見出し画像

今ここにある幸せに気づく- ’Waitress the Musical’

今日はコロナ禍前の2019年にイギリスで見た’Waitress the Musical’について書きます。当時もとても感動し、今でも折に触れて私を励ましてくれるこの作品の魅力を考えてみました。
※この記事にはネタバレが含まれます。また、英語部分は大まかに理解しているため勘違いなどあるかもしれません。この先読まれる方はご了承お願いします。

1.概要

このミュージカルの基になっているのは2007年に制作された映画’Waitress’で、邦題は「ウェイトレス おいしい人生のつくりかた」となっています。ストーリーは以下です。

ジェナは片田舎の小さなカフェで働くウェイトレス。素敵な出逢いに心がときめいたり、辛い現実に心が乱れたときに、自分の気持ちを込めたオリジナル・レシピでパイを焼き、食べる人を優しく温かな気持ちにさせる才能を持っている。ところが、嫉妬深い夫アールのせいで、人生失敗続き。家とカフェを往復するだけの人生を送っていた。密かに家出計画を進行させていたある日、予想外の妊娠が判明する。絶望と困惑に駆られるジェナの前に現れたのは、産婦人科医のポマター先生。挨拶がわりにと持参したマシュマロパイが、ふたりの心を急接近させてしまい……。

・・・ウェイトレスとして働く主人公の人生ドラマ。ラブストーリー。単純に要約するとそう言えるかもしれませんが、何故か主人公ジェナやその友達に共感して、話の展開に一喜一憂してしまいます。
ミュージカルの曲やメロディーからよりこの作品の魅力が伝わってくるような気がするため、特にお気に入りの以下3曲を基にその理由を考えてみました。

好きな曲① ‘The Negative’

一番聴いているのはこの曲です。これは主人公ジェナと同じ職場のウェイトレス仲間のベッキーとドーンが歌っているのですが、状況としてはベッキーがジェナに妊娠検査薬を渡して、3人で「陰性でありますように!(妊娠していませんように!)」と唱える歌です。

・・・これは不謹慎な歌詞ともとられるかもしれませんが、この作品の脚本を書いたエイドリアン・シェリーさんの意図は、自分が妊娠をした時に感じた子どもを持つことで自分の人生が変わることへの恐怖を表現することだったようです。女性にとってその変化は大きいにも関わらず、その恐怖を語られていない、と彼女は当時感じていたということでした。(※出典は最下部をご参照下さい。)シェリーさんは子ども(娘さん)が素晴らしい変化をくれたこと、この映画は娘さんへのラブレターだとも語っています。

さて、この曲の3人の掛け合いが面白いのですが、互いの性格や関係性も分かってとても面白いです。しっかりもののベッキーと少しとぼけたところのあるドーン。でも二人ともすごく優しくて、ジェナを気遣っているのが分かります。

二人はジェナが旦那さんと上手く行っていないこと、それなのにつわりのような症状に苦しんでいることを知っています。そこで検査薬で妊娠しているか調べるように促しながら’We’ll be right here with you’というのでした。この言葉通り2人は物語中ずっとジェナの傍にいます。ジェナが他の二人を助ける場面もあり、この3人はお互いを支え合っているんだなと感じます。時に諭したり黙認したりと良い距離感なのですが互いの味方であることは変わらず、同じような関係性の貴重な友達を思い出して温かい気持ちになるのでした。

ベッキーの最初の言葉といい、ジェナの最後の舌打ちが聞こえてきそうな言葉といい、歌詞にパンチがきいているので、「好きな歌だけど人前で歌えんわー」といつも愉快な気持ちになります。歌詞はこちらで見れます。

好きな曲② ‘What baking can do’

検査薬で陽性と表示され、自分が妊娠したことを知ったジェナがパイを作りながら歌うのがこの曲です。この曲からはジェナの自尊心や母親への想い、そして現実への葛藤を感じ、その生々しさに胸がギュッとなるのでした。そして、こういう色々な感情が混じった状況ってよくあるなあと共感するのです。

