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人生の意味を考えたこと

「人生に意味なんてない」

その言葉を見てハッとした。
嘘だろ?
人生ってさ、生まれてきた意味があるとか言うよね?
これが私の使命とか天職って言う人いるよね。

なのに人生に意味がないって、じゃあ生きてる意味ないじゃんか。

そんな風に思ったことを覚えている。

だけれど、それから時期をおいては「人生の意味」みたいなものを考えるようになった。
それは、自分の人生に迷いがあったからなのです。

世間一般に言われるような普通の暮らし、就職して、結婚して、子どもが生まれて、お家を建てて、何不自由のない生活をしてるっていうのに。
この充実感のなさと不安はなんだ?

私はいったい何を頑張ればいいんだろう。
何をするために生まれてきたんだろう。


そうして、思ったのは「人生に意味はないのかもしれない」だった。

だって、もし人生に意味があるというのなら。
どうして、生まれてすぐに死んじゃう子がいるのさ。
どうして、重たい病気にかかるのさ。

紛争地帯に生きている人の、人生の意味はなんだよ。

一度、すべての人の人生に意味があるという人のお話を聞いたことがある。

虐待とかで幼くして死んでしまう子供は、勇敢な魂だ。
みんなの心に影響を与える、強い使命だ、と知って私は本当に感動したの!ということを聞いて吐き気がした。
それはさ、救えないことに勝手に心を痛めたあなたの心の痛みを和らげるだけのものじゃないのか、と。
その子がそう思ってるならそうでいいけど、他人の魂の使命を他人が勝手に決めるなよと思った。


それからは「人生に意味はない」と思っている。
でも、じゃあ生まれてきた意味がないとは思わない。

私は「自分の人生の意味は自分でつけれる」んだと解釈することにした。

それは逆に言うと、なんでもありなんだってこと。

もし、ひどく悲しいことが起こった時。
ひどい人生だ!このやろう!って思う人もいる。
悲しい!でも、この悲しさを社会に伝えることで知ってもらおう!って思う人もいる。


それはどっちが悪いとか良いとかじゃなくて、どっちでもいいんだと思う。
悲しみにくれる人生でも、それを活かして立ち上がっても。
正解はなくて、その人がどうしたいかだけ。

だから、自分の使命や天職は、自分で決めていいんだ。
自分がそう思って、そう意味をつけたことは他人に何かを言われることじゃない。

だから他人のことを「かわいそうに」とか「辛いでしょう」とか勝手に決めつけるのもどうかと思う。
それは本人が決めることだから。
もし、その人が悲しんでいたら、寄り添ってあげたい。

そして、もちろん使命や天職なんてなくていい。
だって人生に意味はないんだもの。
私たちは、ただ生まれて、そしていつかは死んでしまう。
それ以上でも、以下でもない。
でも、もしかしたら、誰かの心に深く強い何かを残したり、残さなかったりもする。

そんな風に考えたら、ちょっと楽になれた。
私たちは、何か大きなものの掌の上にいるような気がするけれど、それは自分の掌だったのだなあ。

でも私は、よりよくなろうとして、必死に悩んだり、考えたり、努力したりする人が、本当にかわいくて、魅力的で、人間らしいと思う。

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