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サプライチェーンの人権リスクは自分で探しに行くものと知った

サステナビリティ分野の仕事についたばかりの私、1000日連続note更新に挑戦しています。本日は15日目(Day15)です。



1,はじめに

昨日は「企業が尊重すべき人権とは」について学び、そこでは

  • 企業が守るべきなのは「国際的に認められた人権」

  • その基本原則は国際人権章典とILO宣言に定められている

  • ただしこれらを守れば事足れりとするのではなく、企業はそれぞれ自社に関連する人権とは何なのかを考え対応していかなければならない

ということがわかりました。

本日は、人権に関する企業の責任の範囲について学ぶところから始めたいと思います。


2,人権に関する企業の責任範囲とは?

根拠は「ビジネスと人権に関する指導原則」の原則13

人権に関し、企業がどこまでの範囲でどのような責任を果たす必要があるのかについては、「ビジネスと人権に関する指導原則」の原則13(※企業が尊重すべき人権について記載されていた「原則12」の次ですね)に根拠があります。

国際連合広報センター ホームページより

”範囲”について述べている文言は「助長」や「取引関係によって~負の影響」の部分かと思いますが、これは難しい。。


企業が直面する人権問題の範囲は広く、遠く

そこで、具体例を探すために他の本を見てみることにしました。
大村 恵実・佐藤 暁子・高橋 大祐著「人権デュー・ディリジェンスの実務」(きんざい、2023年)です。

p.2~4には、近年問題となった国内外のさまざまな「ビジネスと人権」のケースが載っています。この部分の記述は、本日のテーマである”人権に関する企業の責任の範囲”のイメージを持つ助けになりそうなので、ここに抜き書きしておきます。

①アパレルブランドは、サプライヤー工場における外国人技能実習生の搾取に関する実態が報道され、製品の不買運動に発展した(注1)。

②別のアパレルブランドは、新疆ウイグル自治区での強制労働によって生産された商品を米国に輸入した疑いがあるとして、米国で禁輸措置を受けた(注2)。

③広告代理店は、若年従業員の過労自殺問題に関して労働基準法違反で刑事訴追され、公共調達においても入札参加資格停止措置を受けた(注3)。

④スポーツ関連団体は、五輪施設の建設において、自然環境や先住民族の生活に悪影響を与えるかたちで伐採された木材を使用していると国際環境団体から問題提起を受け調達基準を改訂するに至ったほか(注4)、通報窓口に苦情申立てを受けた(注5)。

⑤飲料メーカーは、ミャンマー軍関係者に寄付を行ったとして国際人権団体から非難されたほか(注6)、軍事クーデター後にミャンマーからの撤退を余儀なくされた(注7)。

⑥オーストラリアの銀行は、カンボジアの地元住民の強制移転を伴う製糖所プロジェクトへの融資が、OECD多国籍企業行動指針違反の疑いがあるとしてNGOから告発を受け、政府の国家連絡窓口(NCP)から勧告を受けた(注8)。

⑦インドネシアの食品メーカーは、強制労働・森林破壊を伴うかたちで生産されたパーム油を調達していることを理由に、ノルウェー公的年金基金から投資引揚げ措置を受けた(注9)。

⑧オランダのエネルギー企業は、大量の二酸化炭素の排出を通じて気候変動を悪化させ、人権侵害をもたらしているとしてNGOや地域住民から訴訟提起を受け、バリューチェーンを通じた排出削減命令を受けた(注10)。

⑨フランスの電力会社は、メキシコ子会社の風力発電事業が先住民族の同意なく行われ人権を侵害しているとしてメキシコ・フランス双方で訴訟提起を受け、事業停止に追い込まれた(注11)。

⑩米国のSNS運営企業は、顔認識技術を用いて取得した個人データを不当に利用しプライバシーを侵害したとして集団訴訟を提起され、多額の賠償金の支払に応じざるをえなくなった(注12)。

「人権デュー・ディリジェンスの実務」より

ここから読み取れるのは、

  • 人権課題は、労働に関する問題だけでなく、環境、開発、紛争、プライバシーなど多様な問題に関連している

  • 企業は、自社が直接起こした問題のみならず、サプライヤー(①②④⑦)、寄付先(⑤)、融資先(⑥)など、取引先が引き起こした人権問題についても責任を問われている

ということです。


3,責任の範囲は自ら行動して決めていくもの

人権DDを含む人権尊重の全体像

残念ながら、サプライチェーンの「ここまで」確認・対応すれば良い、と言い切ってくれるマニュアルや決まりは存在しません。代わりに…ではありませんが、企業がやるべきこととして存在しているのが人権デューデリジェンス(DD)です。

人権DDは国連指導原則で企業に要請されている取り組みであり、日本では、国連指導原則、OECD多国籍企業行動方針、ILO多国籍企業宣言をはじめとする国際スタンダードを踏まえて「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定しました。

