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トートバッグいっぱいの呪いを。13.



《半井さんの独白》

 久しぶりに塚田くんの家の前にやってきた。
 この家が『空き家』となってからしばらく経つ。
 母子は死に、父親は行方不明。
 ということになっている。
 あたしはパパの居場所を知っているけれど、世間の人たちは根拠のない噂話でしかこの家族の事情を知らない。
 あたしがこの家の鍵をぜんぶ川に捨てたから、誰も入ることはできない。花蓮さんもあたしもだ。
 日に日に大きくなってゆくお腹を抱えた花蓮さんが、この家の前で立ち止まっては見やる姿を、
何度か目にしたことがある。でも声はかけなかった。あたしには関係のないことだから。


 最後に会った時の塚田くんもママも、だいぶ幽霊らしくなっていた。
 体の輪郭は曖昧で、死んだ人が見えるあたしからしても、ふたりの姿は光に溶けそうなほど淡くなっていた。

 クラスの子たちの口にのぼる塚田くんの話の回数は減り、塚田くんのいない毎日に慣れてゆく。
みんなが塚田くんの死を受け入れていくのと同じ頃から、呪いの折り鶴も見かけなくなっていった。

 クラスメイトたちは呪いを恐れたり、呪い対策のおふだを考えだしたり、毎日を安心して過ごすために心を砕いてきた。
 それは生きているから。
 生きているからこそ、震えたり考えたり何か方法はないかなと、先の時間のために心を動かして進むわけだ。
 死んでしまった塚田くんとママには、より良くする道などない。
 誰かを恨むこと、希望を持つこと。
 生き時間のないのっぺりとした死の世界では、意味を持たなくなっている。それに気づいた時から、あのふたりは呪いの言葉を生み出すのをやめたのだと思う。

 軋む歯車に挟まっていた小石が外れたように、当たり前の日常が、またまわり始める。
 いろいろなことを踏み潰して、歯車は何事もなかったようにまわり続けるのだ。


 あたしは左手に持っていたトートバッグの持ち手をぎゅっと握りしめた。
 塚田くんの部屋からこっそり持ち出したトートバッグは、今ここにある。中には塚田くんが作った折り鶴がたくさん入っている。塚田くんにとっての最後の呪い。
 呪いは願いだ。
 パパを塚田くんのそばにとどまらせる呪い。
 パパをどこにも行かせない呪い。
 3人で家族をやり直す呪い。
 未来永劫ともにいる呪い。
 塚田くんのありったけの暗い願いがこの中にたっぷり詰まっているせいか、ずっしりとした重みを感じた。ただの小さな折り紙の集まりなのに。想いは重いのだ。


 ここへ来る途中のコンビニで買った100円ライターを、ポケットから取り出す。
 トートバッグの一番上に乗っていた赤い折り鶴のしっぽの先に、パチリと火をつける。お線香みたいだ。
 折り紙でできた鶴はびっくりするくらい勢いよく燃え出したので、慌ててトートバッグの中に落とし込んだ。
 ボオッと音がして、他の鶴たちにも炎が燃え広がり、あっという間にトートバッグは火の塊になった。
 あたしは持ち手をぶんぶん振り回して、塚田くんの家に向かって力いっぱい放り投げた。火のついた折り鶴が2,3羽こぼれて、玄関ポーチに転がって燻る。
 トートバッグは玄関横の小窓の網戸にひっかかった。メラメラと燃える炎の舌は網戸を溶かし、窓枠を溶かし、庇をあぶり、屋根と壁とのわずかな隙間から部屋の中に侵入して、大きく燃え出した。家の内側で、何かがパキッと音を立てる。
 呪いの言葉を抱えた折り鶴は、煙となって空へ昇ってゆく。

 パパが閉じ込められているクローゼットも、幽霊の塚田くんもママも教科書もノートも塚田くんが描いた絵も思い出もみんなみんな、炎に包まれてゆく。燃え尽きて灰になって空へ昇って、なんにもなくなる。
 門の前に立つあたしの顔に熱を感じるほどに家が燃えてきたので、あたしはその場を離れて歩き出した。
 風に乗った煙があたしを追い越してゆく。

 まるで友だちみたいな顔をした人の家に、
 こうしてあたしは火を放った。


文章を書いて生きていきたい。 ✳︎ 紙媒体の本を創りたい。という目標があります。