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【10年前の小説を投稿するテスト】エリア51サーガ ~バトっていいとも!~ 『最終章 決戦』8/9

最終章 決戦

「こんにちはー」
――こんにちはー
「今日も寒いですねー」
――そうですね!
「珍しく十八℃まで上がったそうですよ」
――そうですね!
「って寒くないじゃないっ!」
――フフフッ
 いつもどおりの掴みで客席にいる観衆を盛り上げて、バトっていいともを仕切っているのは、他でもない森田二義だ。
 ただ今日のバトともはいつもと違うことが一つだけあった……。
「こんにちは、森田二義です、今日のバトともはいつもとは少し趣向趣向を変えて、エリアドーム併設の屋外ステージから野外ライブでお届けしております!」
 森田二義が野外ライブである旨を実況すると、空中高くからステージ一帯が映し出されて、一歩先にはすぐ車道があり開演中も数おおく車が行き交い、効果音さながら規則的にブーンッと排気音が鳴り響く。

 というのも、普段バトともが繰り広げられている会場はエリアドームであるが、ドームの隣には野外ライブをするためのスカイステージが併設されている。そして、バトともには二ヶ月に一回の割合でスカイステージから野外ライブの形式をとって放送されることがある。そして本日がその野外ライブの日というわけだ。会場のバックグラウンドが鉄筋コンクリート製の建造物ではなく、空や雲などの自然物に変わることからか、バトともの野外ライブでは選手と観客の両方とも、いつもに増して開放的な気分になっているようだ。 このような気分転換的なギミックをバトともに取り入れたのも、なんのこれしき、自分最高、私プリンセス、幕ノ内【彩】がプロデューサーに就任してからことであった。
 口撃バトルという異空間が外気に触れ、いつもよりも多めに現実度を混ぜながら、バトともを観に来た人たち以外に対して騒音を撒き散らしつつ、今週もバトともが開始のゴングを告げる。カン! カン! カン! ゴングの金属音がいつもより大きめに会場に鳴り響いた次の瞬間、特大のスピーカーからエントランスBGMが爆音で鳴り響いた。
 レフェリーのボブは例によって例の如し。シュッとしている。惚れ惚れするぞ。
――ウフ~ン、アハ~ン、バカ~ン♪
――ハナ♪ ハナ♪ ハナ♪ ハァーナァーーー♪
 オペラ歌手二人、ソプラノとテノールの二人によって謳われる荘厳のアンサンブルをBGMにフェデレーション・オブ・ノーズ・エイリアンこと、FNAのメンバーのチビデ・ブハゲ、幕ノ内【彩】、そしてハナさんがリングに入場してくる。
――ブゥウウウウウウウウッ!
――ハナ!
――フック!
――ハナ!
――フック!
――ハナ!
――フック!
 先週に初めて結成したにも関わらず、次の週には入場曲が作り込まれているあたり、バトとものFNAプッシュは半端ないようである。
――ブゥウウウウウウウウッ!
 ハナさんはマイクをスタッフから貰うと、前回と同じく両手を伸ばして、頭上高くぶら下げ持つ。そして、一言恫喝する。
「お黙りなさいっ!」
――ブゥウウウウウウウウウウウウウウッ!
 逆に観衆を煽る結果になってしまったが、まったくもって想定内だったようで動じる気配は無く、
「血の気お盛んなオトコども、ドウモっ! ムフー。……少し訊いておきたいことがあるわ。ここにいるオトコどもの中で……ワタシたちを見に来たオトコどもはいるかしら?」 そう言って客席のほうにマイクを向けるハナさん。
――はぁっ?
「ここにいるオトコどもの中で……FNAを見に来たオトコどもはいるかしら?」
 そう言うとハナさんは、再び客席のほうにマイクを向ける。
――はぁっ?
「分かった、分かった、分かったわ! ……じゃあ、ここにいるオトコどもの中で、リトルボーイと表裏子を見に来たオトコどもはいるかしら!」
――ウォオオオオオオッ
――ヒュウウウウウウウウウウウッ
 リトルボーイと表裏子の名前をチラッと出すだけで、野郎だけではなく、黄色い声援も入り混じる大歓声が夕焼け空に向かって轟く。
「訊いてみて分かったわ……お前たちオトコどもは……あの子たちじゃ満ち足りることが無いってことがね!」
――ブゥウウウウーーーーッ
「野外ステージ中に観客たちのブーイングが鳴り響いております。これはいままでに見たことのない光景だねー」

 しばらくブーイングが鳴り止まず、騒然とした会場が落ち着きを取り戻し始めたその時、幕ノ内ラップと命名された幕ノ内【豆】の入場曲が大音量で流れ出す。
――豆を豆に豆るとお金持ち♪ ヘイヨー♪ そんな豆たちノッてるぜー♪
「レディース アンド ジェントルマン! ただいま入場いたしますのは、バトっていいとも! ゼネラルプロデューサーの幕ノ内豆太郎ぉーッ! でござるぅーーーーッ!」
――ブゥウウウウウウウーーーーッ
 幕ノ内【豆】はブハゲに盛大に招かれた後、今日も肩を怒らせながら堂々とした佇まいでリングインする。
「やあ! やあ! やあ! 今日は何の日だ! バトっていいとも! 野外ライブ公演をしているから、野外記念日だ!」
――ブゥウウウウウッ
――そのまんまじゃねえか!
「シャラァーーーップ!」
――ブゥウウウウウウウウッ
「私はお前たち観衆と違って、忙しいのだ! だから伝えるべき要件を手みぢかに伝えに来たのだ! ……とその前に」
 幕ノ内【豆】はハナさんを片手で持ち上げ、沈みかけの太陽に向かって、空高く彼女を掲げた。
「ハナさんよ! 私はそなたのことをこの野外記念日でこうやって、持ち上げることができるのを誇りに思うぞ!」
「あら……ありがとっ。アナターっよく見るといいオトコね。……多少、年いってるけど……ウフフッ」
――ブゥウウウウウッ
――ウゲェエエエエッ
 幕ノ内【豆】はハナさんをリングマット上に下ろすと、森田二義を呼びつけた。
「森田ぁーーーッ! ちょっと来い! そうだ。すぐだ! いますぐにだっ!」
――ブゥウウウウウッ
「……あー、私呼ばれました? えー。分かりました、分かりましたよ。行けばいいんでしょ。幕ちゃんは本当に人使いが荒いんだからー」
 実況の森田二義は渋々リングに上がると、幕ノ内【豆】からクリップボードを手渡される。
「えー、何ですか、これは?」
「中身を読み上げるんだ! 野外ステージ全体に伝わるように大きな声でハキハキと滑舌よく、読むんだ!」
 幕ノ内【豆】からマイクを受け取った森田二義は、クリップボードに挟まれた紙面を読み上げる。
「えー、何々……」
 森田二義は老眼がかなり進んでいるようで、掛けたサングラスを額の上に持ち上げ、滅多に見せないその素顔をさらけ出して、契約書らしきその紙面の文言を読み進める。
「リトルボーイ及び、表裏子は負傷のため、今日は来られません。以上ですー」
――ブゥウウウウウウウウウッ。
――ブゥウウウウウウウウウウウウウッ。
――ブゥウウウウウウウウウウウウッ。
「シャラァーーーップ! そう私が諸君にお伝えしたかったことはまさにこのことなのだ! あの憎き悪魔のような小童、リトルボーイは負傷したのだ! ゆえに今日この会場に来ることは有り得ない! だから、たとえリトルボーイがケガの症状を嘘偽って会場入りしたとしても試合に出ることは、この私が許さん! バトとも最高責任者の、この幕ノ内豆太郎が言うのだから間違いない!」
――ブゥウウウウウウウウウッ
「元はと言えば、リトルボーイこと誠真を引き入れたのも、ガキ王者がテレビ的に見た目を引くからだ! そして奴は王者にまでのし上がりその実力を証明した。もう十分なマーケティング効果を発揮したのだ。つまり用済みということなのだ! だから、リトルボーイと表裏子がこのまま永久追放されて欲しいと思うヤツはイエスだ!」
――ノーーーーーーーーーッ!
 幕ノ内【豆】はリトルボーイの決めセリフをパクってみるも、観客たちには受け入れられない。ブーイングは鳴り止むことなく、バトともに関心のない善良なる市民に騒音を与えながら、幕ノ内【豆】とFNAの一行はリングを退場する。ここで誤解なきよう言っておくが、幕ノ内【豆】は娘と違い、FNAのメンバーではない。あくまでも支援者だ。
「ウフッ、オトコども。もっと熱気ぷんぷんフェロモンを醸しだしてちょうだい♪ ワタシの若さを保つ栄養分にさせてもらうわ! それと、オンナどもは黙ってワタシにマイハニーを差し出しなさい!」宇宙戦争のエイリアンみたいに血を吸われそうで怖い。
「五月蝿いわよ、お染ちゃん」……スマソ。
――ブゥウウウウウウウウウウウウッ!
――空気に向かってべしゃるな馬鹿ーッ!
 FNAのリーダー、ハナさんは、リングを退場する今際の際までファンに嫌味をリップサービスし、ヒールとしての役目を立派に果たしてバックステージへと帰っていった。

