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やさしく奏でる人生讃歌(『シーモアさんと、大人のための人生入門』)

今回はドキュメンタリー映画『シーモアさんと、大人のための人生入門』について書きます。以下の味のあるジャケットの絵に惹かれて何となく見た映画でしたが、そこでピアノ教師・シーモアさんの優しい語りとものすごく美しく響くピアノ、そしてシーモアさんの考え方に心を奪われて何回も見てしまいました。

概要は以下です。

80代のピアノ教師、シーモア・バーンスタインに魅了されたイーサン・ホークが監督を務めたドキュメンタリー。50歳でピアニストとしての活動に終止符を打ち、以後の人生を「教える」ことに捧げてきたシーモアが、ピアノの調べと共に人生を語る。(「キネマ旬報社」データベースより)

予告編は以下からご覧になれます。

私は音楽に詳しくないのですが、シーモアさんにとっての音楽を。私にとって一番身近な芸術である本に置き換えると気づきが多くありました。

1.音楽が人に与えてくれるもの

シーモアさんやその友人である作家 A・ハーヴィさんの印象的な言葉を引用します。

・シーモア: 「音楽という芸術は完全に予測可能」(そのため)「音楽に取り組むと秩序という安心感を得られる」
・ハーヴィ: 「人々が意図的に外に目を向けさせられている。なぜなら大衆を消費や成功の奴隷に出来れば思うままに操れるから」
「だから音楽が社会に果たす役割は大きい。音楽という芸術には最も神聖な力があるから。音楽は我々に気づかせてくれる。心の奥にある愛情や思いやり、そして本当の自分の姿を。音楽は純粋な歓喜 エクスタシー をもたらしてくれる。その喜びを経験すると、金や成功と言った代替品では満足できなくなる。」
・シーモア: 「誰もがみんな答えを探している。人生に幸せをもたらすゆるぎないなにかを。聖書に書いてある救いの神は我々の中にいる。」
「みんな 神に救いを求めようとするが、救いは我々の中にあると私は固く信じている。」

・・・これらの箇所が本当に心に残ったのは、私が救いをよく本に求めるからです。もちろん音楽からも力を得ることがあります。それについて現実から逃げることなのかなと罪悪感を覚えたりしたのですが、シーモアさんの話す様に秩序を保つ方法と考えたらいいなあと思ったのでした。またひどく落ち込んだ時は、人に話したりする前に本を読んで自分を整えると現実にうまく立ち向かえたりすることの理由もわかった気がしました。

2.技の価値

元教え子のコンサートピアニスト達と話題に出たのが、人々が「成功するのは才能のあるものだけ」と思っている事でした。「さらっと弾けてすごいですね」と言われたりするらしいのですが、「そんなに甘くない、何千時間も練習したから演奏出来るんだ」と話す教え子にシーモアさんは深く頷いていました。
そして映画の最初にシーモアさんがピアノの弾きかたを微調整する場面があったのですが、これは自ら技の磨き方を教えてくれていたのだと分かりました。恥ずかしながら、才能があり何十年も弾いているシーモアさんは「さらっとうまく弾けそう」と私も思い込んでいました。

3.芸術と人生

映画に出てくる人生やキャリアに悩むイーサン・ホークさんとのシーンも象徴的でした。

イーサン:「時々思うんだ。僕が求めるのは人生を美しく演じることだと。だが方法を知らない。」
シーモア:「演技を通じてできない?」
イーサン:「どうかな。演技を通じてやりたいが・・」
シーモア:「できないと思う?」
イーサン:「・・・・・できるよね、できる。」

この時のイーサンさんのはっと気づいたような表情や言い方が印象的でした。彼にとっては一番大切な芸術が演技なのかなと思いました。

4.シーモアさんの書かれた本『心で弾くピアノ―音楽による自己発見』

彼の考えを更に知りたくなって、1999年に翻訳されたシーモアさんの著書『心で弾くピアノ―音楽による自己発見』も読んでみました。映画の公開が2015年なので大分昔に書かれた本ですが、シーモアさんの大事にしている事は変わっていないように思えました。

この本の中では「才能」や練習の目的について書かれています。生徒へのレッスンを通して自分の才能と自身を互いに高め合う様な仕方で結びつける事が、音楽を勉強する本当の目的であると発見したと仰っています。
音楽は思考と感情が一体化されたものなので、練習するものに常に理性と感情の調整が求められ、調和のとれた人格形成を促すということも書かれていました。(映画でも練習がうまくいった時に他のこともうまくいく様に感じられるとも話されていました。)

そして「才能」を人と比べることの無益さにも触れられていて、「天才になれなくても」(そして多分プロになる何如に関わらず)自分の独自の才能を伸ばす意味、音楽を極める権利は誰にでもあると書かれています。

本の最後にはアマチュア音楽家が本業の忙しい時間をぬって練習に勤しむ理由は、その人達に音楽が根源的な影響力を及ぼしているからであることも説明されます。また、趣味としていた音楽をやめたことで、生活自体に悪影響があった事例も紹介されていました。
・・・これも「演奏」ではなく「書く」ことに置き換えて、自分を重ねてしまいました。なぜなら私はブログを書いては止めるを繰り返しているのですが、一番の理由が「下手な文章だから」でした。でも書くこと自体はとても楽しく、自分の頭を整理出来る効果がありますし、シーモアさんが仰る様に自己統合も進むかも!と勇気付けられ、これからも続けていこうと思えました。

シーモアさんにも様々悩んだこと(お父様との確執、戦争体験、商業主義への違和感など)があったようです。ただそれを自分なりの方法で対処し、音楽と真摯に向き合うことで幸せ、普遍的真理、暖かさ、人間愛を感じられる人になったのだと感じました。
映画の中で、あなたも望めば自分で形成し手に入れられますよ、そしてそういう人生は楽しいですよ、とシーモアさんが優しくお茶目に伝えてくれているような気がして、落ち込んだ時に思い出したり演奏を聴いたりすると、とても心が温かくなるのでした。
Spotifyでもシーモアさんの演奏が聴けます。

2016年に出版された”Play Life More Beautifully: Conversations with Seymour” Andrew Harvey (著), Seymour Bernstein (著)もとても素晴らしかったです。翻訳は『人生をより美しく: シーモアさんとの対話 音楽、家族、友情、そして創造』シーモア バーンスタイン (著), アンドリュー ハーヴェイ (著), 小野山 弘子 (翻訳)として出されています。また別の記事でご紹介出来たらと思っています。