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第3章 浦嶋の爺 竜宮編(前編)

海の向こうに不老不死の楽園があると言う

深海を泳ぎ進む青年
かつて青年はその楽園で
かけがえのない人と出会い結ばれた

楽園に住む乙姫さま

だが青年は地上の世界に残してきた両親のことが気がかりで、ひとり楽園を後にする

乙姫さまは深く悲しみ泣いた
青年は両親に無事な姿を見せたら直ぐに戻るから安心しなさいと、乙姫さまの涙をぬぐった

「わかりました」乙姫さまは、そう言うと玉手箱を取り出し、
「私にまた会いたいとおもうなら、けして開けないでください」と言って青年に渡した

あれから何年の月日がたったのだろうか・・・

青年の名は、太郎

太郎は今、乙姫さまの元へ帰るために懸命に泳いでいる

遠くに竜宮城が見えてきた


浦嶋の爺 竜宮編①


「乙姫さま! 太郎、ただいま帰りました!」

大きな声で叫びながら太郎は竜宮城に飛び込んできた。

「太郎、太郎か? どこじゃ?」
乙姫さまが叫けぶ。

「ながいこと留守にして申し訳ありません」

「亀吉、太郎はどこじゃ? 隠してないで早く姿を見せておくれ」

「乙姫さま、何を冗談を・・・。
太郎です。あなたの目の前にいる、私が太郎です。
お忘れですか?」

「亀吉、冗談を言ってるのは、お主じゃ!早く太郎に合わせておくれ!」

「私が太郎です・・・」

太郎をまじまじと見つめる乙姫さま。

乙姫さまの眉間にシワがより、眉毛がつり上がった。

「亀吉! まさかお前ひとりで帰って来たのか?
太郎が見つからず、
見えすいたウソをつき、のこのことひとりで帰ったのか!」

私の気持ちをなんだと思っている・・・

「乙姫さま、私は太郎です。わかりませんか?
亀吉はその命と引き換えに私を助けてくれました」

「何をわからぬ事を言っている!
お前が太郎と言い張るのなら、太郎だと言う証拠を持って来なさい!
もうよい、太郎を連れて戻るまで、二度と帰ってはならぬ!」

太郎は気が動転した。訳のわからぬまま竜宮城を追い出された。
体の力が入らず、ふらふらだった。
しまいには、泳ぐ力も歩く力も失い、ふわふわと海面に向かって浮き上がっていった。

波に揺られる太郎。

波風が太郎のほほを撫でる。

遠くに漁船の群れが見えた。

のどかな海の真っ只中に、太郎は浮かんでいた。


遠くでカモメの鳴き声が聞こえた。

すると突然、水平線の向こうから黒い雲がモクモクと湧き上がった。
みるみるうちに太陽を隠し、辺り一面真っ暗になった。

バリバリバリ
バリバリバリ

海面に打ちつける大粒の雨。
ものすごい音が響きわたる。

ゴロゴロ、ピカ
ピカ、ゴロゴロゴロ

稲光が空を引き裂いた。

そのとき、真っ黒な雲の隙間に、太郎は見た。
ギラギラと金色に輝く巨大な目玉を。

『龍だ・・・!』

漁船が、波に飲まれて消えてゆく。
太郎は、海の上にいては危ないと思い、あわてて海の中に潜った。

海の底で震える太郎。
太郎は岩影に隠れ、耳をふさぎ、ガタガタと震えていた。

どのくらい経ったのたろうか、今までのうなりがウソのように海は静まり返った。

太郎は行くあてもなく、とぼとぼと海の中を歩きだした。

気がつくと辺り一面、船の残骸が横たわっていた。

その光景を見て、太郎は背筋が凍りついた。

『海の墓場だ・・・』

太郎が愕然としているそのとき、
巨大なイカが現れた。
長い長い腕を振り回し、その一本の手に、青く輝く立派な剣(つるぎ)が握られていた。

太郎は逃げようとしたが足が動かない。

体が震えて声も出ない。

太郎はその場に座り込んでしまった。

イカは、その姿を見て大笑い。

「申し訳ない。あなたを驚かすつもりはなかった」

イカは、話し始めた。

ここは海の墓場。
海の上では龍が暴れて船を沈める。
船は海の生き物を押し潰し、私の家族や仲間も巻き込まれてしまった。
これ以上、私の故郷や仲間を犠牲にさせないために私は龍を退治するのだ。

「わたしの名前は、やきち」

「私は太郎だ」

「太郎さま、どうかこの剣(つるぎ)の使い方を教えてもらえませんか? 私は剣(つるぎ)を持っていますが使い方を知らない」

太郎は驚いた。

「私には、あなたのような指はなく、剣(つるぎ)が上手く持てません。剣(つるぎ)は人間の武器、太郎さまは人間、だから私に剣の使い方を教えて欲しいのです」

やきちは泣きながら訴えた。

「私は人間だが剣(つるぎ)の使い方は知らない。
ましてやあの恐ろしい目玉の龍を退治するなど私には無理です」

太郎は、船の残骸の中からたくさんの目が自分を見つめている、そんな気配を感じた。
太郎は、ガタガタ震えた。そして怖くなり、海の上に向かって逃げてしまった。

金色の月が輝く静かな夜が広がっていた。

波に揺られて漂う太郎。

星は瞬き、消えては現れ、また消える。

乙姫さまに会いたい

母さま、父さまに伝えたい

私はなぜ、竜宮城に行ったのだろう

私はなぜ、呉服屋で過ごしたのだろう

私はなぜ、亀吉を助けてやれなかったのだろう

私はなぜ、人間に生まれたのだろう

龍はなぜ、人間を苦しめるのだろう

なぜ・・・。なぜ・・・。

何ひとつ答えはわからなかった。

水平線が赤く染まり始めた。
空の紺が、海の紺と、溶け合う。
太陽の光が、天を突き抜けた。

夜が明ける。

遠くに浦嶋崖が見えた。

いつのまにか太郎は浦嶋崖の近くまで流されていたのだ。

海から見上げる浦嶋崖は、断崖絶壁。
バッシャーン、バッシャーン。崖に大きな波しぶきが舞い上がっていた。
浦嶋崖の中腹には、大きな松の木が一本。長い枝をのばして生えていた。
その長い枝に、たくさんのカラスが群がっていた。

カラスの群れの中に
ゆらゆら揺れるのもがある。羽衣だ・・・。

あのとき太郎に絡みついていた羽衣が松の枝に引っかかっていた。

あの時・・・。

太郎のおぼろげな記憶がよみがえる。

雷に撃たれ、崖から落ちた・・・。

亀吉は、甲羅だけになって空っぽになった・・・。

あっ

それから私の姿は、誰にも見えなくなった。

誰とも話すことができなくなった。

あのときの光景がよみがえる。
羽衣が大きく空を舞った。
羽衣がひらひらと崖の下へ落ちて行く。
そのうしろから、人影が落ちて行く。
松の枝にたくさんのカラスが群れて鳴いている。

羽衣が風にあおられ舞い上がり、
その下の枝に、黒い影が見えた。

愕然とする太郎。

枝に、人影が・・・。ぶら下がっていた。

死んだのか・・・。

私は死んでいたのか・・・。

そして太郎は意識を失った。

つづく


初版:2021年3月7日
改訂:2022年7月7日


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