見出し画像

NHK朝ドラは『カーネーション』か、それ以外か(2011~2012年記)

BS12トゥエルビで『カーネーション』がまたまた再放送されるのをキッカケに、本放送時にリアルタイムで私が書いた雑文を一挙再公開します(【注】一部ネタバレあります)。気分的には、この本に私が寄稿したら……という感じの文章群です。

椎名林檎《カーネーション》!(2011年10月23日)

なんだ、震災に揺れた2011年は音楽的には大収穫の年じゃないか。桑田佳祐『MUSICMAN』に春、盛り上がり、そして秋にはこんなに素晴らしい曲に出逢えることができた。

NHK朝ドラという国民的な枠において、毎朝この曲が聴ける驚きと歓び。印象としては2009年の個人的レコード大賞に輝く木村カエラ《Butterfly》と同じく「器楽曲を歌っている感じ」。

まず歌いこなすこと自体が困難なメロディ。アレンジはもしかしたらNOKKO《人魚》の影響があるかも知れないが、筒美京平の通俗性を超えてこちらのほうが張り詰めた緊張感があっていい。

そして枯れたような、途切れそうな椎名林檎特有のボーカル。このディズニー『ファンタジア』のオマージュのような映像も素晴らしい。歴史に残る傑作と思います。

『カーネーション』をさらに面白くするための配役改訂案(2012年2月4日)

NHK『カーネーション』がいよいよ面白い。世の中的にはヒロイン糸子と「周防さん」(綾野剛)との純愛でそうとう盛り上がったようですが、私としては、今週になってから、つまり三姉妹の長女と次女が大人になってから、盛り上がりに拍車がかかってきた気がします。

画像2

ツイッターでなんどもつぶやいてしまったように、次女の直子、川崎亜沙美が素晴らしい。

さて、これとは別に、このようなことをかつてつぶやきました。

そうです。このドラマの隠れた魅力として、関西出身者が関西人を演じるリアルさ、もっといえば「正しい関西弁」で構成されているということがあると思います。

むかし『週刊ベースボール』で「地域密着とはすなわち、その地域に住む人々のその地域へのプライドを喚起することだ」と書きました(我ながら至言)。朝から正しい岸和田弁を堪能することで、東大阪市出身、河内人の私も、大阪に対するプライドが喚起される。なんと幸せなことでしょう。

さて、最後に細かな話をしておけば、一部「非関西人」がいて、彼らがちょっと違ったイントネーションの発音をすることが、少しだけこのドラマの完成度を損なっている気がします。ここで、今さらですが私案として、このドラマを関西人のみで塗り固める配役改訂案を書いておきます。こうだったら、もっと良かった。

長女優子(新山千春:青森県青森市出身)→池脇千鶴(東大阪市出身)
新山千春については、東京にかぶれる役回りなのでまだ許されるのですが、関西弁がちょっと変な瞬間があります。あとスタイルが良すぎることと、やはり年齢的に無理がある配役でした。ここはひとつ新山と同い年ながらももっと若く見え、そして小柄な池脇千鶴でどうでしょう。私の同郷、東大阪市出身。

吉田奈津(栗山千明:茨城県土浦市出身)→水川あさみ(京都市出身、茨木市育ち)
栗山の聡明な感じは得難いキャラクターですが、あのような顔立ちは大阪にはいません(2021年註:言い過ぎ)。もうちょっとキツめの関西顔として水川あさみを充てましょう。たしか『風のハルカ』でもいい雰囲気を出していました。

昌子(玄覺悠子:石川県出身)→本上まなみ(茨木市出身)
玄覺悠子も残念ながら関西弁がギクシャクする瞬間が何度かありました。ちょっとイメージが違うが本上まなみで。サディスティックにヒロインをサポートする本上まなみを見てみたい。

アメリカ商会・木之元(甲本雅裕:岡山県出身)→トータス松本(兵庫県西脇市出身)
関西人のアメリカかぶれということでロック界からの異色の配役を。店の前に置いてあるギターを自分で弾くイメージです。

ヒロイン糸子(夏木マリ:東京都豊島区出身)→秋野暢子(大阪市中央区出身)
夏木マリについては実はぜんぜん心配はしていません(大阪にあのような怪女はよくいる)。ただしヒロインなので細心の検討が必要でしょう。とても暑苦しい秋野暢子なら安心だ。

