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ボカロのなかのポストパンク

ボカロとポストパンクが好きなのでボカロのポストパンクな曲を紹介します。人は二十歳のころ聞いていた音楽に一生とらわれ続けるのです。こういう冗談を真に受ける人にはなりたくないですね。

いきなり曲紹介しようと思ったんですが、それだとちょっと不親切なので、まずポストパンクについて簡単に説明します。次にボカロとポストパンクの関わりについてざっと触れて、最後に実際どんな曲があるか紹介しましょう。以下、文中にバンドやボカロPの名前がいろいろ登場しますが、初出の名前には代表曲のリンクを貼っておくので、気になったら聞いてみてください。

1. ポストパンク(あるいはニュー・ウェイヴ)とは

ボカロについては説明を省いても大丈夫でしょう。初音ミクとか、v flowerとか、そういうのです。人間の代わりに歌を歌ってくれるソフトウェア。VOCALOIDじゃなくても歌唱ソフト全般ボカロということで。そしてボカロPというのはそういうソフトを使って曲を作る、多くはアマチュアのミュージシャンたち。ぼくのようなボカロ音楽のファンはそういう雑多なアマチュア・ミュージシャンの曲を熱心に追っかけているというわけです。

ポストパンクについては少し説明がいるかもしれません。ロックのサブジャンルなんですが、ポストパンクという言葉自体まったく聞いたことがない人も多いでしょう。一番いいのは「ニューウェーブスと学ぶNew Wave」を視聴することです。

最初の三本だけ見れば、とりあえず大丈夫です。もっと詳しく知りたい人は動画でも紹介されているサイモン・レイノルズの『ポストパンク・ジェネレーション 1978-1984』を読みましょう。中古価格が高騰しているので、図書館で借りるか、英語のペーパーバックを買ってがんばることになると思います。紹介されている曲だけならプレイリストにまとめられているので、そちらもおすすめです。全部聞けば、全部わかります。

全部わかりましたね。1976年ごろに始まったパンク・ロックのムーブメントが失速した後、1978~84年くらいの間の雑多なインディー・ロックをまとめてポストパンク(あるいはニュー・ウェイヴ)と呼んでいるということです。ポストパンクとニュー・ウェイヴを区別する人もいますが、同じものととらえてしまってもそんなに問題はないです。強いて区別するならポストパンクはパンク色強くて実験的なバンドに使われるイメージかな、というくらい。ポップで歌や楽器がうまいグループにはあまり使われない。XTCポリスはたいていニュー・ウェイヴと呼ばれてる気がします。ポップでなく歌や楽器がうまいとはいえないThe Pop Groupはポストパンクです。ただ実験的なバンドから始まってポップになっていくグループもたくさんある(スクリッティ・ポリッティヒューマン・リーグとか)ので、結局その辺の区別はあいまいになりがちです。

ポストパンクは音楽のスタイルというよりも時代によって区切られたジャンルなので、そこに含まれるバンドのサウンドの幅は非常に広く、一言でこういうのがポストパンクと説明するのは困難です。ただ、後世への影響力がひときわ大きいバンドをいくつか挙げ、それぞれの特徴をもってポストパンクのサウンドを感じてもらうことはできます。Public Image.ltdJoy DivisionGang Of FourTalking HeadsDEVOの5つのバンドを紹介しておきます。よかったらあとで聞いてみてください。いろんな方向を向いているバンドたちですが共通点もあり、ぜんぶボーカルが気持ち悪いです。

2. ボカロとポストパンクの関わりについて

ボカロとポストパンクの間には多くの接点があります。初音ミクがリリースされた2007年、投稿されたオリジナル曲の中には多くのシンセポップ(テクノポップ)がありましたが、シンセポップというスタイルはポストパンクの時代に確立していったものです。おそらくほとんどのボカロPはシンセポップとポストパンクとの関係を意識していなかったでしょうが、実際そうなんだから仕方ない。初音ミクとシンセポップの関わりについてもう少し詳しく知りたい方は、しまさんの書いた記事を読むとよいかと。

また、多くの人が共有する「ボカロ曲っぽさ」を決定づけた重要なボカロPの一人、wowakaも間接的にポストパンクの影響を受けている、と言えるでしょう。

wowakaはナンバーガール、SPARTA LOCALSからの影響について公言していますが、どちらのバンドもその背景にポストパンクのバンドがあります。ナンバーガールのNUMAMIDABUZにはThe Pop Groupの影がちらつきますし、SPARTA LOCALSのつんのめるドラム、上ずるベース、鋭角的なギターという関係性は明らかにGang Of Fourから引いてきたものです。wowaka自身がThe Pop GroupやGang Of Fourを聞いていたかは定かではありませんが、wowakaの楽曲がそうしたバンドの存在なしには成立しないものであったことは確かです。そして、そうしたポストパンクのサウンドの間接的影響は、wowakaに多くの影響を受けたボカロP、稲葉曇の手によって現在のボカロシーンにも及んでいます。