 時は過ぎ、ハナさんがリングから退場してから十分が経過した。楽屋にたどり着いたFNA一行たちは、座椅子に腰掛け、ブハゲは部屋の玄関先に置かれていたダンボール箱の中から新品タグ付きの芳香剤を取り出し、机の上にそれを置いた。
 楽屋にはテレビが配備されており、試合の模様が随時中継されている。それを見ていたハナさんは、
「これはどういうコンセプトのもと行われている試合ですのん?」
「え、ええ、これは新旧アイドル対決と銘打って、BKA48の元センターの二人と、TWO―AHOの二人たちのオールドファンとアンチファンの両方を取り込もうと……」
「毒にも薬にもならない試合ね……おもしろくないわ」
「……やるでござるか?」へ?
「もちろんよ、ブハゲちゃん!」なんか、意気投合してるし。
「やるって何を?」さすがに意味不明すぎて聞き返す幕ノ内【彩】。
「……コントロールルームに行って、試合を止めさせるのよ」即答するハナさん。

 ハナさんを筆頭に、チビデ・ブハゲ、幕ノ内【彩】のFNAのメンバーたち三人は、楽屋裏で一服着く間もなく、会場裏に仮設されているコントロールルームに向かった。
 バンッ。
「FNAのお通りでござる!」
 乱暴にコントロールルームの扉を開けたブハゲは、部屋の中にある放送を司るコンパネの元へ一目散に向かう。
「……お前たち、何をやっている!」
 テレビクルーの責任者らしき作業服姿の男性は、三人を制止しようとするも……、
「お黙り!」
「あなたたち、クビになりたくなかったら、黙って私たちの言うとおりするのよ……ってことで、そこで何も言わずに座ってなさい!」
 ハナさんと幕ノ内【彩】の勢いに負けて、それは叶わなかった。
「これが制御装置でござるよ」
 機械関係に滅法詳しいチビデ・ブハゲはさっそく数十台にわたって設置されたモニターをチェックしていく。
「早くやっておしまい!」
 ハナさんは一刻も早い試合会場のカメラ映像の配信停止を、ブハゲに促す。
「分かってるでござる! ……スイッチャーはこれでござるな……これとこれをこうすれば……ポチポチッ……ポポポーのポポポーで……ポチッとな!」
 するとその瞬間、まもなく陽が沈みかけていた屋外ステージの証明は全て落とされ、テレビ画面上は試合中継のカメラ映像ではなく、ハナさんのプロモーションムービーが流され始めた……。

――なんだ?
――ざわざわっ!
――ブゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!
 試合会場に居た観客たちはざわめき始め、事態のすべてを把握した時から、ブーイングが止まらなくなる。
――アハ~ン♪ ウフ~ン♪ ソコ~ン♪
 プロモーションムービーはハナさんの喘ぎ声と共に、場違いなジャズミュージックをBGMとして、ハナさんの煽りアングル、俯瞰アングル、ズームアップ、ズームアウト、フレームイン、フレームアウトなどがひたすらに繰り返されるものであった。
――ブウウウウウウウウッ!
――ォウェエエッ
――ゲボォッ!
 そのあまりの醜悪ぶりにブーイングだけでなく、一部の観客たちは目まいや嘔吐すら起こしかけていた……。

「これでいいわン♪」
「完璧ですね」
「さすがはハナさんでござる!」
「行くわよ♪」
 三人は、怯えるテレビクルーを尻目に余裕しゃくしゃくの我が物顔でコントロールルームを去っていった。

 FNAの一行は一発かますことで「ワタシたちに逆らうと、痛い目見るわよ♪」ということを分からせるために、あえてこのような蛮行に出るのであった……。
 その後も試合は行われたが、どの選手たちもFNAの台頭に戦々恐々といった感じで全体的に自粛ムードのまま、番組は進行していった。
 だが一組のタッグチームの登場により、その空気は見事にブチ壊されたのだ……。


      ***


 野外ステージは静まりかえっていた。
 FNAの横暴さ加減にあきれ返っていた観客たちは、残りの数試合も所謂消化試合に過ぎないだろうと、諦観の念を持って見ていた。

――ユー・ガット・メール!

 そんな中、電子メールの受信音が鳴り響くと、実況の森田二義が実況席に据え付けられているパーソナルコンピュータを操作して、上層部から届いたメール文を読み上げる。
「ええー、バトとも執行部からメールが届いたみたいでーす。私、森田二義が僭越ながら読み上げさせていただきます……」……。
――……。
――……。
 いつもであれば「試合の邪魔をするな」「五月蝿い」などという定番化されたブーイングを森田二義に向けて発するところだが、FNAに掻き回された今のバトともファンにとってはそんな元気も到底なかったようで、ただただ無反応であった。
「今週から初登場の口撃バトラーが来るようです。え? タッグチームの新人は二年ぶり? 白金R指定(しろがねあーるしてい)のお二人です」テレフォンショッキング。
 タータッタタターという森田二義の昼テレビでお馴染みのフレーズが流れた後、選手たちの本当のエントランスBGMが流れ出す。テレフォンショッキングの演出はほんとうに必要だったのか甚だしき疑惑がかかることを禁じ得ない。
――白銀に変わってこの白金がおしおきしちゃうわ!
――パララーパララー♪ プップップッー♪ パララーパララー♪
――……。
――……。
――……。
――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
――キタァアアアアアアアアアアアアッ!
――罵倒してくだせぇーーーーーーーーーッ!
 女性の叫び声と共にバイカースタイルのアップテンポナンバーな曲が流れる。
――パララーパララー♪ プップップッー♪ パララーパララー♪

 新人口撃バトラーが登場した。
 リング上に走り来る二人は男と女。ピカピカの白いタイツに覆われた奇異な出で立ちをしており、手を伸ばす観客たちへのハイタッチは欠かさない。その顔面は金粉で塗りたくられており、マスクマンさながらその正体が誰なのかは判別がつかない。どうやらベビーフェイスの新キャラのようだが、一人は小学生男子でもう一人は成年女子の図体であり、どこぞの誰かを思い出させる。
――ウォオオオオオオッ!
――ウォオオオオオオオオオオッ!
 私にはその正体が誰なのか見当もつかないが、勘の良い観客たちはもはやその二人が誰なのかを存じ上げているようで、白金R指定は初見にも関わらず、大歓声をもって迎え入れられようとしていた。
――リトルボーイッー!
――リコーッー!
――ウォオオオオオオオオオオオオッ!
――キタァアアアーッ!
「ノンノンノンノンノンッ!」
――はっ!
 マイクを手にとった白金R指定の男子がまず始めに喋り出す。
「お前たちはもしや、俺様たちのことを何か勘違いしていないか?」
――はっ!
「俺様たち二人!」
「合わせて!」
 もう一人の女性も少年に追随し、合いの手を打つ。
「「白金R指定!」」
 二人は両手をグーの形に握り締め、ジャイアソツの原監督のような、拳と拳をタッチしているようでタッチしてないコツンと小突く、例のパフォーマンスでリングインした際のポーズ(どうやら決めポーズにしたいらしい)をバッチリ決める。少年の方はノリノリでやっていたが、しかし成年女子のほうはどうやら気恥ずかしさがあるようで、ポーズを決め終えた後、目も当てられないといった様子でモジモジし続けていた。
――ウォオオオオオオオオオオオオッ!
――リコさっまーッー!
 リトルボーイならぬ白タイツ金粉塗れの少年が観客を事も無げに煽り、成功する。
――ウォオオオオオオオオオオオオッ!
――リトルボーイッーー!
「……ほらー誠くん……やっぱりモロバレじゃないの……こんな格好までしてどうするのよ……!」
 成年女子が観客たちには聞こえないようマイクを避け、小声で少年に囁きかける。
「ふん……ならば、こうするしか無かろうが……、ごにょごにょ……」「ええーっ!」
――はッ!
「ボリュームがデカい。声を落とせ。みんなに聞こえるだろうが」「で、でも!」
――はッ!
「ごにょごにょ……悪い夢だと思ってあきらめろ」「世間体という……ごにょごにょ」
――はッ!
 二人がひそひそ話をしている光景も観客たちにはご愛嬌といった様子で、「はッ!」というブーイングチャントを起こしはするものの、先ほどのFNA圧政時とは打って変わって、みな明らかに今の状況を楽しんでいるといった様子だった。

「何やら二人とも観客たちのことをそっちのけで打ち合わせしてるねー。何なんだろねー。しかしゃー、あのテカテカのタイツ姿には様式美を感じるねー。大型新人登場だねー」
 観客たちとは百八十度違い、森田二義だけはあの二人のことが誰か分かっていないというテイで実況を続けていた。……いやまあ、私もあの二人が誰か分かっていないという……テイで語り続ける?

