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UCIロード世界選手権2022「ウロンゴン」エリート女子ロードレース

全長164.3㎞。総獲得標高2,433m。ここまで同じコースで繰り広げられてきた男子ジュニア・U23そして女子ジュニアともに、想像以上に厳しいマウント・プレザントの登りでのサバイバルが発生し、小集団によるスプリント決戦が繰り広げられてきた。そしていよいよエリートによる戦い。まずは女子。「最強」オランダチームも度重なるトラブルに見舞われ、結末が全く予想できない状況でスタートすることとなった。


距離の短かったこれまでのアンダー以下のレースと比べ、序盤から激しいアタック合戦が繰り広げられるということはなく、落ち着いた状況でレースは展開していった。

いよいよ本格的にレースが動き始めたのは残り40㎞を切り、勝負所マウント・プレザント(登坂距離1.1㎞、平均勾配7.7%、最大勾配14%)も残り3回目の登坂を終えた直後、エマセシル・ノースガード(デンマーク)やフローチェ・マッカイ(オランダ)、ジュリー・デウィルデ(ベルギー)などの有力勢も脱落し集団の数が少なくなってきたところで、まずは地元オーストラリア勢が勝負を動かしてきた。

オーストラリア勢の中では個人TTでも驚きの走りを見せていた好調のグレース・ブラウンや、今年一気に飛躍した感のあるアレクサンドラ・マンリーが有力であったが、いずれも純粋な坂バトルやスプリントではやや分が悪い。よって、早めに攻撃を仕掛けることが必要ということで、このタイミングでブラウンやブロディー・チャップマンが交互にアタックを繰り出す波状攻撃を仕掛けていった。

それらの攻撃はすべて、ディフェンディングチャンピオンのイタリア・チームが数を揃えてしっかりと抑え込む。最終的にオーストラリアのサラ・ロイが単独で抜け出すことに成功するが、マンリー以上に純粋なスプリンター感の強いロイの、30㎞を残しての独走はさすがに可能性は低く、集団としてもこれはあえて見逃したというのが実態であろう。

集団はイタリアが完全に支配。今大会、1週間前まではデミ・フォレリンマリアンヌ・フォスアネミーク・ファンフルーテンを擁するオランダが圧倒的に有力候補であったが、水曜日のチームTTでファンフルーテンが落車して肘を固定骨折。さらにフォレリンがレース開始直前にCovid-19陽性が発覚しDNSとなってしまった。

一方のイタリア・チームは昨年覇者エリーザ・バルサモをエースに据えたうえでしっかりとこの時点でも枚数をかなり残しており、その数を頼みにプロトンを支配。バルサモがきっちりと残れるペースを維持したまま最終盤に挑もうと画策していた。

残り27㎞でこのプロトンがロイを吸収。先頭が一つになったまま、最後から2番目のマウント・プレザントに突入する。

だが、ここでカタジナ・ニエウィアドマ(ポーランド)が一気にペースアップ。リアヌ・リッパート(ドイツ)もここに追随し、一気に加速した集団からバルサモが耐え切れず脱落してしまう。

イタリアはプランB、エリーザ・ロンゴボルギーニによる勝利を狙う。残り20㎞を残し、先頭はロンゴボルギーニ、ニエウィアドマ、リッパート、セシリーウトラップ・ルドウィグ(デンマーク)アシュリー・ムールマン(南アフリカ)の5名に。クライマーだらけのこの5名の中で、最もスプリント力のあるロンゴボルギーニが有利である点は間違いなかった。

そしてアネミーク・ファンフルーテンはやはり骨折の影響が色濃い。いつもの彼女であればニエウィアドマのこの攻撃にいち早く反応するのはもちろん、むしろこの距離から独走を開始してそのまま逃げ切ってしまうことの方が多いくらいであった。

明らかに不調のファンフルーテンに、登りでついていけないフォス。オランダはエース不在のまま、TT世界王者エレン・ファンダイクによる献身的な牽引により、なんとか残り13㎞。最後のマウント・プレザント登坂前に先頭の5名を引き戻すことに成功した。

カウンターで飛び出した地元チャップマンの攻撃はすぐ引き戻されるが、そこからさらにカウンターで飛び出したマーレン・ロイッセール(スイス)が独走を開始。世界最高峰のTTスペシャリストの飛び出しは絶対に許してはいけないものであったが、集団がこれを逃してしまう。なかなかTTアルカンシェルに手が届かずにいるロイッセールが、まさかのチャンスをつかみ取るか?

