そのものをそのまま捉えたような声であったことに驚いたのを、昨日のことのように思い出します。

受験後にまたレッスンで見て頂いた際に(1年生の終わりだったと思います)、『そう、この曲(楽章)は5月の風のように爽やかに、気持ちよく・・・』とおっしゃった時にも、まるで目の前でその風が吹いたかのような錯覚を覚えました・・・という、極めて個人的な話でした。他の楽章については、またいずれ。

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