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タクシー乗り場にて、ドラマにならないような話

9月の終わり、深夜1時
私は六本木のタクシー乗り場にいた。

待てど待てども空車のタクシーは通らず、
30分が経った。

私のひとつ後ろに並んでいたお姉さんが、
(実際はおばさんだがここではお姉さんとする)

「あんたちゃんとタクシー捕まえなさいよ!!」
と一番前に並んでいたサラリーマンに言っていた。

泥酔しているんだろうけれど、無茶な要望だなと思った。

通るタクシーがそもそも全く空いていないのに
捕まえたい気持ちは十分にあるはずだ。

「えええ…踊ればいいんですかね。ははは笑」

とサラリーマンは笑いながら少し踊って返した。

その直後タクシーが止まったもんだから、
「ほらねー」「おお本当に来た!」と
サラリーマンとお姉さんはハイタッチして別れていた。

それに挟まれた私。そんな絡みをしてくれたおかげで
タクシーのイライラするような待ち時間も
退屈じゃなくなった。

酔っ払いの悪絡みも悪くないなと思った。

その後、先頭は私になった。
サラリーマンたちが乗ってからまた10分はタクシーが来なかった。
背伸びをしてヒールを履いていたので、実際背伸びの分だけ足が痛んだ。

銀座方面から流れてくるタクシーは全て満車。もしくは迎車。
みんなこの時間に帰るのか、それとも金曜日のせいなのか。
時短のはずのタクシーがこれでは時短では無くなっている状況に
タクシー乗り場で並ぶ全員が疲れていた。

その中で後ろにいたお姉さんは怒りを口にしながらもかばんを振り回してタクシーを捕まえようとしたり、これも乗ってるこれもだめじゃん、と
通るタクシー全部に感想を述べていて元気だった。

その時、「どうせなら方向が同じなら一緒に乗りますか?」と聞いていた。
こんなにまたお姉さんを待たせるのも嫌だし、女二人その方がいいに決まってる。お姉さんもその提案に「そうしよ、そうしよ」と乗ってくれた。

そしてしばらくしてやっとタクシーが来たので二人で乗った。

私は目黒方面、お姉さんは世田谷の方だったので、
目黒を介して帰ることにした。

車中、お姉さんになんで六本木にいたのかと聞いた。
知り合いのバーに行った後、古い曲の流れるクラブに行って
踊ってきた帰りだという。振り回してたかばんは友人に
さっき貰ったものだと言う。

そして仕事先で同じ会社で働いている人に注意をしても
誰も聞いてくれないこと。ドラマが好きなこと。
「あさちゃん」と呼んでほしいこと。
貰ったかばんはあまり気に入っていないことも話してくれた。


一通り聞いた後、「あなたは何してる人なの?」と聞かれ、
女優を目指して演技の勉強をしていると言った。

「事務所とかも入ってるの?」と聞かれ、
「まぁ〇〇ってところに、、一応」と大手事務所の名前を答えた。

誰の話をしているんだ。
私は事務所に入ったこともなければ、演技も高校演劇しかしたことがない。
自分ではない誰かの話をさも自分のことのように話している自分に
呆れそうになりながらも、今日っきりの縁で自分の見せたいように
見せたかったのかもしれない。

お姉さんは「えーすごい、そんな人だったんだ」と関心してくれた。

そして「そうだ、このかばんいらないからあげるよ」と言い、
私はフェザーのインディアンみたいな柄のかばんを貰った。
タクシーの中では暗くてよく分からなかったけれど
何でも貰う癖がある私は、「いいのいいのー?」と言いながらすぐ貰った。
今これを書いている間、部屋に転がっているが
確かにいらないかもしれない。

そうしている間に家の前まで着き、
ここまでのタクシー代を渡して帰った。

さっき出会った人とタクシーでこんなに話すことも今までなかったし、
こんなに短スパンでかばんをもらうこともなかった。
二人にとっていらないこのかばんも二人の物語の中では必要なものだった。
六本木の待ち時間も悪くないなと思った。

そして今部屋に転がるかばんを見て思う。
あさちゃんについた嘘を本当にするために、頑張るよ。と

お姉さんとは連絡を交換することも、またねと言うこともなく
そのままおやすみなさいと言って別れた。



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