悲しさも楽しさもそれがほぼ100%を占める時もあれば、悲しくて頑張りたいと思う気持ちもあるけれど前向きに行動するまで至らない・・といったごちゃごちゃした状況も良くあります。すぐに切り替えられるのが理想だったのですが、理想が完璧に叶うことはないんだなあ・・と私がしみじみ感じたのは20代後半でした。ただそれからは完璧でない自分を責めることが少なくなった気がしています。

曲の後半でジェナがパイを作りながら反骨精神というか、現実へ対処する気持ちが高まっているのを感じて、ジェナ、頑張れ!とつい応援したくなります。パイ作りは彼女の救いであり、救いの中で強さを得ているのかなと。歌詞はこちらです。

この曲に関しては、メロディーと感情の表現について以下のANALYSIS of "What Baking Can Do" (Waitress)という動画の解説が面白かったです。(英語なのと音楽に詳しくないのでざっくりと理解しています。)

好きな曲③ ‘I love you like a table’

この曲は最初「・・・変なうたー」と思っていたのですが、何回も聴いているうちに大好きになりました。場面としては、オギーというドーンと結婚する人が、二人の結婚式で歌う曲です。

歌詞はまずは花嫁であるドーンの美しさへの賛美から始まるのですが、「君の愛が平凡な僕を詩人にする。」「何て言えばいいか分からないけど・・・」と続いて、サビで‘I love you like a table’と来るのです。

私はそこでガクッとなり、「えっ、『テーブルみたいに愛してる』っって意味!?あの、ふつうの、テーブル!?」と思わず慣用句や比喩がないか調べてましたが、見当たりませんでした・・。

続く「僕が木で 君はボンド」みたいな歌詞に「・・・センスない!」と思って苦笑いしてしまったのですが、何回も聴くうちにこのロマンチックのかけらもないけれどものすごく正直なオギーの言葉に妙に感動するようになってしまいました。一生懸命自分の気持ちを伝えようとしていて、例えは微妙すぎるもののドーンが好きで大事にしたいと思っているのが何故かひしひしと感じて、格好よく作られた誰かの言葉を借りずとも自分の思ったことを伝えれば、想いは伝わるのかなあと思ったりしました。

以下からリハーサルのようなものが見られるのですが、よりニュアンスが伝わってきます。

歌詞はこちらです。

④その他好きな曲

他にも素敵な曲が多くてご紹介しきれないのですが、’Opening up’は朝聴くと気分がすごく上がります。
また、ジェナとドクターの関係の変化を’It Only Takes a Taste’‘Bad Idea’→'Bad Idea (Reprise)' →‘You matter to me’ と順に聴きながら感じるのも楽しいです。ほのかな好意から情熱的な恋、そして深い愛に変わる様子がすごく伝わってきます。

Waitressの曲を無性に聞きたくなるのは、自分に何か不足していると悲しくなった時です。そして聴いているうちに励まされるのは、ジェナを含め皆が完璧ではないけれど、それを正直に表現しているからかなと思います。

理想通りの自分じゃなくても、人生が思い通りにならなくても、日々働いて生活を続けなければいけません。それが不意に苦しく感じた時に、登場人物たちの曲から完璧じゃなくてもいいんだ、とじんわり励まされます。そして、悲しさで見えなくなっていた人生の小さな幸せ、例えば、そういえばあの時友達が心配して優しく声かけてくれたなーなどを、ふいに思い出すのでした。

私は Original Broadway CastによるアルバムをSpotifyから聴いているのですが、他の配信サービスでも聴けると思います。ご興味あれば是非!

以下は2019年当時の劇場の写真です。

画像1

画像2

画像3

画像4


※出典
‘The Incomparable Adrienne Shelly’ , Official programme of Waitress, Adelphi Theatre

”I was really scared about having a baby. “ she [Adrienne Shelly] admitted shortly before the film’s release.
”I couldn’t imagine what my life was gonna be like…I was terrified! The fear of how your life is going to change -which is large in a lot of women- is not spoken about. It's sacrilege – you’re not allowed to fear it. So I wanted to make a movie about those fears and to give fears a voice”