と、このようなことを言いたくなるのも、元が面白いからです。あと二ヶ月、毎朝楽しませてもらいます。

【同日追記】夏木マリ代役に秋野暢子はちょっと濃厚すぎるので、萬田久子(堺市)でもいいような気もしてきました。あと、長女は我がアイドル・ちすん(大阪市)がベスト。彼女も確か『風のハルカ』で好演。

『カーネーション』に見る「大阪最強時代」(2012年2月26日)

あいかわらずNHK『カーネーション』が面白くって仕方がない。野暮な行いだと知りつつ、名作『ちりとてちん』との比較を頭の中で繰り返している。

まだ『ちりとてちん』の方が僅差でリードしているのだが(今夜、徒然亭草若臨終の回を観て「僅差」を確認した)、『カーネーション』もそうとうである。歴史に残る名作であることは確実。

さて、ドラマはいよいよ昭和40年代に突入。かくいう私が東大阪に生まれるころだが、物心をついたのは昭和45年の大阪万博のあと。要するに私は昭和40年代前半、イケイケドンドンの「大阪最強時代」を知らない。

ドラマで語られた、岸和田の街をミニスカートの女性が闊歩した時代、コシノ三姉妹が、東京に、パリに、ロンドンに旅だっていった時代、そして大阪万博に向けて大阪の街が豹変した時代を私は知らない。そしてイメージはどんどん広がる。

●南海ホークスの最強時代が続く。昭和40年に三冠王を獲得した野村克也が我が物顔でミナミを闊歩する。「今に見とけぇ」と藤井寺で走り込みを続ける近鉄の新人、鈴木啓示。何も知らないイガグリ頭の江夏豊はまだ高校生。高校のグラウンドでびっくりするような直球をひたすら投げている。

●そのミナミのジャズ喫茶「ナンバ一番」でザ・スパイダースが公演をするとなると阪急電車で駆けつける京都の高校生たち。その中のとりわけ大きな瞳の少年の名は沢田研二。洒脱なMCを繰り広げる堺正章や、ビートルズの複雑怪奇なコードの分析に余念のないかまやつひろしは、その大きな瞳の少年が自分たちのライバルとなり、そして踏みつぶしていくことをまだ知らない。

●まだクルマがまばらな御堂筋で、最新のスポーツカーを法定速度以上で走らせるのは、人気絶頂「漫画トリオ」の横山ノック、横山パンチ。パンチの後の名前は上岡龍太郎。「古くさい演芸なんてクソくらえや、テレビジョンとロックンロールで培った鮮やかな感性で新しい笑いを見せつけてやる」。スポーツカーのスピード感はそのまま、彼らの笑いのスピード感になっている。

●そこからちょっと奥に入ったなんば花月で、彼らを横目で見ながらひとつの確信を持った天才漫才少年。「あの男と漫才コンビを組んだら絶対に売れる」。天才少年の名は横山やすし、「あの男」は高知から出てきた苦労人、西川きよし。漫才の経験がない西川を口説き、なだめ、叱りながら、漫才ブーム、そしてM-1グランプリへの大河につづく最初の一滴が落とされる。

「オリンピックが東京やったら、大阪は万博や」。東京に負けることなんて誰も考えすらしていない大阪。ミナミには力が吹きだまり、南海ホークスが日本一になり、つづいて、沢田研二のザ・タイガース、やすし・きよしが全国にのしていく。大阪制作のテレビ番組が電波となって、今よりも濃厚な大阪弁が全国に広がっていく。万博に向けて、高層ビル、地下鉄、高速道路がニョキニョキと延びていく。

そして岸和田から、南海電車に乗ってミナミを経由した伊丹空港から、優子、直子、聡子、つまりヒロコ、ジュンコ、ミチコが旅立っていく。これが――大阪最強時代。

細かな時代考証を確認していないものの、だいたいこんな感じだったろう。で、物心がついた私の前に広がっていたのは、阪神工業地帯からのスモッグが立ちこめ、南海ホークスは転げおちるように衰退、ザ・タイガースは解散、大阪制作のテレビ番組はがくんと減って……。