 そんな非常な盛り上がりを見せるなか、
「本当にやるの?」
「当たり前だ」
「くっ! あとで覚えてなさいよ」
「そんなに覚えておく必要があるのなら、付箋紙にメモをしておくのが良い」
「そういうことじゃねえっての!」
 二人のヒソヒソ話しも終わりを迎える。
 少年は再び観客たちに向かって語りかけ始めた……。
「お前たちは俺様のことをリトルボーイ、彼女のことを表裏子だと思っているな? そうだと言うヤツはイエスだ!」
――イエスーッ!
「なるほどな……だがその二人は今日は試合会場には来ていない……なぜならば! 団体から正式に今週の試合出場が禁止されているからだ!」
――ウォオオオオオオオオッ!
――ブゥウウウウウウウウウウウッ!
 少年の叫びは好意をもって受け入れられたが、一部の観客たちからは意味を捉え違えられてネガティブにも受け取られたようだった。
「お前たちの疑惑を今からここで俺様たち二人が晴らしてみせる! 良いな相棒!」
「や、やればいいんでしょッ! やればッ!」
 成年女子は涙目になりながら、少年のパスを受け取る。するとなんと……!

 二人はピカピカの白いタイツをその場で脱ぎ始めた――。

――ウォオオオオオオオオオオオオオッ!
――マジでかーーーーーーーーーーーーーーッ!
――バトとも最高ォオオオーーーーーーー!
――白金!
――R指定!
――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!

「は、恥ずかし……」
 数十秒後、リング上には驚くべきことに、顔面を金粉で全身を白粉で塗りたくられた半裸姿の男女が仁王立ちしていた……。男子のほうはブリーフ一丁、成年女子はブラジャーパンツとも純白のランジェリー姿であり、近所の公園でこのような格好をしていたら確実に不審者呼ばわりされることは、もはや間違い無しの姿であった。観客たち、特に一部の熱狂的な男性客たちは成年女子へ向けて、猛獣然とした下賤な視線を浴びせ続けていた。実にイヤらしい。

「どうだ、このぉ野郎! ハッハッハッ」
「……ハッハッハッ……じゃない……うぅ」
 二人の男女は対照的な心持ちでリングに立ち、観客たちを大いに喜ばせていた。あまりの出来事に森田二義は言葉を失っていた。……いや、ただただガン見していたようにも見える。
「これでよく分かっただろう! 俺様たちはいつだって半裸をどこだってパンツをお茶の間に披露する……そんなアダルティーな存在なのだ! お子様はご遠慮下さいレーティングは十八禁指定なのだよ! それがつまり……俺様たち白金R指定なのさ! 本当のことさ! つまぁああありッ! 俺様たちはリトルボーイと表裏子ではなぁああいッ!」
――分かったぁーッ!
――ありがとうッリトルボーイーッ!
――いいモン見せてもらったぜぇーッ!
「そこで!」
――はっ!
「俺様たち白金R指定は、さっそく試合を申し込みたいッ!」
――ウォオオオオオオッ!
「そうよ、それを早く言わせて欲しかったのよ!」
「……FNAとのチームバトルを申し込ませてもらいたい!」
――ウォオオオオオオオオオオオオオオッ!
――待ってましたぁあああああああッ!
「白金R指定、初登場にも関わらず、バトともに強烈モーレツなインパクトを与えました! そんな彼らがあのFNAに挑むだって? おいキミ、これ貼っといて!」
 実況の森田二義は白金R指定の勢いを伝えながら、いつの間にかインスタントカメラで撮った成年女子のランジェリー姿の写真をスタッフに壁へ貼り付けておくように指示を出す。この団体は盗撮好きが多いのか? リトルボーイといい、幕ノ内【彩】といい、リトルボーイといい……。

「ストッピートッ! 止めるのだ! 今すぐにこんな茶番は止めるのだ!」
 最高潮の盛り上がりに割って入るのは、毎度おなじみバトとものゼネラルプロデューサーこと幕ノ内【豆】であった。
――ブゥウウウウウウウウウウウッ!
 あらかじめ持参していたマイクを片手に、とうとうと語り出す幕ノ内【豆】。
「いきなり現れた新米バトラーが史上最高にして最強のチームFNAに挑戦させて欲しいだと? バカも休み休み言うのだ!」
――ブゥウウウウウウウウウウウッ!
「お前たちが新米バトラーである限り、FNAに挑戦することはこの私が認めん!」
――ブゥウウウウウウウウウウウッ!
「それとも何か? お前たちが新米ではない証拠があるとでも言うのか? 顔に塗った金粉を今すぐここで拭き取るがいい! やってみろ! ほら早く! ……クックックッ、アーハッハッハッ……できるわけも無かろう! ならば、あきらめるのだッ!」
 幕ノ内【豆】は二人がもし顔の金粉を拭えば、その正体がバレると踏んでいた。正体とは言うまでもなく、リトルボーイと表裏子……だと観客たちと同じ考えを抱いていた。その真偽は私には分からない。森田二義とレフェリーのボブと私には、あくまでも……。
――ブゥウウウウウウウウウウウッ!
「……」
「……」
「アーハッハッハッハッハッ! アーハッハッ……」
「ふん、馬鹿オーナーめが……。高笑いしていられるのも今のうちだ……ということで……さらばッ!」
 ボンッ!
 その瞬間、爆発音と共にリングの上に白いスモッグが炊かれ、スモッグが消え去る頃には白金R指定の姿は無かった……。
「……な、何だと言うのだ!」
 その代わりにリング上に一枚の契約書類が落ちていた。
「これは何だ?」
 書類を拾い上げ、それを読んだ幕ノ内【豆】は見る見るうちに顔色が紅潮していく。そして、あたりかまわず怒り立てる。それはまさしく、屈指の顔芸であった。
「どういうことだ! なぜだ! 小高GMがあらかじめ、今週のメイン試合を決めていただと! しかも『FNAが横暴の限りを尽くしており……………………非常に心苦しく思っている! 大統領! 今週のバトともはそのFNAと、もっとも新人の口撃バトラーを戦わせてやってください! 若手にチャンスを! そしてこれは………………役員議会で決議しました………………決定事項です』……だと! ふざけおってぇーッ!」
――ウォオオオオオオオオオオオオオオッ!
「なんとー! 小高GMの意向によって、FNAバーサス白金R指定が正式に決定しました! 今週のメイン試合です! 一旦、コマーシャルでぇーすッ! チャンネルはそのまま!」

 こうして白金R指定が高笑いしてリングに入場してきた理由が明らかになった。始めからGM側との密約が交わされていたのだ。根回し最高、実に日本人らしい談合体質であった。付け加えるとすれば、アメリカ的契約社会のバトともにおいて契約書は何よりも逆らい得ない最高権威であった。だから白金R指定は、煙玉とともに一枚の契約書を叩きつけていったというわけだ。実に憎らしい演出だと思ったのは私だけではないはずだ。その証拠にボブも腕組みダイエットをしながら納得の表情で首肯していた。

 CM明け、幕ノ内【豆】は「あやつらは新人ではない!」と叫んでいたが抗戦空しく、次の試合が押していた為、バトとも警察と呼ばれる屈強な男たち数人がかりに捕まれながら、強制的に退場させられていた。

 そして、楽屋のモニターからその一部始終を見ていたハナさん率いるFNAの面々は、もちろんのこと、平静な気持ちなどで居られるわけが無かったのである。
「これは一体、どうことなのよッ!」
「ヤラれたでござる……まさか別のバトラーに化けて出場してくるとは……奇策でござるな……」
「落ち着きなさい、二人とも!」どこまでガチで演じる気ですか、ハナさん……。
「「ハナさん!」」
 ハナさんは、楽屋の机の上でピョコピョコと飛び跳ねながら、いきり立っている二人をなだめると、
「あれがあいつらのやり方なのだから、ワタシたちFNAとしても、遠慮はナシよ!」
「「はい!」」何……その勇者ヒーロー物のラスト五話への急な結束感みたいな感じ。
 たちまちのうちに、三人は契りを結んで、試合へ向けたコンセントレーションを高めるのであった。そして、幕ノ内【彩】とブハゲの二人が先に楽屋から出て行くと、ハナさんは一人でひたすら考え事をブツブツと口に出していた。
「……ち! それにしてもやってくれるわね、表裏子! あのとき、マコトちゃんの更生に一役買うことをワタシに約束してくれたはずなのに……! それとも何かしら? もしやマコトちゃんが更生した……ない! そんなハズはない! あのボウヤが更生したらたとえこのワタシと言えども、手がつけられなくなってしまうわよ!」
 へ、なんのこっちゃと思わなくもないが、ガチな口調になったことで、ハナさんは観客たちに今からはシリアスモードで行くのでよろしくというメッセージを婉曲的に伝えるのであった。
 これだから口撃バトルエンターテインメントは奥が深いのだ。皮肉じゃないぞ魚肉だぞ、お、おい! 私に食い散らかしたゴミを投げつけるのは止めろ。止めろって……。
 太平洋戦争時代から抜けないダジャレ好きが功を奏して、魑魅魍魎たちからにんにくラーメンチャーシュー抜きなクレームの数々をいただくことになった……。