だが、やはりマウント・プレザントは想像以上にクライマー向けすぎる登りであった。残り8.5㎞。最後の登りが始まると、さっそくリッパートが加速。この動きをきっかけにロイッセールは吸収され、そしてさっきと同じ5名――リッパート、ニエウィアドマ、ムールマン、ルドウィグ、そしてロンゴボルギーニ――が抜け出して先頭集団を形成する。

フォスはやはりここについていけない。そして、骨折しているファンフルーテンもダンシングができない状態でシッティングのままフォスの前に出てアシストの働きを行っている。この時点ではファンフルーテンも自分が勝つことはあきらめている様子で、なんとかフォスを救い上げなければならないと考えていたようだ。

だが、フォスがこのファンフルーテンの牽きにもついていけず落ちていく。ファンフルーテンはもう、自分ひとりでなんとかするしかなかった。

先頭5名はラスト7㎞の平坦路に突入。だが、明確にスプリント力のあるロンゴボルギーニの存在を全員が警戒し、なかなかきれいなローテーションを作れない。ロンゴボルギーニも抗議するが、どうしようもない事実であった。

そうこうしているうちに追走集団も少しずつ近づいていく。こちらも決して協調できていたわけではないが、それでもスイスがエリーズ・シャベとロイッセールの2枚残っていたこともあり、ここがうまく牽引役を担い、先頭とのギャップが縮まっていく。

残り3㎞時点での追走9名

ロッタ・コペッキー(ベルギー)
ナイアム・フィッシャーブラック(ニュージーランド)
アネミーク・ファンフルーテン(オランダ)
エレーナ・チェッキーニ(イタリア)
シルヴィア・ペルシコ(イタリア)
ジュリエット・ラブース(フランス)
マーレン・ロイッセール(スイス)
エリーズ・シャベ(スイス)
アレニス・シエラ(キューバ)

残り3㎞でタイム差は7秒。ここからさらにコペッキーやフィッシャーブラックも全力で追走を仕掛け、ついに残り1㎞で先頭が一つになった!


そのとき。

加速した追走集団からラブースやフィッシャーブラックと共に遅れていたファンフルーテン。

その時点では明らかに調子が悪そうだった。

だが、もはや、普通にやって勝てる可能性が0になったと判断した彼女が、完全に捨て身の思いで一気に加速していった。

そのまま、一度集団が一つになり弛緩した様子だった先頭集団を右手から追い抜き、誰もが虚を突かれたようになったこの集団を尻目に、ファンフルーテンは勢いよくフィニッシュに向かって飛び出して行っていた。

肘が骨折していたはずだったが、構わずダンシングで駆け抜けていく女王ファンフルーテン。

置き去りにされた集団は牽制と、そしてここまであまりにもサバイバルな展開にもう足が残っていなかったという二つの要素が合わさり、追走を仕掛けられない。

そのまま誰もが信じられない思いで見守る中、今年ジロ、ツール、ブエルタの3大グランツ-ルを全制覇した驚異の39歳が、手を挙げることもできない極限状態のまま、フィニッシュラインへと突き進んでいった。

後続ではコペッキーがスプリントを開始してこれを追いかけるも、すでに途中の追走で力を使っていた彼女もファンフルーテンに届くことはできず、悔しくハンドルを叩きながらうなだれて2着フィニッシュとなった。


これにて今年、3大グランツール制覇と世界選手権制覇という、前代未聞のクアドラプルクラウンを達成したファンフルーテン。

誰も並べなさそうな偉業を残しつつ、来年の引退シーズンをアルカンシェルで過ごすことが決まった。


しかしこの、クライマーがライバルたちを引きちぎって抜け出すには十分厳しく、かつ決定的なギャップを生むほどには厳しくなく、残り7㎞の平坦路も後続が追いつくか追いつかないか微妙な距離感というのは、昨年のフランドルも素晴らしいコース設計だと思っていたがそれ以上の完璧な設計のように思える。

今日は雨ということもあっただろうが最後ヘトヘトな中でのパワー勝負となったことから、男子はそれこそタデイ・ポガチャルにこそ可能性があるような気がしてくる。

最強決定戦にふさわしい最高峰の舞台。果たして、明日のエリート男子はどうなるのか(ただしリアルタイムで見れそうにないのが残念・・)


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