それは、東京に完全に掌握されていく大阪の姿。のちのち私は、大阪のど真ん中の高校を出て東京に行くこととなるのだが、それはまた別の物語。

と、いろいろあって今、東京のメディアの中で大阪が存在感を発揮するのは『カーネーション』と、そしてやたらとスタンドプレイが目立つあの市長のニュースしかないのだ。

尾野糸子のラスト・ワルツ(2012年3月3日)

ザ・バンドの解散コンサートを描いた『ラスト・ワルツ』というドキュメンタリー映画がある(1976年アメリカ、監督:マーティン・スコセッシ)。

画像3

ボブ・ディラン、ニール・ヤング、エリック・クラプトン、マディ・ウォーターズ、ロニー・ホーキンズ、ドクター・ジョン、ジョニ・ミッチェル、ポール・バターフィールド、ニール・ダイアモンド、ヴァン・モリソン、ロン・ウッド、リンゴ・スター……ザ・バンドにゆかりがある絢爛豪華なメンバーが次々とあらわれて演奏を繰り広げる。

解散コンサートといえば、お涙頂戴のセンチメンタルな雰囲気を想像するかもしれないが、この映画の健康的な空気感は、涙を感じさせず、淡々と、ドライに演奏が続いていくことに依っている。

ザ・バンドのギタリストであり、リーダー的存在、ロビー・ロバートソン。ステージに向かって左側に立って全体を統率するリーダーシップ。その毅然とした態度が、演奏にドライなタッチを与え、この映画全体を引き締める効果を発生させていた。

さて、頭の中が『カーネーション』でいっぱいなので、くどくて申し訳ない、また「カーネーション」の話をさせていただく。

今風にいえば「神回」。今朝(2012年3月3日)の回はそう形容してもいい。1973年のだんじりの日に、亡くなった糸子の父の善作も含め、これまでの登場人物のほとんどすべてが、オハラ家に集まり、「尾野糸子」の最終回を賑やかに彩る。言ってみれば、中締めのような回だった。

画像4

想起したのは『ラスト・ワルツ』。ゆかりの人たち総出演という点もあの映画にそっくりだが、なにより糸子の振る舞いがロビー・ロバートソンに似ていて、安易なセンチメンタリズムに流れ込まない毅然さがあった。

多くの人が指摘するこのドラマの魅力。戦地で人を殺めて戦争で発狂した男、没落して「パンパン」になってしまった女、妻子ある男性との不倫。これまでの朝ドラにはないリアリティへの挑戦。反面、死を直接的に表現しないなど、安易なセンチメンタリズムを徹底して排除するスタンス。

きれいごとでもお涙頂戴でもない絶妙な方角にストーリーを進めていくドラマ。心にしみいるのはあたり前だ。なぜなら、私たちが生きているショボくれた現実は、きれいごとでもお涙頂戴でもないのだから。

人生を変えたと断言できる3つのドラマ。

多摩川の堤防が決壊し、父親が人生を賭けて建てたマイホームがいまにも流されようとするギリギリの状況で、精神的に瓦解した家族の絆が復活し、母親役の八千草薫に「家族の想い出がいっぱい詰まった写真アルバムを持ってきてほしい!」と言わせる『岸辺のアルバム』。

担任する学級の転校生が、自らを虐げた転校前の中学教師を監禁し逮捕された事件の後、警察官に向かって、教師役の武田鉄矢に「私たちは機械やミカンを作ってるんじゃないんです、 私たちは人間を作ってるんです!」と言わせる『3年B組金八先生 Part.2』。

就職活動の会社説明会、「一流大学」生だけが特別扱いされる中、「三流大学生でも胸を張ってりゃいいんだよ」と時任三郎に言わせる『ふぞろいの林檎たち Part.1』。

『カーネーション』は、この3つと同列に並ぶ殿堂の入り口に立っている。あと一ヶ月間、夏木糸子がしくじらなければ確実に入れる。個人的採点で言えば、この一週間で『ちりとてちん』を超えた。

ここまでくると空気のように毎日になじんで意識することも少なくなるが、実は椎名林檎による主題歌も圧倒的に素晴らしい。あの主題歌のリズムは三拍子。最終回、つまり本当の「ラスト・ワルツ」は3月31日の土曜日――。

日本プロ野球開幕、あけましておめでとうございます(2012年3月30日)


画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?