もっと直接的なボカロとポストパンクとの関係の例が、さえきけんぞうプロデュースのもとリリースされたコンピレーションアルバム「初音ミクsingsニューウェイヴ」と「初音ミクsingsハルメンズ」です。

プロデューサーのさえきけんぞうは日本のニュー・ウェイヴを代表するバンドの一つ、ハルメンズに在籍。いくつかのアルバムを発表後、ハルメンズは解散。パール兄弟を結成します。アニメファンにはNHKにようこそ!の劇伴でおなじみですね。またムーンライダーズの「9月の海はクラゲの海」、テレビアニメWORKING!!のOPテーマ「SOMEONE ELSE」など、多くの曲で作詞家として活躍。ディスクガイドで執筆者として名前を目にすることもあり、知らず知らずのうちにその仕事に触れている方も多いでしょう。

「初音ミクsingsニューウェイヴ」と「初音ミクsingsハルメンズ」に参加するボカロPの多くは明確にポストパンクからの影響を感じる曲を発表しています。キャプテンミライうどんゲルゲぶっちぎりPなどはその代表です。意外なのはMichie M。様々な曲を発表していますが、やはりR&Bの流れを引くポップスのイメージが強く、ニューウェイヴなかではかなりパンクっぽい8 1/2の曲をカバーするというのは驚きです。実際どういうカバーになったかは曲を聞いてみてください。たしかにMichie Mさんらしい音に仕上がっています。

ここまで見てきたように、ポストパンクとボカロは関係ないように見えて意外と多くの接点があるのです。そもそもアマチュア・ミュージシャンが作ったスタイルの全然違う音楽の集合がなぜかジャンルとして通用しているあたりも似てる気もしますし……まあ、そういうわけでボカロにポストパンクの名曲がたくさんあることが当然の現実として受け入れられる体になってしまったと思うので、個人的に好きな曲を3曲だけ紹介して終わりにします。

3. ポストパンクなボカロ曲

円盤P/大怪獣ニッポンゼンメツ計画

大怪獣日本ゼンメツ計画がジェームス・ブラウンの流れを引くファンクであることはすぐにわかります。しかし、純粋なファンクとして片付けてしまっていい音楽でもないようです。ドラムパターンは気持ちよく流れていかず一度ストップをかけられる感じ(スネアの四拍目を抜かしているからでしょうか?)、随所にみられる痙攣的リズム(1:18あたりのボーカルとか)。物語的な歌詞をしゃべるように歌うGUMIのボーカルは冷たくもユーモラス。ベースが頭でコードを示すのに使われただけで後をボーカルとドラムに任せるのは、そぎ落としすぎでもはやヒップホップに近い気がします。でも間奏でギターのフィードバックノイズからのソロに入るところは完全にロックのマナー。そこからのボーカルとドラムのリズムのハメ方は見事ですね。

大怪獣日本ゼンメツ計画のような、大枠としてはファンクだし、作ってる当人もファンク大好きであることは間違いないんですが、純粋なファンクをやる気がないことが伝わってくる曲には覚えがあり、これはポストパンクの時代のパンク・ファンクに近い感触です。

「ロックでなければなんでもいい」――これはポストパンクバンドの代表格Wireが掲げた言葉で、しばしばポストパンクの精神を象徴するものとして引用されます。多くのバンドが脱ロックの姿勢を明確にしたこの時代、「ロックでないもの」として頻繁に参照された音楽の一つがファンクでした。すでに名前を挙げたものだとTalking Heads、Gang Of Four、The Pop Groupなどはまさにファンクを参照したバンドです。ほかには例えば、No Waveと呼ばれるニューヨークのポストパンク・シーンを代表するバンド、James Chance and The Contortionsが挙げられます。

ファンクとジャズを基調としながらも、自然と体がうごいてしまう心地よいグルーヴやスイング感とはかけ離れています。神経質でいらだっているかのようなボーカル、引きつりもがくような痙攣的リズム。薄く歯切れのいいギターはかろうじてファンクの原型をとどめていますが、もう一方のスライドギターはほとんど不協和音。やかましいサックスは元をたどればアルバート・アイラ―にたどりつくでしょうか。ジェームス・チャンスが「Contort Yourself」とタイトルを連呼するパートはジェームス・ブラウンのパロディですが、やけくそ気味なテンションは元ネタに似ても似つかない。大怪獣日本ゼンメツ計画はContort Yourselfよりもずっと音楽的な曲ですが、ひねくれたやり方でファンクを解釈して別のなにかにしてしまうという点で両者はよく似ています。