      ***


「紳士淑女のみなさん、本試合は例によって、ノーDQマッチで行われますので、よろしくお願いしまーす!」珍しく森田二義……マジメか!
――ウォオオオオッ!
 番組MCでもあり、リングアナウンサーでもある森田二義がこれから行われるメイン試合の試合形式をアナウンスする。
「それじゃ、みんなFNAバーサス白金R指定、見てくれるかな?」
――バトともーッ!
「それでは新人バトラーの入場です…………白金R指定!」
――白銀に変わってこの白金がおしおきしちゃうわ!
――パララーパララー♪ プップップッー♪ パララーパララー♪
――ウォオオオオオオッ!
 相変わらずテカテカと神々しいまでに眩しく光る白タイツ姿の男女、金粉で顔面をフェイスペイントされた白金R指定の二人が、堂々のリングインを果たす。成年女子のほうも覚悟が決まった様子で、「どんとこい」という頼もしさを感じさせるものであった。
「続きまして最高にして最強、結成一週目にしてトップイベンター、邪魔するヤツは徹底的に破壊するかオカマする、そんな極悪っぷりをこの試合でも魅せつけてくれるのか、フェデレーション・オブ・ノーズ・エイリアンことFNAの入場だぁーっ!」大げさか!
――ハナ♪ ハナ♪ ハナ♪ ハァーナァーーー♪
――ブゥウウウウウウウウッ!
――ハナ!
――フック!
――ハナ!
――フック!
――ハナ!
――フック!
 FNAのチビデ・ブハゲ、幕ノ内【彩】、そしてハナさんが次々とリングに入場してくる。そしてリングインした直後――、
 バンッバンッ!
 バババンッ!
 ババババババンッ!
 ババババババババンッ!
 野外ステージの夜空に花火が打ち上げられた。
「うるさいなぁもうッ!」
 その間、実況の森田二義が耳を塞いでいた。リング上ではハナさん、チビデ・ブハゲ、幕ノ内【彩】つまりFNAと少年、成年女子つまり白金R指定とがそれぞれ睨み合わせる格好となっていた。ボブが近寄り、五人に耳打ちで試合ルールの確認と、試合への参加意思があるかどうかを確認する。全員の了承が取れるとまもなくレフェリーは、ゴング担当の方を見やって右手人差し指を大げさに指差すジェスチャーを取る。
――カン!
 リングのゴングが鳴る音が会場に鳴り響き、試合開始の狼煙が上げられる。

「ついにヨゴレになったわね」
 ハナさんが成年女子の方に向かって、先制口撃を加える。それを見た他の選手たちはサードロープやらセカンドロープを股がって、リングエプロンの外側に移動する。リング上にはハナさんと成年女子が残り、この二人の戦いから試合が始まった。
「……なにを仰っているのかしら、あなたとは初めてお会いするというのに……?」
「アナタ、よく言うわね。裏表のあるお嬢さん♪」
「ふ、なんとでも言いなさいな。私にはもう恥も外聞もないんだから!」
 女とオカマ……それは世の中でもっとも凄絶で陰惨で残忍で酷たらしい争いが約束される相容れざるべき関係にある。それはまさしく、虎と龍、犬と猿、ハナさんと表裏子、某北国家と某南国家、これらすべては例外無く今後一生和解されることが無いという類いであろう。女とオカマ……悲劇の始まりは中国四千年の歴史を遡らなければ行けないが、どうしても話しが長くなってしまうので紙面の都合上、割愛させてもらう。

バトとも、決戦の地。スカイステージの野外電灯がリングに煌々と照りつけている。
 一メートル三十センチも身長の差があろう二人は、見下ろし見上げながら、お互いを睨み合う。バチバチッと交わされる視線の交差に観客たちも固唾を飲んで展開を見守る。
「はんッ! 鼻の分在して、よくまあ……FNAとか偉そうな口を聞いてるわね! 誰もがあなたの存在を謎としか思ってないわよ!」
「あらー、ごめんあそばせー♪ ワタシのオネエ言葉は人生経験の短いアナタたちにはやはり難易度は高すぎるかしらー♪」
――ブゥウウウウウウウウウッ!
「……」
「返す言葉も無くなったようね。いいわ♪ 特別にワタシが新宿二丁目のショーパブ仕込みの口撃術を見せてあ・げ・る♪ ウッフンッ♪」
――オエエエエエッ!
「アホな観衆たちはお黙り!」
――ブゥウウウウウウウウウッ!
「第一に何のつもりかしら、そのセンスのカケラも感じさせない衣装は? この鼻でファッションチェックをしてあげるわン♪ まず金粉のフェイスペイントに白タイツってのがダメ! モジモジクソをリスペクトしてるのかもしれないけど、あれは黒タイツに黒ブチ眼鏡ってところがお洒落ポイントなのよ♪ あなたのは愚の骨頂ね!」
――ブゥウウウウウウウウウッ!
「次に! なにそこのクソガキの言いなりになってるわけなの、ウッフンッ♪ 母性愛かざして心の奥にあるグチョグチョとした女ならではの、のべつ幕無しに噴き上がる汚い感情をひた隠ししている風にしか見えないわン♪」
――はっ?
――ブゥウウウウウウウウウッ!
「さっきあなた……嫌々ランジェリー姿になったとか言ってたけど、これも女ならではのキッタナイやり方よねン♪ つまり、男心をく・す・ぐ・るっていうヤツ、本当はやりたくてやりたくて仕方なかったに違いないわ。しねばいいのよ♪」
――ブゥウウウウウウウウウッ!
「……」
「さっきから黙ってないで、なんか言い返しなさい♪」
 ハナさんの猛口撃を成年女子はただただ黙々と受け続けていた。
「おもしろくない娘ね、骨のない娘は嫌いよン♪」
――ブゥウウウウウウウウウッ!
「……あなたね。言いたくはなかったんですけど、言います」
 この表現を使ったときの成年女子はたいがいのことは言いのけるので気をつけろ。
「新宿二丁目での評判、悪いみたいです」
「なっ!」
――ウォオオオオオオオオオッ!
――表さまぁあああッ!
「そして、もう一つ残念なお知らせ。あなた……一生結婚できないどころか、一生彼氏できないわ…………だってあなた、鼻ですもの」
「ノォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオズ!」
 一体が絶望の淵で叫び散らすと、その後テクテクとリングエプロンの外に出ていき、ブハゲにタッチしてリングアウトするハナさん。今度、私がなぐさめてやらないとな。
 ハナさんがリングアウトした代わりに、今度はブハゲと幕ノ内【彩】が二人がかりで成年女子に襲いかかった。ノーDQマッチなので二対一になるも反則は取られない。
「おい、表さん! 話を聞くでござるッ!」ブハゲ。
「誰ですか? 表さんって……」成年女子。
「あくまでシラを切るつもりなのね、この性悪女ッ!」幕ノ内【彩】。
「くそ二流スネかじり女プロデューサーに言われる筋合い無し!」そして、成年女子。
――ブゥウウウウウウッ!
 あきらめることなく攻め手の二人は成年女子を圧迫しようと、ジリジリと歩み寄り距離を縮める。そしてリング中央に三人が密集する形となって、リング内の外周部はガラ空き状態となる。
「ふん、こうなったら、私、幕ノ内彩考案のステレオサウンド嫌がらせ口撃よッ!」
 幕ノ内【彩】はブハゲにアイコンタクトを取り、ブハゲがうなずいたのを見計らうとマイクに向かって、ボソボソっと囁き始める。
「二十歳なのにー」
「二十歳なのにーでござる」
「白粉塗ってー」
「白粉塗ってーでござる」
 幕ノ内【彩】が成年女子の耳元で囁くのを追いかけるように、ブハゲも囁き始める。
「来る日も来る日もー」
「来る日も来る日もーでござる」
「周りにいるのはー、ガキと鼻とハゲ~」
「周りにいるのはー、ガキと鼻と……は、ハゲとは酷いでござるッ!」
「バ、バカッ! この私に合わせなさいブハゲッ」
――ブゥウウウウウウッ!
 二人はペースが乱れるもすぐさま体勢を戻し、耳元に小声で耳打ちするという小学生レベルの嫌がらせを続ける。
「保育士目指しー」
「保育士目指しーでござる」
「でも落選ッ」
「でも落選ッでござる」
「いったいいつまで続くー」
「いったいいつまで続くーでござる」
「夢も希望もない日々ー」
「夢も希望もない日々ーでござる」
――ブゥウウウウウウウウウウウウウウッ!
 あまりにも幼稚な耳元囁き作戦に対し、観客のいら立ちはMAXに達していた。
「ほうれッ、どうよ!」
「……表さんが静かになったでござる……ステレオサウンド嫌がらせ作戦……十八番、薬効ありでござる!」
 幕ノ内【彩】とブハゲは成年女子の沈黙ぶりに声を荒らげて喜ぶ。特にブハゲの喜びは大仰なもので、現代医師がタイムスリップして江戸時代で医者となり活躍するジソというドラマに出てくる主人公を手伝う医者が見事、ペニシリンを完成させたときの口ぶりを真似するほどの喜びようであった……。
 耳元に顔を近づけられていた成年女子は我慢の限界に達していたようで、ついに反撃に出た。
「エイッ!」成年女子は両手の人差し指を幕ノ内【彩】に向ける。
「え?」次の瞬間、幕ノ内【彩】の身体が小刻みに震え始める。
「ど、どうなってるのよ、これ……」
 幕ノ内【彩】は全身から尋常じゃない量の汗がしたたり落ちる。
「うふふ。あまりに耳障りだったものですから、あなたの装着してる骨伝導スピーカーから特殊な音波を送らせてもらったの。その影響でしばらく動けないから。御免遊ばせ」
「金縛りってことか? これ貼っといて」森田二義が成年女子の技を一言で実況する。
――ウォオオオオオッ!
「ありがとう誠くん、さすがアマチュア無線オタク」
「誠じゃないってば。ちなみに俺様はリトルボーイでもない、えっヘン」
 ノーDQマッチなので、口撃以外の攻撃方法にも反則は取られない。その証拠にボブはリングサイドの縁側に置かれているパイプ椅子に足を組んでパイポを吸いながら座っている。おお、ボブ、禁煙してるのお前もか!
「しばらくそうやって黙ってなさい!」
「ぐ……!」
「……な~んて甘いことを言うとでも思った? 幕ノ内さん。いや幕ノ内プロデューサーさん」
「な!」
 どうやら成年女子の悪だくみはこんなものでは終わるわけが無かったようで、両手の人差し指を今度はブハゲに向ける。
「お、お、なんでござるか!」そこは、お、お、おさむちゃんでーす……だろうがッ!
 そうするとまた次の瞬間、チビデ・ブハゲの身体が本人の意志とは無関係に一人でに動き始めた。
「うぉ、うぉ、うぉーーーー。止まらないでござるぅーーーーーーーッ!」
「これぞ、秘技・妖怪操りの術。そのまま!」本当にそのままのネーミングだな。
 ブハゲは猛ダッシュで幕ノ内【彩】のところへ至近距離まで近づく。
「いや! いや! 来ないでーーーーーーッ!」
 ピクピクと身体を震わし動けない幕ノ内【彩】の顔面真っ正面に、マイケル・ジャクソソのライブでおなじみの姿勢、物理的に有り得ない位に全身が前かがみになってそのまま静止するブハゲ。
「ここで二人ともの金縛りと操りの術を解除したら?」
「だ、駄目、駄目ですわ。表さん、お願い……こいつをどっかにやってぇー! でないと!」
「チームメイトをこいつ呼ばわりするなんて、なんて非情な女なの」
「あきらめなさい」苦虫を噛み潰したような鼻で、ハナさんはポツリと呟く。
「エイッ!」成年女子は差し伸ばしていた両手を元に戻す。
「あああああああッ!」

