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かっこにっぽんじん ②(読書記録)備忘録

一度、日本人を( )に入れてみる。

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これは個人の備忘録として、読んだ内容をノートに写したりまとめたり個人的に調べたりしたものの記録です。

まとめ(5)

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分からない言葉などをネットで調べていて、川出良枝さんのこの文に目が止まって、なんとなくノートに書き込んだのだけれど、改めて読み返すと危機感を再認識させられる。

脱国家傾向の構造変化は、ただでさえ民主主義を支える精神的、制度的基盤の脆弱な日本にとっては、いわば泣き面に蜂のような打撃を与えかねないものである。
「民主」と「自由」 --二つの原理の再編集より


政党と支持基盤

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グローバリズム(地球主義)

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古代ギリシアのデモクラシー

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ユダヤ人が発明した絶対神

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イスラエルの歴史:年表

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近代というイノベーション

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 グローバル化は世界を均一な市場とみる徹底した「市場原理主義」によって推進される。先月号の主張「『食料危機』―日本の農家・農村に求められること」では、庶民が暮らしのなかで築いてきたモノサシを奪うことに「市場原理主義」の本質があり、奪うことによって「市場原理」は世界を貫徹する、と述べた。世界を覆う市場原理のもと、人口―食料―資源・エネルギー―環境という人類史的な課題が相互に結びついていっそう解決不能な様相をみせている。

 この難問が人間の生存そのものを脅かし、世界の矛盾の集中点としてたち現れている地域がアフリカである。極度の貧困と飢餓、森林伐採と水問題、HIV(エイズ)・結核・マラリア等の保健問題、それに教育問題など、事態は深刻である。日本が海外から金で食料を買い漁ることで、苦しむのもアフリカの民衆である。このアフリカを市場原理、世界市場化の最後のフロンティアとみるグローバリゼーションとは反対に、「暮らしのモノサシ」で考えてみたい。

「暮らし」を最もよく表現しているのは「食」である。食は地域の自然と人間の関わりを映し出すとともに、侵略、戦争、経済、宗教などに大きく影響され、さらに現代ではグローバリゼーションの波にさらされ続けている。農文協刊行の『世界の食文化』(今年秋の「フランス」をもって全20巻が完結する)は、食を通して世界の地域の歴史と今を描こうとする全集だが、このなかの「アフリカ」(小川了著・第11巻巻)の食、とくにコメに焦点を当てながら、アフリカに象徴される人類史的な課題を考えてみたい。人類史的な課題を解決する根本的な視座は食と農の文化(地域ごとの暮らしのモノサシ)の再評価にある。
セネガルでは、宗主国の都合で農業が植民地型単作農業に変えられ、そしてまた、安い労働力を都市部で大量に確保するために安くて、共働きができる簡便な食料として米食が広められた。都市への人口集中のなかで、異常なスピードで進む農と食、都市と農村の乖離。都市の食を農の文化が支え、農村の農業を都市の食文化が支えるという、国内で相互に働きかけ合う関係がつくられないままに、今また、グローバル化の波に洗われているのである。
 植民地化とグローバル化が相乗的に「途上国」の都市と農村を的・破局的な関係に変えている。
日本の農家の経験に従えば、新しい資材や技術の導入に当たって重要なことは、自然・人間・社会の三つの視点から資材や技術を検証し、この三つの有機的連関性のなかで判断することである。
自然視点」は作物や地域の自然を生かし、自然を破壊しないことである。農家の創意工夫の源である自給を壊すもの、健康を損なうもの、労働の充足感をそぐものは、「人間視点」からみて失格である。まして高い資材を必要とし、身の丈に合わない、自前でメンテナンスもできない技術は「社会視点」からみれば経済的な収奪を強めるものである。

 自然・人間・社会のよい循環を地域において創り出す。先進国の援助も、市場原理主義によるモノカルチャー的、工業的農業を促進するものであってはならない。世界の家族農業を守ることが、農と食が結びついた地域を創造する要である。
 自然・人間・社会という3つのモノサシ、そして農と食が結びついた暮らしのモノサシにもとづく世界の地域の農業の創造が人類を救う。
 我々自身もまた、暮らしのモノサシを取り戻さなければならない。



このラジオを聞いていたら三角貿易がよりリアルに感じることができた。


日本人を( )に入れて見えてくるもの

人として日本人として何ができるだろう。
どれを選ぼうとも、それはその人が信じている生きるため選択であって、そこはみんな同じ。
生きるために選んでいる。
ただとっている行動が違うだけ。

分断の流れに流されて攻撃したり排除するのではなくて、互いに助け合って乗り越えよう…そんなお話だった。
(28分30秒あたりから真面目な話が出てきます)

距離があればあるほど不信感は募る。
まずは手を取り合って、それから言葉を交わすのはどうだろうか。

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すべて同じである必要はない。
それぞれが「たったひとつ」の同じを見つけることができたら何かが変わると信じたい。

ならば自分よ、何をするのか?
何を実践していくのか。



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