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 この夏何匹の虫を殺してしまったかわからない。
夜蝋燭を付けておくと、特に雨降りの後の羽蟻などは自らそこに寄ってきて、一生懸命に蝋燭を登り最後には火に焼かれ死ぬ。中には麓のドロドロの蝋に溺れて死にゆくものもある。哀れなものである。
 通常開けている窓を閉めるとき、サッシの隙間に隠れているかめ虫などがグシャリと砕ける事がある。いやな手応えと、その後に漂ってくるいやな彼の臭いがいっそう不快で、哀れなものである。小さな緑の種類でなくて、親指程の茶色である。僕はせっせとその隙間から死体を跳ね除けなければひどい臭いが続くので、そうして何匹やったかわからない。
 どんなチンケな事象にも人は寓話を添えたがる。蝋燭を登る羽蟻は、窓に隠れるかめ虫は余程僕にはぐっと来る。一方でこれを面白く眺める僕もあり、火をつけてそれにたかる虫を僕は払い除けたりしない。むしろその風景をじっくり観ているものである。窓を開閉するときにわざわざ慎重にやる事もない。些細な生活動作の一挙に死ぬ虫など気にかけない。僕の靴の裏側に一体何匹の虫けらの体液が付着してるか知らない。

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