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第2章 浦嶋の爺 帰郷編

むかし、むかしのことじゃった。

森の一本道を、ものすごい勢いで走る少年。
少年は、亀の甲羅を被り、荷車を引き、わき目もふらず、タッタッタっと、ふもとの村を目指していた。
この少年、名前を太郎と呼んだ。

浦嶋の爺 帰郷編


ふもとの村は、太郎のふるさと、母(かか)さまと父(とと)さまが暮らす静かな村だった。

家の近くまでくると、たくさんの村人が太郎の家の周りに集まり、ざわざわしていた。

なにごとかと、太郎は荷車を置き、家の前まで走り寄った。しかしたくさんの村人が立ちふさがって、戸口までたどり着けない。

太郎は叫んだ。「ただいま帰りました!」

しかし、だれひとり、太郎を気にする様子がありません。
「おかしいな?」太郎は、もう一度大きな声で叫んだ。「太郎、ただいま帰りました!」
でもだれも気が付いてくれません。

すると「長老さまが来たぞ!」太郎の後ろから、そう叫ぶ声が聞こえました。
その声に村人たちは振り返り、そろそろと戸口の前から離れ、道を開けた。
太郎も、その声の方へ振り向いた。
その瞬間、長老さまが太郎の体をすり抜けた。
長老さまは、何もなかったように、村人が見守る中、家の中へ入っていった。

「わあああ、なんだあああ・・・」絶句する太郎。

しかし、だれひとり、その状況に驚きません。

「確かに、すり抜けたのに・・・」


村人には、なぜか太郎の姿がまったく見えなかったのです。
そして太郎の声も聞こえなかったのです。

太郎は、自分の身に何が起こっているのか、わかりませんでしたが、長老さまのあとを追って、家の中に入りました。
そこには、布団の中で苦しむ父さまの姿がありました。

父さまは、酒の仕込み中に蔵で倒れたのです。
それを聞きつけた長老さまが、様子を見に訪ねてきたところだったのです。

太郎は母さまのところへ駆け寄ると、父さまの様子をききました。

「父さまは病気なのかい?」

「・・・」

太郎は振り向き長老さまに言いました。

「父さまは治りますか?」

「・・・」

太郎は父さまの枕元に近寄り声をかけました。

「太郎だよ! 太郎が帰ったよ!」

でも、だれにも太郎の声は届かず、だれにも触れることができませんでした。

太郎は、自分の姿が、ほかの人に見えていない、自分の声が他の人に聞こえてないことに気が付いたのです。

「やっと帰ってきたのに、なんで気が付いてくれないのです・・・」

太郎の目から大きな涙が溢れては、ボロボロとこぼれ落ちました。

今の自分には何もできないと、気が付いたのです。
それでも太郎は、何かできることがあるかもしれないと、きょろきょろ周りを見渡しました。

長老さまが持ってきてくれた食べ物を見つけると、それを、ひょいっと持ち上げ、父さまの枕元に運びました。

「ひえええ」母さまや村人は驚き、飛び上がりました。
食べ物が宙に浮いて、枕元に移動してきたからです。

「悪霊が来ておる! ここは危険じゃ! 結界を張るのじゃあ!」 

長老さまの大声が村中に響きました。

「ちがう、ちがう、今のは僕だよ。太郎だよ!」
太郎はあたふたするばかり。

太郎が、あたふたしている間に、家の周りには、
縄が張られ、香が炊かれ、結界が張られました。

「巫(かんなぎ)様をお呼びしなさい!巫(かんなぎ)様が起こしになるまで、この家の中に入ってはならん!」

それでも母さまは、家から出ようとはしませんでした。

「悪霊にかどわかされるぞ、はやく外へ出なさい!」

長老さまは、母さまに結界の外へ出るよう言いました。

しかし母さまは「父さまをひとりにできません。
巫(かんなぎ)様がくるまで、私が父さまを見守ります」

そう言うと、戸口を、ぴしゃりと締めてしまった。

太郎は、目の前で起こっていることに何もできず、
ドンドンドンと、戸口をたたいて、
「父さま! 母さま!」と叫ぶのです。

「ドンドン、ドンドン、ドンドン」

戸口の鳴り響く音に、村人たちは、恐怖におののき、逃げ出してしまったのです。

家の中にいる母さまは、体を震わせて、父さまを抱きしめていました。

「私が何かすれば悪霊と間違えられ、怖がらせるばかり、私が、巫(かんなぎ)様をお連れしよう」太郎は駆け出しました。

森の一本道を荷車を引き、ひた走る太郎。

森の奥へ奥へとひた走る途中、正面から歩いてくる巫(かんなぎ)様に会いました。

巫(かんなぎ)様は、しばらく太郎を見つめたのち、静かに荷車に乗りました。

「しっかり捕まっててください!」そう言うと
太郎は、勢いよく走り出しました。

来た道を引き返し、村に向かって走る。
走る。走る。ひた走る。


それから、数日がたちました。

父さまは、巫(かんなぎ)様のおかげで、病から
回復しました。

軒先で、母さまと一緒に、おむすびを食べて微笑んでいます。

あの日、巫(かんなぎ)様は荷車の荷台に、炭で書かれた伝言を読んだのです。

「どうか早く、父さまを助けてください。この荷台に乗ってください。わたしが、お連れします。太郎」

それを見た、巫(かんなぎ)様は、何十年も前に姿を消した太郎だと分かったのです。


壱日でも遅れていたら、父さまの命は危なかったかもしれません。

そして今、立てかけられた荷車の荷台には、父さまと母さま宛てにつづられた言葉が残されていました。

「わたしは、竜宮城で、乙姫さまと出会いました。
近いうちに乙姫様を連れて戻って参ります。太郎」

おしまい、でもつづく。

初版:2021年1月3日
改定:2022年7月6日


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