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立ち姿は自分の心の表れである

自分に気づくこと

武道を習う前までは
猫背で下を向いて歩きがちだった。
稽古では視線が下がっていることを
よく注意された。

向かい合う相手の背後まで
自分の手元に集中せずに
一つの場所に気をとられずに
全体を見るようにと。
目線を下げるのをやめて
少しずつ姿勢も良くなってきた。

すると腹が据わるようになり
おどおどした気持ちがいつの間にか
遠い存在になっていることに気がついた。
気持ちが落ち着き
ただそこに居るということが
できるようになっていった。

力んで前のめりにならないこと
力を抜いてゆったりと立つこと
武道の話ではあるけれど
ものごとの向き合い方としては
日常生活でも同じことが
言えるのではないだろうか?


人にかける言葉

わたしは、同じ意見でなくても
「いいね!いいね!」と
面白がって言っている。
意見を聞かれても
逆に質問で返してしまったりする。

あるとき息子に
「お母さんの意見が聞きたくて聞いてるのに!」
と言われた。
そんなときに思うのは
「わたしの意見は必要なのかな?」
ということだ。

意見することよりも
相手に興味を持って話を聞きたいし
誠実に問いかけたい。
そこから自分で何かに気づいて
歩いていけると思うから。
そのとき答えが見つからなくても
ある日突然「ぽんっ!」と
浮かんでくることがあるから。


意見や否定をしてくる人はたくさんいるけれど
自分が進むことに躊躇しているときは
面白がって「おぉ、いいじゃん!」と言われたい。


何かを始めるときや決める前には、批判的な意見を持つ心の中のもう一人の自分との葛藤があるのではないだろうか。


そんな生まれたての子鹿マインドのときに
つついて倒してしまったら、
なかなか立ち上がることが
できなくなってしまうと思うからだ。

死に直結してしまわないことなら
やってみてからまた考えればいい。
だって、いくら考えていたって
やってみなきゃわからないのだから。
うまくいかないことからアイディアが生まれ、
そこから学ぶことの方が多いのだから。
いくらまわりから失敗だと言われようとも
失敗とするのか
過程の一部にするかは自分で選べる。

楽観的なわたしの「いいね!いいね!」も
視線を前に向けている人にしか言えないなと、
書きながら思った。
自分の足元や
歩いてきた道を振り返っている人には
かける言葉が見つからない。
苦しさだけは痛いほどわかるのだけど
その人自身が目線を上げれるようになるまで
遠くから見ていることしかわたしにはできない。

それでも、目線を上げれるときがきたら
「いいね!」と笑顔で言いたい。


今日もあなたが心の安らぎと幸福感に気づけますように♪



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