作者の円盤Pはジャズ・ファンク・ヒップホップなどのブラックミュージックをかなり独自に解釈して楽曲に落とし込んでしまうボカロPです。ポストパンク的素養を感じるのは気のせいではなく、別の曲「マイアイポッド」の歌詞でその音楽的背景の一部が開陳されています。Art Of NoiseB-52'sBush TetrasThe Flying LizardsGabi Delgad、Gang Of Four、Malcolm Mclaren……もうなにも言う必要はないでしょう。

ds_8/crash beats light

「ロックでなければなんでもいい」ということは、なんでもいいんだからファンクじゃなくてもいいわけです。例えばディスコでも。ポストパンクの中でも「踊れる」楽曲を志向するバンドの一群を指してディスコ・パンク(あるいはダンス・パンク)と呼ぶことがあります。crash beats lightもそうしたディスコ・パンクに接近した曲と見ることができます。

そっけないシンセ・プラックのシーケンシャルなフレーズとダンサブルなビートの組み合わせは、いかにもディスコ・パンク的です。ベースはパンクらしくシンプルに八分の刻み。ボーカルをとる巡音ルカのぶつ切りにつぶやくスタイルはメロディよりもリズムを強調したものに聞こえます。耳を引くのはざりざりとざらついた質感のギターのサウンド。コードを刻むギタープレイは徹底して抑制的で、サウンドとあいまって非常に冷たい印象を受けます。全体として、熱狂を排したどこまでも低温のディスコであり、この鋭利なサウンドはやはりポストパンクに由来すると見ていいでしょう。

ディスコ・パンクというと2000年ごろに巻き起こったポストパンク・リバイバルのバンド、LCD SoundsystemThe Raptureを思い出す人も多いでしょうが、作者のds_8さんが影響を受けたのはやはりオリジナルのポストパンクなんじゃないかなと勝手に予想して関連しそうなバンドを挙げます。Pylonです。

シンセはありませんが、力強いダンス・ビートと金属質のざらついたギターサウンド、冷たく突き放すボーカルはそのままcrash bests lightに通じています。Pylonはジョージア州アセンズのポストパンクバンドで、同郷のバンドB-52'sとともによく知られています。嘘です。PylonはB-52'sより二段階くらいマイナーです。でもどっちも素晴らしい音楽を作っていたのは確かです。面白いのは、両バンドはともにディスコ・パンクと呼べる音楽をやっていて、ダブの空間性もあるというところまで一致しているのに、そのフィーリングはかなり違っているということです。Pylonの研ぎ澄まされたクールさに対して、B-52'sには冗談めいたキッチュさがあります。暇な人は聞き比べてみましょう。ポストパンクに対する愛が深まるはず。ところでアセンズといえば、あのREMもアセンズのバンドでPylonのCrazyをカバーしていたりするので、九〇年代のオルタナティブ・ロック好きな方なんかもポストパンクをいろいろ聞いてみると面白いかもしれませんよ。

作者のds_8はいろいろ作ってる方で、いろいろ作ってるとしか言いようがないんですが、大きいのはエクスペリメンタルなロックの文脈の人なのかなと勝手に思ってます。思ってるだけです。クラウトロックとかカンタベリー・ロックが好きな人であることは間違いないです。ds_8については以前書いたポストロックの紹介記事でも触れているので、よかったらそちらも読んでみてください。宣伝でした。

MTXO/MTBLUE

「ポストパンクか?」と言われると「解釈によれば」と返すしかありませんが、好きなので紹介します。作曲者のMTXO、実はanomimiの変名でして、普段のポップでかわいらしい曲とは一転して音響とリズムのアプローチに振り切っています。anomimi名義の曲はこういうのです。

MTXOについてなんですが、前にanomimiさんとTwitterで話したときにネタばらしがあって、This Heatが好きで始めた名義だそうなんですよ。そういわれるとThis Heatへの、特にその1stアルバムに対する愛情が伝わってくる気がしませんか。妥協しないビートと異常な音響のアプローチは確かにThis Heatっぽい。全体的に青いし。

anomimiさんもぼくも大好きなThis Heatの話をしますと、技巧とアマチュアリズム、ビートと音響のかみ合ったものすごいバンドで、特に音響に関してはThe Flying Lizardsで知られるDavid Cunninghamがプロデューサーを務めた1stとシングルにおいて空前絶後の域に達しています。遅れてきたプログレであり、早すぎたパンクでもある。ポストロック以前のポストロックとしてFaust Ⅳといっしょに実家の神棚に祭っています。This Heatに関してはいくらでも言いたいことがあるんですが、いい加減うざいでしょうから、最後にぼくが世界で一番かっこいいと考えているシングルHealth and Efficiencyを貼って終わりにします。


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