 金縛られていた幕ノ内【彩】は悠久にも似た時の流れに身をまかせざるを得なくて、その間中、心の中でLRコマンドを何度も何度もプッシュするも、画面上には無情にも『逃げられない!』というシステムメッセージがポップアップされ続けるばかりであった。

 二人の時は動き始める。金縛りは解けたものの足がつって動けずにいる幕ノ内【彩】の顔面めがけて、無理な姿勢のブハゲは身体を支えきれずにスリップする。
 ブチュッ。中年男性姿の妖怪と、親の七光り輝けし女性プロデューサーは口唇と口唇がぶつかり合い……つまり、そのぅ……なんだ、接吻、今風に言えばキスをしたのだ。それを見て誰もがこう言ったという……「プロデューサーの自業自得だ」と。
――ウォオオオオオオオオッ!
――ブラボーッ
――フォオオオオオオオオオオッ!
――表さんサイコォオオオオッ!

「……な、なんたる屈辱なのッ!」屈辱的なティルジット条約というヤツだな。
 体勢を立て直した幕ノ内【彩】は、ウェットティッシュで何度も何度も口唇を拭きながら、我を忘れて叫びたてる。
「あなたもボーっとしてないで、とっとと口についた赤いものを拭きなさい!」
 ブハゲは幕ノ内【彩】からウェットティッシュが手渡されるも、彼にとって接吻という行為は数年間の人生の中で、初体験だったらしく涙を流しながら喜んでいた。
――うらやましいぞおーッ、ブハゲーッ!
「クックックッ」
 リング外に居た少年は、そのあまりにもシュールな光景に堪え切れず、腹を抱えて爆笑していた。
「やっぱり携帯サイト凄いわー、なんでも載っているんだもの」
「ネットで調べてたの、これ!」
 あからさまに驚く幕ノ内【彩】は悔しさやら技の出元の稚拙さやらが入り混じって、半べそ状態になっていた。
 それにしても、今の世の中、携帯サイトでなんでも調べることができるのだな。試合の組み立て方まで辞書? ネット? なんでも良い、に依存するなんて、どこまでも独創性を排除されうるというわけだ。これはことによっちゃ憂慮すべき事態やも知れんな。
 などと私が物思いに耽っている間に、どこぞの表に似た極悪女が相手をけしかける。
「さあ、かかって来なさいッ!」
 成年女子は右手の人差し指から小指の四本の指をくねくねやりながら手招きするポーズをとって、リング上の二人とリング外のハナさんへ、ダブルに挑発をする。
「くッ! こうしちゃいられないわ♪」
 ハナさんは成年女子の挑発に乗り、リングインする。
 しかし一方、少年は試合に飽きてきたらしく、実況席の森田二義と談笑していた。
「ホントですか?」
「そうなんだよ、下手にごしごし洗わないほうが肌にはいいんだよ。だから僕なんか湯船に15分程度浸かって、ボディソープのたぐいは一切使わないからね」知らねーよ!
「マジっすか。さすがタモさん勉強になります」いやいや、お前いま試合参加中だろ!
「誠くんも一度、試してみたら。ところで最近、髪切ったでしょ?」話題転換、急ッ!
「ええ、二週間前に。バトとも内ではいつも短髪で同じ長さですけどね。ってか、僕は誠じゃないですし、リトルボーイでもない。そこんとこ頼みますよ」頼む位なら来るな!
「手厳しいねぇ、一本取られたか」お前、試合に参加してへんやん。思わず関西弁。
「僕らがそうこうしているうちに、どうやらリング上で一本取る感じですよ」おい!
「ええ、本当だ! ごめんごめん。進行狂っちゃうよね。悪い悪い。ハッハッハッ」
「ハッハッハッ」もうメチャクチャだな……ツッコむ気にならん。
 ハッハッハッ……じゃないだろ、何をやっているのだ、こいつらは。試合そっちのけで自分たちだけでウンチク話に花を咲かせやがって……と思ったら、実況席一帯の観客たち数十人らは森田二義と少年のトークに聞き耳を立てて、注目していたご様子。……む、むぅ、ガンバレよ、リング上の女どもよ。こんな老人と少年の雑談よりも注目度が低いみたいだぞ、おぬしらの試合。などと私がアレコレ嘆いていると、さすがに番組の進行が疎かになり出したことに危機感を抱き始めたのか、森田二義は再び実況を再開。……前言撤回、スタッフのカンペを見てただけ。
「ああーッ、こりゃ混沌としてきたねー。それにしても、プロデューサーさんとハゲのキスシーンは永久保存版だねー。美女と汚獣、この一見交わりそうもない組み合わせがいいんだよねー! それじゃ、一旦コマーシャルでぇーす」

 CM明け。バトとものリングでは引き続きメイン試合が行われていた。FNAバーサス白金R指定。すっかり少年もリングに戻ってきての三対ニのハンディキャップマッチ。ノーDQマッチ、急遽組まれた口撃バトルであったが、やはり多勢に無勢。両耳へずーっと囁き続けるステレオサウンドや、新宿二丁目仕込みのオネエ言葉ラッシュなど、姑息な口撃の繰り返し戦法により、白金R指定はじわじわと追い込まれていった……。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……ふぅ……やはり三人を相手にするのはつらいか、表さん」
「あ、あんた……表さんって言ってしまって……はぁ……はぁ……いるわ……よ……」
 白金R指定の体力が限界に達しかけていたその時――。
――豆を豆に豆るとお金持ち♪ ヘイヨー♪ そんな豆たちノッてるぜー♪
 バトとものゼネラルプロデューサー、幕ノ内【豆】が最後の追い打ちとばかりに、野外ステージの入場口に登場した。試合の様子を確認すると、うなずきながらその模様に「満足しているぞ」と声を出さずに、壁から覗き見るオッサンという設定で壁越しから右手を屈伸させてエイエイオーのポーズを取るという、一連のパントマイムを演じながら、観客やリング上の五人に対して猛烈にアピールをしまくる。そのとき顔は常に「ホ」の表情をしており、やはり幕ノ内【豆】は究極の顔芸の持ち主だと感じさせられる。
――ブゥウウウウウウウウウッ!
 そして、観客たちはご覧のとおり、この大ブーイングである……。

「……あいつ、コロス。絶対にコロス」眉間に皺が寄り、そこだけ白粉が剥がれ、見るも無残な顔になった成年女子がリングの上に居た。
「向こうを見ている余裕などあるのかしらン♪ 表裏子ッ!」
「……私は表裏子など知らんと言うて……おろうがッ……!」
「……ゼェ……ハァ……ハァ……」少年も成年女子同様に息を切らす。
「ふふふっいい気味ね。リトルボーイィーッ。ここで降伏すれば、アガシ・F・節子の写真集のメイキングDVDをあげてもいいわよ……!?」
「……なんて卑怯なの!」お決まりのセリフを言って、台本ポイントを稼ぐ成年女子。
「卑怯で結構、メリケン粉。メリケンと言えば……少年メリケソサックはスベってたわッ! 前作が良かっただけに残念だったわッ!」おっとクドカソの悪口はそれまでだ!
「写真集、欲しいです」少年は草なぎ剛っぽい喋り方をしながら、ドヨーンとしたうつろな目で幕ノ内【彩】のマイクを追っていた。
 幕ノ内【豆】が入場口で野次るなか、成年女子、ハナさん、少年、それに幕ノ内【彩】による心理戦が繰り広げられていた。

