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懐かしの昭和のオムレツを巡る!其の壱「昭和のオムレツはひき肉&ソース味だった」の巻

最近、親戚の女子中学生の影響で、隙間時間にスマホでTikTokをよく見ている。情報過多な今、倍速で、時短で、サクッと、たくさん、観たい知りたい、なんていうカルチャーには乗っからないもんね、なんて思っていたのに、TikTokの料理動画なんかを人差し指で縦にスクロールしながら何度も見まくっている。

その中で「昭和のオムレツ」という名のTikTok動画がたまたま出てきた。このタイトルだけでピンときたわたしは、あぁ、あれでしよう、きっとそうだよね、あれだよね、という期待を込めて食い入るように観る。そう、それは間違いなく、わたしが子どもの頃、食べていた「あれ」なのだった!

動画は、炒めたひき肉に刻んだ野菜を加え、薄焼き卵で包んでトマトケチャップをかけていた。子ども時代のわたしがいちばん好きだったやつ。ただし、うちの場合は、ひき肉とみじん切りにした玉ねぎのみを炒めて薄焼き卵で巻き、ケチャップではなくソースをかけて食べていたけれど。

「平成生まれの知らない昭和の食べ物」というテロップがTikTokには出ていて目からウロコだった。

TikTok ヨッティ食堂より 
TikTokで「昭和のオムレツ」と検索すると色々出てくる


そうか、たしかにこれ、今、レストランで出てくる「オムレツ」じゃないよね。

わたしの中で、かつてオムレツと言えば、この「昭和のオムレツ」だった。そういえば、子どものころ、夏休みの家族旅行で泊まったホテルで出てきたオムレツが具なしの卵を焼いただけの半月状のもので、カルチャーショックを受けたことを覚えている。具のないプレーンオムレツは、当時のわたしにとっては、オムレツにあらず。あんこの入っていない鯛焼きくらいの衝撃だった。

そんな話を母にしたら、「そういえばそんな料理、作っていたわね」と思い出した様子。あれ、何だったんだろう。うちだけのオリジナルメニューでないことはTikTokの動画に出てくるくらいだから確かだ。母も誰から教わったのか分からないと言う。

母が結婚当初からつけている婦人雑誌社出版の家計簿が、うん十年分我家にはある。この家計簿の面白いところは、家計簿の余白に当時のレシピや広告が出ているところだ。そのレシピの中に、この昭和の オムレツのレシピはないだろうか。

古本屋で買った昭和30年代の「暮らしの手帖」の雑誌も数冊コレクションしている。雑誌に載っているレシピもチェックしてみようかな、

なんてことを考えていたら、母がサプライズで当時作ったであろう、昭和のオムレツを思い出しながら作ってくれた。

我が家の令和版、昭和のオムレツ


挽肉とみじん切りの玉ねぎにプラスしてにんじんのみじん切りを塩胡椒で炒め、まとまりやすくするために片栗粉を少々入れたとのこと。薄焼卵で包んでブルドックソースをかけたら出来上がり。

美味しかった。トマトケチャップよりソースをかけると、白いご飯に合う。これは、ハンバーグの変異版という感じもする。わたしは子どもの頃からハンバーグ好きなのだけれど、この牛挽肉とブルドックソースの組み合わせが好きなんだろうな。

そんな感想を母に言ったら、このオムレツの具(挽肉と玉ねぎ)に衣を付けて揚げたらメンチカツ、潰したジャガイモを入れたらコロッケ、味付けを変えたらミートソース 、キャベツを入れて皮に包んだら餃子っていう感じにいくらでも派生していくパターンだよね、とのこと。なるほど、挽肉料理はサイキョーだ!

でもさー、挽肉っていつから日本で流通し、食べられるようになったんだろうか、なんて疑問もわいてきた。文明開化からの牛鍋ブーム以降であることは間違いないだろうけど。

昭和オムレツの探究旅は続く


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