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韋提希(いだいけ)の願い

前回、以下の記事で仏教経典ではお釈迦様以外の人物の言動と結果をまとめてメッセージとしていることがあるという話をしました。今回は観無量寿経のうち、前回の続きの部分を上記のメッセージの形式を念頭に置いて見ていきたいと思います。幽閉された韋提希(いだいけ)はどうなってしまうのでしょうか。あらすじを見ていきましょう。

幽閉された韋提希

命の危機は免れたものの、息子である阿闍世(あじゃせ)王子に幽閉されてしまった韋提希は悲しみ、憔悴しきっていました。韋提希はお釈迦様が滞在されていた耆闍崛山(ぎしゃくっせん)に向かって礼拝し、助けを求めました。

「私は今大変心を痛めております。かつてそうしていただいたように、お弟子方を私の下に送っていただけないでしょうか。尊き師自ら来ていただくことは恐れ多いですので」

そう言うと、韋提希は雨のように涙を流し頭を垂れたのでした。
その声を聞いたお釈迦様は弟子の目連(もくれん)、阿難(あなん)と共に韋提希の前に姿を現しました。
仏の姿を目にした韋提希は床に身を投げ、号泣して言いました。

「私に何の罪があってあのような悪しき子を産んだのでしょうか。また、尊き師は(阿闍世を唆した)人物となぜ関係がおありなのでしょうか」
「また尊き師よ、苦しみや悩みのない清らかな世界についてお説きください。私はそのような世界に生まれたいのです。このような濁りの多い汚れた世界はもう見たくも、聞きたくもないのです」

それを聞いたお釈迦様は光を放ち、無数の美しい仏の世界を韋提希に見せました。そのようなさまざまな仏の世界を見た韋提希は問いました。

「お見せいただいたさまざまな仏の世界は、どれも清らかで光に満ちていました。しかしその中でも、私は極楽世界の阿弥陀仏の下に生まれたいと願うのです。どうかお教えください」

お釈迦さまは微笑され、光を放たれました。その光は頻婆娑羅(びんばしゃら)王を照らしました。幽閉されてはいましたが、心の目ではっきりと仏の姿を捉えた頻婆娑羅は深く礼拝しました。すると自然と阿那含(あなごん)という悟りの位に達したのでした。そのとき、お釈迦さまは韋提希に語られました。

「知っているだろうか。阿弥陀仏の世界はここからそう遠くはないのだ。集中して、その世界を一心に思い描きなさい。それによって清らかな行いができるようになる。今、あなたのためにさまざまな譬喩を説こう。そして清らかな行いを修めたいと願う未来の者たちが極楽世界に生まれることができるようにしよう」

利他

まず、ここでお釈迦様以外の人物にあたるのは王妃韋提希です。韋提希の言動として以下が挙げられます。

  1. 礼拝して弟子を遣わしてもらえるようにお釈迦さまに願った

  2. 自分の苦悩を吐き出した

  3. 清らかな世界を見たい(濁った世界を見たくない)と願った

  4. 仏の世界のうち、阿弥陀仏の極楽浄土に最も惹かれ、往生したいと願い、その方法を問うた

その結果は以下のようなものでした。

  1. お釈迦さまは韋提希に無数の仏の世界を見せた(3.に応えて)

  2. お釈迦さまは微笑し、光を放った(4.に応えて)

  3. 放たれた光によって頻婆娑羅の悟りの段階が進んだ(4.に応えて)

  4. お釈迦さまは韋提希と未来の生類のために説法することを宣言した(4.に応えて)

ここで私が注目したいのは韋提希の言動(4.)とその結果です。阿弥陀仏の世界に生まれたいと願い、その方法を質問した結果、韋提希ではなく、まずは頻婆娑羅の悟りの段階が進んだのです。また、お釈迦様が本題である極楽世界への往生について説き始めた際、韋提希だけではなく「未来の者たち」の往生についても言及しているのです。

たとえ自分自身のためであったとしても、阿弥陀仏と極楽世界への往生、あるいは他の仏とその世界への往生、あるいは悟りへの道について問うことは、自分だけではなく、現在の他者、そして未来の多くの他者のためにもなるのだということが、一連の韋提希の言動と結果でメッセージが示されているのではないかと考えます。

「是旃陀羅(ぜせんだら)」の部分で示されているメッセージとは対照的に、韋提希の願いは無数の生類の苦悩からの解放につながる、自利利他円満の素晴らしい行動として示されています。

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