 一方のブハゲは、余裕しゃくしゃくといった様子でフェンス越しに座っている最前列席の観客たちをあちらこちらと、からかっていた。
「お前はどこから来たでござるか?」
 観客のうち、年端も行かない少女が「えりあしぃー」と答えると、
「なんて近場でござるかッ!」
 激しく恫喝されたその少女は泣き出し始める。
「おおーヨシヨシでござるッ……そんなつもりは無かったでござるッ」
――ブゥウウウウウウウウウッ!
――性格までチビデブハゲだったとはなーッ!
――シネーーーーーーーーッ!
「なんとでも言うがいいでござるッ! 勝者は誰の目にも明らかでござるッ! そう、このFNAが白金R指定を叩きのめすのでござるッ!」すっかりヒールを演じきるブハゲに対し、似合いすぎと言わざるを得ない。
 そしてブハゲが観客のブーイングに口撃仕返したその時、野外ステージの後方座席のほうが何やらザワつきはじめる。
 ブォオオオオン。
――なんだなんだ?
――ウォオオオオッ!
 すると一台のロケバスらしき中型バスが排気音を響かせながら、入場口に到着する。なぜ入場口に到着するまでその存在が気付かれないで居たのだろうか。それは今日のバトともが野外ステージであるということと関係していた。つまり、ステージ外の直ぐそばが車道になっているので、観客たちも定期的に鳴っている排気音になどイチイチ耳を傾けておらず、バスが近づいてくることにも全然気づかないで居たのだ。バスは入場口のところで一時停止を行い、アイドリングしていた。
「誰だというのだッ!」
 バスの一番近くに居た幕ノ内【豆】とテレビカメラが駆け寄ると、バスの扉が開け放たれた――。
「「「「「なんだってーッ!」」」」」……このパターン多いな。

 バスの中から出てきた人物は、リング上に居た五人と、入場口の幕ノ内【豆】、実況の森田二義、野外ステージにバトともを観戦しに来ていた観衆、私、そしてバトともの全視聴者のすべてが驚くべき人たちだったのである……。

――ウォオオオオッ!
――なんか来たぁーーーーーーーッ!
――FNAをやっつけてくれーッ!
――ヘルプ白金R指定ぃーーーーーーッ!
「ちょっと待ってください! バスの中からは……何ということでしょう! あの三人が出てきたではありませんかッ!」
 ……あの三人って誰だよ、オイッ! 思わずツッコんでしまった……。森田二義の悪ノリ実況とは裏腹に、バスから降り立ったその三人はリング上の五人を大いに驚かせた。
「け、毛東……」少年は元少年タレントを指差す。
「弓愚痴……さん」成年女子は元アイドルグループのリーダーを指差す。
「P、PAIGO、あなたどの面下げてッ……!」女プロデューサーは元総理大臣の孫を指差して、もう片方の手を口に当て「あわわ」という表情になっていた。
 なんと、ここ一ヶ月間の間で敗退していった三人の口撃バトラーたちがロケバスでバトともの試合会場に乱入してきたのである。そして問題は彼らが果たして、どちら側の味方なのかということであり、観衆一同は彼らの一挙手一投足を見守らざるを得なかった。

 三人と幕ノ内【豆】がそれぞれリングインを果たし、リング上にはレフェリーを除き、九人が居るという非常に狭苦しいものとなっていた。そして、騒然としていた会場の空気を変えるべく、一番最初にマイクを持ったのはPAIGOであった。
「どうもー、みなさんお久ぁしぃーーからのーッ?」
――うぃっしゅッ!
「もう一度ッ!」
――うぃっしゅッ!
「もっと強くッ!」
――うぃっしゅッ!
「もしも願いが叶うなら?」
――アイ うぃっしゅ アイ ワァー ア バード!
「どうもアリガトーッ、PAIGOでーすッ」お前はアソジェラ・アキか。
――ウォオオオオオッ!
 大歓声の中、PAIGOは毛東にマイクを手渡す。
「リトルボーイ、お久しぶりです。あの時はワザと負けました。今日はあなたを含めたみんなの期待に答えるために本気を出しましょう。この形態を見せるのは、親以外ではあなたが初めてです」
「やはりそうだったのか! どうりスンナリうまく行き過ぎていると思った」
 リトルボーイが真実を知り、合点が行ったという感じでニンマリと納得の表情。
「うぉおおおッ!」
 次の瞬間、毛東の身体がグングンと膨張していき、アルマーニの背広がパツンパツンに伸びる。そして、「メリメリ」という繊維が引き千切られるような音を立てながら、服がビリビリに引き裂かれる。
「……なんだって!」
 リトルボーイが驚きの声を上げたのも無理は無い。何と言っても目の前には、愛知在住のボディビルダー、ジュラシック木澤みたく洋ゲーっぽいマッチョマンが立っていた。
――ウォオオオオ!
――隠しキャラ来たーッ!
――毛東本気、ガチムチ!
 しかし、成年女子の一言が彼のモチベーションを根こそぎ奪い取る。
「でも、それ口撃バトルには何の関係も無いでしょ」
「……ぐ、ぐ、そ、それは……」言い返す言葉もない毛東であった。
「表さん……! 言い過ぎだから……!」
 目ん玉をひん剥いた顔でマジフォローをする少年。
 そんな光景を爆笑している三人目、バスから降り立った最後の一人、短足短身の更年期真っ只中の五十路手前の女性がマイクを握って久々のパフォーマンスをする。
「わぁーっ、スゴイですねぇー、最近のバトともの展開マジアツいっすねー! いままで観てきたバトともの中で三番目くらいにアツいっす☆」
――ウォオオッ!
「野外ライブということでー☆ モーニングスター娘。時代を思い出しマース! だから、今日は三人ともノーギャラで、バトともに恩返ししに来ましたぁーッ!」
――ウォオオオオオオオオオッ!
「そして怨念も返しに来ちゃったッ! テヘッ☆」
「「誰の怨念!」」
「なのよ!?」
「なんですか!?」弓愚痴に対して、幕ノ内【彩】と成年女子が同時にツッコんでいた。
「それはー、会場人気が芸能界で四番目に薄い私よりー、大人気なぁ~PAIGOさんから発表してもらったほうがー、テヘッ☆ いいと思うんデスよね! ってなわけでPAIGOさん、タッチですッ!」
 などと、言いたいことだけパパっと言い終えると「後はまかせた」と言わんばかりの叩きっぷりでPAIGOにバトンタッチしてリングの外に退避する弓愚痴であった。いきなり交代させられたにも関わらず、意気揚々とリングインするPAIGOはやはり図太かった。再びリングの中央に立って、PAIGOが喋り出す。
「いきなり無茶ぶりされて、マジ焦ってるからのー、全身に感じるこのぅ……超プレッシャー……たまら……うぃっしゅ!」
――うぃっしゅッ!
「これはー非常にー重要なー問題でー、ホントのところー、消費税増税くらいー、みんな交えながらぁー、議論に議論を重ねてー、慎重に慎重を期したいー、話しなんすけどー、時間もないんでー、単刀直入に言うとー、俺たち三人はー、たった今からー……」
 そう言うと、リング上にPAIGO、毛東、弓愚痴の三人が集結して、両手拳をグーの形に握り締めた。そして、ジャイアソツの原監督がやっている拳と拳をタッチしているようでタッチしてないガッツポーズを三人でやりやってから一言――。
「「「白金R指定に加勢しますッ!」」」
――……。
――……。
――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
――そう来なくちゃーーーーーーーーッ!
 いよいよ会場は大歓声に包まれた。

