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日本ズンズンチャーカズンズンチャ史(2013年記)

ビートルズ《タックスマン》の、ポール・マッカートニーによるベースについて、「一時、歌謡曲といえば必ずこのフレーズがベース・ラインに用いられていた」と近田春夫が書いたのを、高校時代に読んだ(CBSソニー出版『THE BEATLES' SOUND』)

♪《タックスマン》のベース(頭出し済)

だからか、中学時代にこのベースラインを初めて聴いたとき、既視感ならぬ「既聴感」があったのだ。しかし、本当にそうかと当時の楽曲をあれこれ思い出し、YouTubeでいろいろと聴いてみたら、もう少しややこしい事情が分かってきた。

《タックスマン》が入っているアルバム、『リボルバー』が発売されたのは1966年の10月(日本)。このリズムパターンを咀嚼し、自分たちの手で演奏するまでには1年の時間を要したようだ。

まずは、鈴木邦彦の手による超・名曲にして、《タックスマン》のリズムを血肉化したこの情熱的な演奏、杉並の悪ガキGSのこの曲。

♪ザ・ダイナマイツ《トンネル天国》1967年11月(頭出し済)

つづいて、ザ・スパイダース。予想通りかまやつひろし作曲で、クレイジー・ケン・バンドはじめ、世界のガレージバンドに歌い継がれるこの曲。1967年12月25日発表。

♪ザ・スパイダース《メラメラ》1967年12月

ただし、これらは大ヒットしたとは言い難い。《タックスマン》ベースがメジャーシーンに出てきたのは、鈴木ではなく村井・邦彦によるザ・テンプターズのヒット曲《エメラルドの伝説》のこの中間部によって。

♪ザ・テンプターズ《エメラルドの伝説》1968年6月(頭出し済)

しかし、このあたりから、このドラムパターンは残るも、さすがに、この素っ頓狂な《タックスマン》ベースは後退していく。

個人的に《タックスマン》影響下だと信じ込んでいた大ヒット曲、黛ジュンの《天使の誘惑》のベースが、今聴いてみたら、ぜんぜん本家と似ていない平凡なベースラインだったことに落胆した。ちなみにこれも鈴木邦彦。

♪黛ジュン《天使の誘惑》1968年5月

ということは、あの「既聴感」は、《タックスマン》のベースそのものというより、あのベースと、この《天使の誘惑》に共通する、4拍子の2拍目を強調し、かつ2拍目のお尻に16分音符を付ける、独特のリズム感覚への「既聴感」ではなかったかという仮説にいたる。

《タックスマン》のベース:
||♪ドッ・ドーッ【ド】・ファソシ♭ー・(ウン)||(キー:D)
《天使の誘惑》のドラム:
||♪ドン・ターン【タ】・ドンドン・タン||

【 】内の16分音符が入ることで、機械的なエイトビートに、16ビートのファンキーさを味付けした感じになり、何よりも「分かりやすく気持ちいい」。踊り下手な日本人も思わず腰が動く。代表曲としては、この曲が出色。ちなみにこの曲も鈴木邦彦作曲。

♪ザ・ゴールデンカップス《愛する君に》1968年9月

実はこの時期のちょっと前に流行っていたもうひとつのリズムが ||♪ドン・タド・ドタ・ウン|| で、3拍目の裏にアクセントを置くリズムで、代表的なものは泣く子も黙るこの曲(オルガンに注目)。

♪美空ひばり《真赤な太陽》1967年5月

同様にこちらも。中村晃子の可愛さたるや!

♪中村晃子《虹色の湖》1967年10月

ですが、当時刺激的だった、このリズムよりも《天使の誘惑》は更にエキサイティング。そして「昭和元禄」の大騒ぎの中、60年代後半の日本歌謡曲で《天使の誘惑》風ドラムがやたらと使われ、そして陳腐化する。

当時、「シェイク」(テンポ速め)とか「ブガルー」(テンポ遅め)とか呼ばれていたようだが、より具体的には「ゴーゴー喫茶」で踊られる「ゴーゴーダンス」のビートである。上の中村晃子の映像で見られるダンスをより激しく、腕を頭の上まで上げるダンス。

そういう極端な風俗とつながってしまい、あまりにも大衆化した結果、70年代以降、【 】内の16分音符が忌み嫌われ、||♪ドン・ターン【タ】・ドンドン・タン|| は、80年代初頭までは「ダサいリズム」の典型となる。

ちなみに、この流れの延長にある、歌謡曲のリズムがもっとも手数が多かった時代の象徴がこの曲。||♪ドンドン・ツカツカ・ドンドン・タン||。8ビートからゆったりとした16ビートへの移行期。ドルショックを尻目に、日本(の歌謡界)の景気が良かった時代の、時間と金と労力の結晶か。

♪尾崎紀世彦《また逢う日まで》1971年3月

70年代後半になって、『見ごろ食べごろ笑いごろ』で、キャンディーズが「ズンズンチャーカズンズンチャ」というフレーズを使ったコントを披露していたが、これは要するにこのリズムが陳腐化し、古くさいものとして捉えられていたという前提の上にある。

♪キャンディーズのコント『見ごろ食べごろ笑いごろ』1978年

しかし、80年代中盤以降のヒップホップ、ダンス音楽時代に再び脚光を浴び、ついに日本版《タックスマン》の完成品と言っても差し支えない楽曲が登場。《タックスマン》のベースと《天使の誘惑》のドラムのマリアージュ。

♪レベッカ《RASPBERRY DREAM》1986年5月

イントロにおけるドラムとベースは最強。それから、ヒップホップやクラブ音楽での定型リズムパターンとして市民権を得る。

ビートルズ《タックスマン》が1966年、レベッカ《RASPBERRY DREAM》が1986年。20年の間に、日本人の音楽感覚がくるっと回って、再度ポール・マッカートニーに出会ったということかもしれない。

というわけで結論。

「ビートルズ《タックスマン》を契機として、あのベースよりも、4拍子の2拍目を16分音符で強調するリズムが(主に鈴木邦彦の貢献によって)流行し、一度陳腐化した結果、何と20年かかって、そのリズムに《タックスマン》のベースがやっと付随したかたちで、やっと市民権を得た」

スージー総研


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