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好きな人に話しかけるように書くといいよ

太宰治が文章を書くコツのひとつとして
「好きな人に話しかけるように書くといいよ」
と言ったらしいので、

だから僕も
恋多き死にたがりの文豪にあやかって
好きな人に向かってこの文章を書くことにする。

と、開幕早々宣言したのはいいものの
あなたに正直に伝えると
僕はいま何を書けばいいかわからない状態で、

それこそ好きな人をはじめて
デートに誘ったはいいものの
何を話せばいいかわからず、
小さく微笑んだまま固まっているような
そんな状態。

「誰かに何か伝えたいことを伝える」
っていうのが文章の掟なのだとしたら
その掟を真っ向から否定している
そんな文章。

たぶんそれは僕に書きたいと思うものが
何もないからで、

ただ書きたい
「何も伝えたいことはないけど
君のそばにいたいんだ」

という気持ち悪い感情が
冬のあちこちで発生する
静電気みたいにパチパチと迸っているだけ。

頭の中は、大量の墨汁が流し込まれた金魚鉢みたいに暗闇で
次の文章を手探りで探しているせいで、
手のひらも体も塗りつぶされていくように汚れていく。

書くことがないのだから仕方がない。
でも「それが心地良い」と思っているくらいには
精神も肉体も死へと近づいている。

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