「ホワットッ! なぜだ!」
「ムキーッ♪」
「ヤバいヤバい、ヤバいでござるぞ……!」
「気が散るから、ハゲは黙ってて!」
 FNAの面々はお互いの顔を見合わせながら、今、眼の前で起きている事態の把握に努める。
「ありがとう。ここは素直にそう言いたい」
「私も少年と同じ気持ちだわ」
 一方の白金R指定の元祖メンバーは、新メンバーを手厚く歓迎していた。
 そして、リング上での戦いはコンティニュー――。
「少なくとも私がこども店長だった時は、あなたみたいにハゲてませんでしたね」
「……グッ、三歳でハゲていて何が悪いでござる……グッ」
 頭皮の上に巨大に光る穴を手のひらでしこしこと擦りながら涙を浮かべるチビデ・ブハゲ。乾布摩擦をどれだけしたところで、育毛されるわけではなく、ついには天を仰ぎながら両手を上げる。レフェリーのボブがブハゲのもとに近寄り、試合続行の意思があるからの確認を行う。次の瞬間、ブハゲはメデューサに睨まれたように石こう化して「バシャーン」と音を立てて、木っ端微塵に霧消する。
 チビデ・ブハゲ、御年三歳。ついにバトともの花道を去って行ったのである。
「私より身長が低いタレントって超レアじゃないっスか! ヤバいっすね☆」
「わ、ワタシ、この人の臭い……香水……キンモクセイ……ッダメだわ……うっ」
 気分を悪くしたハナさんは、鼻からほうじ茶のようなガソリンにも似た赤茶色い液体がドボドボと吹き出す。見た目に反して、無臭であったことが何よりも幸いであった。
 ハナさん、私の同期。彼女のスポット参戦はこうして終わりを告げたのだ。
 ブハゲ、ハナさんが、それぞれ追い詰められる中、先週は味方同士だったPAIGOと幕ノ内【彩】の二人も口撃をやり合っていた。
「みなさん強いっすねー、ガチでリスペクト、うぃっしゅ! ってかー、プロデューサーさんはなんで先週、僕のことー解雇したぁー……うぃっしゅ?」
「……それは? どうでも宜しいんじゃありませんか?」呑気者も決して許されない。
――うぃっしゅ?
「僕もー確かにー七光り芸人ッスけどー、じいちゃんが存命の時はー、さすがにー、自重してたんスけどー、そのあたりー、恥ずかしくないッスか……うぃっしゅ?」
「……なぜ、いまこのタイミングでそんなことを言うんですか」ぶりっ子も通じない。
――うぃっしゅ?
 幕ノ内【彩】も前者二人と同様に、白金R指定の新メンバーに追い詰められていた。レフェリーストップがかかる前に自ら、夕焼け空が沈みつつあるのにも関わらず日傘を差しながら、観客たちに手を振りながらリングアウトしていった。しかし握るマイクを決して離そうとはせずに、隙あらば身勝手な自分都合の話しをけしかけるつもりでいたことは容易に想像し得るところだった。
 見るに見兼ねた幕ノ内【豆】は自らの運命も露知らず、口撃へ名乗りをあげる。
「お前たち、何をやっている! ええい、このバトとも創設者の幕ノ内豆太郎がこんなヤツらなど、蹴散らしてくれようッ!」
「ちょっと待ってもらおうか!」
「あなたの相手は、この私たちがしてあげるわ。ケンタウロスα星に変わって、極楽におしおきよ!」……いろんなものが混じりすぎて、もはや原型が分からない。
――ウォオオオオオオオオオオオオオオオッ!
 幕ノ内【豆】はPAIGOたち闖入者一味を撃退しようと試みたが、先に白金R指定の元祖メンバーである成年女子と少年の二人に取り囲まれてしまった。
「ちょっと宜しいでしょうか? 私、新しくできた富山駅のショッピングモールに行ってみたいんですが、どうでしょうか?」
 娘のどうしようもないコメントはスルーし、幕ノ内【豆】は写真集を種に攻め出す。
「そうだ! リトルボーイーッ! 写真集だ、写真集の第二弾を盗ってやろうかッ!」
「……僕はリトルボーイじゃありません。でも写真集は……欲しいです」
 相変わらずアガシのことになると、草なぎ剛っぽく応対する少年に気をよくした幕ノ内【豆】は成年女子にも、就職先を斡旋する。
「よーし、表裏子よ! そなたをバトともの保育部門に推薦してやろう!」
「……表裏子って誰ですか? ってかあんたのガキどものおモりはイヤよ」
――ウォオオオオオオオオオオッ!
 一勝一敗、幕ノ内【豆】の口撃はヤラれた他の三人に比べ、まずまずの出来だった。
「そこって、映画館とかもあるらしくて、彼氏さんと行くにはうってつけって、べっ甲眼鏡でおなじみのワイドショーのレポーター、たしか……そう、タージソさんが言ってました。みなさん、どうでしょう?」
 幕ノ内【彩】の自己満足トークにリング上のバトラーのみならず、観客たちからも絡みづらく思われたから数秒間ほどの沈黙が生まれた。再び白金R指定の応援に流れる。
――行けぇーーーーーッ!
――レッツゴー白金ー!
――レッツゴーR指定!
 野外ステージに居る人たち全員が今まさに一つになろうとしていた。幕ノ内【彩】の暴走から逃れるために……。
「富山と言ったら、将棋だねぇ」
 しかし、バトともの出演者でただ一人、森田二義だけは律儀にも彼女の話しに、ご当地ネタを使いコメントバックをしていたのだった。
「それじゃ、俺様たちがー」
「行かせてもらおうかしらッ!」
――ウォオオオオオオオオオオッ!
「うぉりゃあああああああっ」
「とぉおおおおおおおおおっ」
 手と手を取り合いリングをグルグルと回ると、二人とも左右別々のトップロープ上に駆け登り、右手、左手、両方の手のひらを漆黒の太陽に掲げて、声高らかに謳い始めた。
「あぁーどうか聞いて欲しいぃー! ジュリエットぉー♪」
「どうしたっていうのぅー! ロミオぉー♪」
「バトともって知ってるかいぃー! ジュリエットぉー♪」
「もちろんよぉー!  ロミオぉー♪」
「創始者の名はぁー! ジュリエットぉー♪」
「幕ノ内豆太郎ぅー! ロミオぉー♪」
「彼は素晴らしい人間んー! ジュリエットぉー♪」
「そんなの誰でも知ってるわぁー! ロミオぉー♪」
「でもねぇー彼にはねぇー秘密があるんだぁー! ジュリエットぉー♪」
「まぁなんてこと、早く教えてぇー! ロミオぉー♪」
「彼の背広は肩パット入りぃー! ジュリエットぉー♪」
「まさか嘘の筋肉だったなんてぇー! ロミオぉー♪」
――ウォオオオオオオオオオオッ
「そして実は中卒ぅー! ジュリエットぉー♪」
「学歴なんて関係ないわぁー! ロミオぉー♪」
「でも大卒だって偽っているぅー! ジュリエットぉー♪」
「それは学歴詐称というんじゃないのぅー! ロミオぉー♪」
――ウォオオオオオオオオオオオオオッ
「そして彼はヅラなんだぁー! ジュリエットぉー♪」
「嘘でしょーそんなぁー、それってぇーなんて悲劇なのぉー! ロミオぉー♪」
「しかも、月火水木金と毎日違うヅラァー! ジュリエットぉー♪」
「対策が用意周到過ぎて引いてしまったわぁー! ロミオぉー♪」
――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ
「ああもう僕は生きる資格なんて無いんだぁー! ジュリエットぉー♪」
「ダメだわぁ、そんなことぉ言わないでぇー! ロミオぉー♪」
「じゃあ、どうすればぁー! ジュリエットぉー♪」
「幕ノ内豆太郎に訊いてみましょうぉー! ロミオぉー♪」
 そして素に戻った少年と成年女子は、幕ノ内【豆】にとあることを一つだけ訊いた。
「おい幕ノ内豆太郎、一つだけ訊かせろ!」
「あなたの頭って」
「「ヅラ……カブってんの?」」

 幕ノ内【豆】は悲しい目をして一言だけ語った。

「……それは言わない約束でしょ」

――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
――カン! カン! カン!
 リングのゴングが鳴る音が会場に鳴り響き、今日一番の大歓声とともに、試合は白金R指定が見事勝利を収めた。その後、森田二義が長らくの沈黙を破り、試合勝利をアナウンスする。
「FNAバーサス白金R指定、ロケバス隊の合流によって大方の予想を覆し、なんと白金R指定の大勝利でーす。いやぁー驚いたな、こりゃ。ほんとに」

 そして、あの男がやって来るのである……。

――ピッ! ピッ! ピッ! ピッ!
 二十四時間を国中の保安を目的に駆けまわる人気ドラマのオープニングテーマが、野外ステージに爆音で響きわたる。バトともGMこと小高力太の登場である。
――ウォオオオオオオオオオオオオオオオッ!
 リングインした小高はまず、白金R指定の五人とそれぞれ抱き合う。そしてマイクを持って最初に一言、
「素晴らしい試合だったよ……僕はいま本当に…………………………………感動している!」
――ウォオオオオオオオオオオオオオッ!
 白金R指定への祝辞を贈る。
 そして、次のことを発表して、あっけ無くリングから降りていった。
「今さっき、株主総会で決議があったのだが、その件について発表させてもらう。本日の試合をもって、横暴の数々を働いてきたフェデレーション・オブ・ノーズ・エイリアンを強制的に解散するものとする………………………………以上だ」
――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
 これにて万々歳………………と思いきや、そうは問屋が卸さなかったのである……。


      ***


 番組自体は、小高がリングを降りて入場口へ向かって退場していきつつ、それを白金R指定の五人が見つめるという絵図らが映ったところで、放映自体は終了した。もちろんコピーライトマークの表記は込み込みで。
 だが、バトとも自体は決してまだ終わっていなかった。