このガイドラインでは、人権DDを含む人権尊重の全体像を次の図で示しています。

出典:経済産業省
「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」策定の背景と概要


企業はリスクがありそうなところに自分から探しに行く

そして、上の図の2-①、つまり、人権DDの最初のステップについて、もう少しくわしく説明されているのがこちらの図です。

出典:経済産業省 令和5年4月
責任あるサプライチェーン等における 人権尊重のための実務参照資料


この資料では、上図の「ステップ①  リスクが重大な事業領域を特定」する方法について次のように説明しています。

人権侵害リスクの特定・評価プロセスでは、まず、自社の事業のうち、リスクが重大な事業領域を特定することが考えられます。この際、社内関連部門(例:営業、人事、法務・コンプライアンス、調達、製造、経営企画、研究開発等)や社外の専門家等と意見交換を行いながら、以下のように、セクター(事業分野)、製品・サービス、地域、個別企業の視点から、どのような人権侵害リスクが指摘されているか等を確認することが考えられます。

そして、自社がビジネスを展開している事業領域のうち、より重大なリスクのある事業領域から優先して、ステップ②以降のステップを実行していきます。

なお、本ステップを実行する際、自社が提供する製品・サービスに関連して、どのようなサプライヤー等が存在するか把握できていることが望ましいです。他方、実際には全てのサプライヤー等を把握することが困難なケースも考えられます。そのような場合には、幅広いステークホルダーとの対話や、適切な苦情処理メカニズムの設置・運用等を通じて、又は、ステークホルダー等や業界団体と連携しながら、追跡可能性が低いサプライヤー等における人権侵害リスクも把握するように努めることが、より一層重要となります。また、なぜサプライヤー等の把握に限界があるのかを対外的に説明できるようにしておくことが望ましいです(ガイドラインQ&AのQ6)。

出典:経済産業省 令和5年4月
責任あるサプライチェーン等における 人権尊重のための実務参照資料

つまり、責任の範囲はどこまでか?という問いへの答えは「自分たちで調査して問題を探し、取り組みを始めてください。話はそれからです」だということですね。大変厳しいですが、それでも、すでにこうした取り組みを進めている企業の例が記事等で紹介されています。


アサヒグループホールディングスさんの取り組み

ここで紹介されている企業のひとつであるアサヒグループホールディングスさんは、何年もかけて海外での取り組みを進めておられるようです。

  • 英国での事業展開にともなう法対応(強制労働や人身取引を根絶するための対応に関する進捗を毎年度報告する義務がある)に加え、2016年にかけて欧州で大型のM&A(合併・買収)を実施していたことが取り組みに本腰を入れる契機になった

  • 2017年に主要な原材料のリスクを分析した。コーヒーや砂糖、茶などでリスクが高いと分かった

  • 2021年、アフリカのエチオピアとタンザニアのコーヒー生産地の人権リスクを調査するため、国際NGOと協力し現地の輸入商社やNGOなどへの聞き取りを行った

  • しかし「市場を通じて購入しているので、具体的な農園までは特定できなかった」ため、今後はフェアトレード認証を得たものに切り替える、自社農園を展開するなどの対応も含め検討するとのこと

  • 2022年度はブラジルのサトウキビ農園にも対象を広げる

  • 人権への対応は「企業が事業活動をする上で必須になっている」として、2023年から重要課題に位置づけた


今後、アサヒグループホールディングスさんのサステナビリティに関する開示を読むとともに、記事で紹介されていた他の企業さんについても色々と調べるなかで理解を深めていきたいと思います。




(注記について)
以下はすべて「人権デュー・ディリジェンスの実務」p.2~4に載っていた出典をそのまま記載しています(ウェブサイトURLは除く)。

  1. ビジネスインサイダー2019年6月26日記事「NHK報道で不買運動に発展。炎上する今治タオルにみるコンプラ、ブランド管理の難しさ」

  2. 日本経済新聞2021年5月20日記事「米、ユニクロ衣料輸入停止  税関当局、ウイグル問題巡り」

  3. 日本経済新聞2019年7月12日記事「電通を1カ月指名停止、違法残業事件で経産省」

  4. 朝日新聞2018年11月27日記事「東京五輪  木材の調達基準見直しへ  農園開発で伐採は禁止」

  5. 「通報の受付及び処理の状況について」

  6. 英国ガーディアン紙 2018年6月15日記事「Japanese brewery gave donation to Myanmar army chief during Rohingya crisis」

  7. 2022年2月15日記事「キリン、ミャンマー撤退へ  国軍系企業と交渉難航 現地事業の環境一変」

  8. ロイター2018年10月11日記事「Australia government body criticizes ANZ for Cambodia land rights violations」

  9.  ロイター2019年2月28日記事「Norway's wealth fund ditches 33 palm oil firms over deferestation」

  10. 髙橋大祐「シェルの「脱炭素」裁判、気候変動を人権侵害とした衝撃(日経ESG 2021年9月29日付記事)

  11. Windpowermonthly 2022年6月7日記事「Mexico cancels contract with controversial EDF wind farm」

  12. AP NEWS 2021年2月27日記事「Judge approves $650M Facebook privacy lawsuit settlement」


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