 小高が入場口の入り口の向こう側へ立ち去ろうとした瞬間、まるで思い出したかのように少年のほうに振り向き、ある事実を告げる。
「少年……いやリトルボーイ。汗で顔面のフェイスペイントが剥がれているよ」
――……。
――……。
――ウォオオオオオオオオッ!
――リトルボーイッ!
 小高はバックステージへ立ち去ることを止めて、入場口のところで仁王立ちした。
「リトルボーイ、キミは観客へあれやこれを説明する義務があるのじゃないのか?」
「……ふ」
 少年はそう言うと、スタッフから手渡されたタオルで顔のペイントを拭きとって、自らの正体を明かす。
「バレてしまっては仕方がない……………………そうだ、俺様はリトルボーイだッ!」
――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
 顕になったその顔は誰の目にも明らかで、少年はリトルボーイであったのだ。……いやまあ、頭には金箍児を巻いていたし、短髪だし、愛嬌ある猿顔なんてそうそう同じ顔の人が居るとも思えず、私もモチのロン分かっていたのだが、正体不明であるというテイがいま、解かれた。ふぅー……。面倒臭かった。お約束を破らないことも、ヤラせ城東区のバトともを解説するには大切なことだったのだ。みなさんのご理解を感謝します。
「もうっ……しょうがない子ね……」
 相方の成年女子も顔のペイントを拭きとり、自らの正体を明かす。
「ええ、私は表裏子よ! それが何か?」
――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
 リトルボーイの相方、表裏子が自ら名乗り上げると、人一倍大きな歓声が野外ステージを響かせる。トレードマークの三つ編みお下げはタイツに覆われており、いつもの可憐さは型なしだった。しかし、観客たちはそのギャップに沸き立っており、番組終了後にも関わらず、バトともは途轍もない熱気に包まれていた。
――リトルボーイー!
――リコ様ー!

 一部の観客たちは二人が正体を明かしてから、数分以上経ったにも関わらず、叫びたてる、わめき立てる、その興奮は留まることを知らない。
「オーケー! オーケー! オーケー!」
 観客たちをなだめるかのようにリトルボーイはマイクを持って、あの事件の真相を語り始める……。
「みんなが知りたいのは、先週なぜ俺様が写真集のために、自らの高尚な魂を敵に売り払ったのか……そこんところが知りたいのだろう? そうだというヤツはイエスだ!」
――イエスッーーーーーーーーーー!
――ウォオオオオオオオオオオッ!
――なぜ草なぎーーーーーーーーーーー!
「そうよ、みんなの前で先週の事件を釈明すべきよッ」
――リコ様ぁーーーーーーーーッ!
――オレたちはあなたの写真集が欲しいーーーーーーーーッ!
「良いだろう」
 表裏子の誘いに促され、リトルボーイは自らの決意を観客たちに指し示す。
「みんな、オーロラビジョンのほうを見て欲しい」
 すると、オーロラビジョンにアガシ・F・節子の写真集の表紙がデカデカと映しだされる。
――ブウウウウウウウウウッ!
「分かってる! 分かっているんだ! この写真集がアホで……最低で……時たま無性に貪り見たくなるけど……この世にとって害悪で……有害図書指定されるべきもの……つまり、クソだってことはなッ!」
――ウォオオオオオオオオオオッ!
――よく気づいたぁーーーーーーーーーーーッ!
――そうだーーーーーー!
 入場口に仁王立ちしていた小高が大声で語りかける。
「リトルボーイ、じゃあなぜその写真集のためにあんな愚行を犯したんだ! 理由を訊かせてくれ………………………………ここにいる全員に分かるように!」
――ウォオオオオオオオオオオッ!
――小高ァーーーーーーーーッ!
――リトルボーイーーーーーーーーッ!
「さあ……誠くん」表裏子は穏やかな目で見つめながら、次の言葉を促す。
「ああ、分かっている。そう、単純に言えば………………好きだったからなんだ……だから目が眩んでしまった」
――ウォオオオオオオオオオオッ!
「そう……あの時の俺様は………………魔が差した」
――ウォオオオオオオオオオオッ!
――やっぱりなぁーーーーーーーーッ!
「でも俺様は改心したんだッ!」
――はっ!
「あんな一時の気の迷いは放っぽり出したのさ」
――はっ!
「このVTRを見て欲しい」
 次の瞬間、映像で流され始める。リトルボーイの素の姿である誠真と、表裏子がエリア51で送る日常のとあるやりとりだ。
『先週盗ったアガシさんの写真集を廃棄しなさい』
『お安い御用だ』
『即刻、捨てなさい。さもないと私は一切あなたに協力しないわ!』
『分かったぜ! いつでも、捨ててやろうッ! アッハッハッ』
『そうよ、やるのよ、今すぐに捨てるのよ!』
『ビラスチュウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!』
 それは誠真が表裏子に、アガシの写真集の廃棄を迫られる際の隠し撮り映像であったのだが、なぜか誠真のセリフ部分だけ、誠真、つまりリトルボーイにとって都合よく改変されていたのが……。そんなことは露知らない観客たちは……、
――ウォオオオオオオオオオオオオオオッ!
――リトルボーイが反省しているぅーーーーーーーーーーーーッ!
 ……すっかり騙されてしまっていた。私とレフェリーのボブは真実を分かっていた。
「さあ、みんなリトルボーイの反省に………………………………心からの賛辞と拍手を贈ってやって欲しい」
 野外ステージの観客たちは小高に拍手を求められると、それに従い、観客席のあちらこちらから次々に拍手が巻き起こる。会場が大歓声に包まれるなか、表裏子がリトルボーイのもとに近づき彼の頭をそっと撫でる。

「うんうん」

 と一言だけ、その言葉だけを彼にかけて、あとは何も言葉にしない彼女。表裏子から慰めの言葉をかけられたその瞬間、我慢の限界を突破したリトルボーイは、それまで耐えてきた涙腺がに崩壊した……。
――ウォオオオオオオオオオオオオオッ!
――サンキュー、リトルボーイーッ!
――サンキュー、リコ様ーッ!
――リトルボーイーッ!
――オモテーッ!
――パチパチッ!
――パチパチパチパチッ!
――ウォオオオオオオオオオオオオオッ!
 すっかり夜も更けてきて真っ暗になった夜空を見上げて男泣きするリトルボーイを優しいまなざしで見やる観衆からは、鳴り止むことのない声援が贈られ続けた。

 そしていつの間にやら、リング上には本ノベル上のありとあらゆる出演者がみんな集結していた。リング中央のリトルボーイは、集まったメンバーをキョトンとした表情で見つめる。
 その瞬間、会場中のライトアップが全て消灯し、スポットライトがリトルボーイだけを照らしつける。
――ウォオオオオオオオオオオオッ!
 そしてみんなが一様に「パチパチ」と手を叩きながら、リトルボーイに「言葉」をプレゼントし始める。
 ――表裏子が、
「おめでとう!」
 ――チビデ・ブハゲが、
「おめでとうでござる!」
 ――ハナさんが、
「おめでとうネ♪」
 ――毛東純次郎が、
「おめでとう!」
 ――弓愚痴マリが、
「おめでトッ☆」
 ――PAIGOが、
「おめでッうぃっしゅ!」
 ――小高力太が、
「おめでとう……!」
 ――幕ノ内彩が、
「おめでとう!」
 ――幕ノ内豆太郎が、
「おめでとうだ!」
 ――戸脇が、
「おめでとう……誠くん!」
 ――A子が、
「おめでとう、大好きだリトルボーイ、いや誠真!」
 ――アガシ・F・節子が、
「おめでとう……でもA子のことはゼッタイ譲らないんだから!」
 ――そして、森田二義が、
「それじゃ、一旦おめでとうでーす」
 リトルボーイはにっこり微笑み返し、
「ありがとう……!」を言う。
――おめでとうッ!
 エリア51に、ありがとう。
――おめでとうッ!
 バトっていいともに、さようなら。
――おめでとうッ!
 そして、全ての読者達に……おめでとう。
 ……って、なんでこんな展開になっておるのだ。私にはまったく理解ができないぞ。だが、ここは空気を読んで言っておくべきか………………。

 ……リトルボーイよ……おめでとう!

 …………。
 ………………。
「さあ、帰るかー」
「そうねー早く帰りましょ……って誠くん宿題まだでしょ?」
「え……バレてしまっては仕方がない」
「……て! 誠くん逃げるなーッ!」
「へへーん! 逃げるが勝ちはこの世の摂理なのだ!」
「帰りマスかー……うぃっしゅ!」
「ウフンッ楽しい夜を過ごしましょ♪」
「今日もアツかったでござるなー」
「皆の者、今日は私、幕ノ内豆太郎のおごりでパーッとやろうではないか!」
「ヒャッホーッ芸能界で二番目においしい料理、テヘッ☆」
「誠真ーッ、明日学校で会ったら許さないんだから!」
「それくらいにしてやれ、アガシよ」
「A子がそう言うのなら……」
 リング上の人たち、野外ステージの観客たちが一斉に散り散りに解散し始めた……。

 って、私こと、お染の発言は全員……無視かーーーーーーーッ!
 なぜにじゃーーーーーーーーーーッ!
 もう一度いうが、なぜにじゃーーーーーーーーーーッ!

『エピローグ 小説「バトっていいとも!」を巡る所感集』へと続く…

#バトっていいとも

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