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日本のコロナ対策は、なぜコロナ「無策」になったのか

 新型コロナウイルスの第三波のただ中の11月27日に、衆議院厚生労働委員会において、とうとう尾身茂氏が、「個人の努力だけに頼るステージはもう過ぎた」と言ってしまった。これまで、政府が個人の努力だけに頼ってきたことを露呈した言葉である。なぜ、日本のコロナ対策はコロナ「無策」になってしまったのか。

理由1:1月末にすでに「神のみぞ知る」と言っていた尾身氏を登用したこと

 第一の理由は、尾身茂氏自身にある。2020年2月1日の日本経済新聞に、尾身茂氏の談話が掲載されている。WHOが非常事態宣言を出した(1月30日)直後の段階で、すでに、「神のみぞ知る」発言がなされていたことに驚いた。長くなるが引用したい。

 今回のウイルスの最大の特徴は、潜伏期間中や症状が軽い場合でも他人にうつす可能性がある点だ。中国で報告されていたのと同じような例が日本でも見つかった。さらに広がる可能性があり、最悪を想定して対策をとるべきだ。
 これまでの日本の対応は積極的で評価できる。WHOが緊急事態宣言を出す前に、新型コロナウイルスへの感染を指定感染症とした。武漢からチャーター便で帰国する人には、症状がない人を含めてすべてウイルス検査を実施している。過剰ともいえるが合理的だ。
 だが、症状がないがウイルスをもつ人をすべてとらえようとすれば全国民を検査しなければならなければならず、無理だ。それが、今回の病気の対策の難しさでもある。
 武漢と無関係な人に広がってきたら、隔離などによって止めるよりも重症化や死に至るケースを防ぐことが重要になる。指定医療機関以外でも患者を受け入れ、症状が軽ければ自宅待機にするといった対応も必要だろう。社会全体として被害を減らす発想が求められる。
 現状では日本で中国並みの爆発的な感染拡大が起きるとは思わない。一つは政府の初期対応がしっかりしているから。もう一つは国民の健康意識が高い。さらに、医療体制が整っている。2009年のインフルエンザの流行でも日本の死亡率は他国に比べてはるかに低かった。
 感染の広がりは2つの要素できまる。まずウイルス自体の感染力と病原性。これは今のところ、中国と日本のウイルスで共通している。しかし、社会的な要素が違う点は重要だ。感染がいつ終息するかは神のみぞ知るだ。SARSの場合、WHOから渡航延期勧告を出し中国が対策を本格化してから収まるまでに約3ヶ月かかったのが参考になる。

 どうだろうか。この談話からは、次の三つのことがわかる。1)尾身氏は、症状がないがウイルスをもつ人を把握することは無理だと考えていること、2)尾身氏は、日本国民の健康意識が高いので、なんとかなるだろうと考えていること、3)尾身氏は、感染の終息の見通しをもっていないこと(神のみぞ知る)。

 その後、尾身氏は、2020年2月14日に設置された政府の「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」に副座長として参画し、この専門家会議の廃止にともなって2020年7月6日に設置された「新型コロナウイルス感染症対策分科会」の分科会長となる。その後の、日本の新型コロナウイルス対策は、PCR検査を増やして無症状者も含めた感染の広がりを把握するという努力を行うことなく、感染終息に関しては、「国民の自助努力に期待するという策」、つまり「無策」の状況のまま推移した。これは、1月末の尾身氏の見立てに沿ったものと言える。

理由2:「3密防止」の呼びかけがたまたま効果を上げたことに味を占めたこと

 第二の理由は、国民の自助努力で第一波を乗り越えてしまったことである。小池都知事が密閉空間、密集する場所、密接する会話の三つの密を避けるように呼びかけたのが、2020年3月25日である。「3密(三つの密)」は、ユーキャンの新語・流行語大賞を受賞したことでもわかるように、国民の間にこの呼びかけは浸透し、新型コロナの第一波を乗り越えることができた。尾身氏が見立てたように、日本国民の健康意識の高さが発揮されたように見える。

新型コロナウイルス感染状況

(出典) 朝日新聞「新型コロナウイルスの感染状況」https://www.asahi.com/special/corona/

 しかし、小池都知事が「3密防止」を呼びかけた日(3月25日)の都内での新規感染確認者数は41人である。国内での新規感染者数は78人。現在の感染状況(11月28日東京都561人、日本全国2684人)とは比べものにならない低さである。

 なぜ、当時、国民に「3密防止」が浸透したのだろうか。それは、そのころに国民に精神的な打撃を与える二つのことが起こったからだと考える。第一に、3月25日の東京オリンピックの延期決定である。3月11日の段階でオリンピック組織委員会の理事が1年か2年の延期に言及すると、森喜朗会長が「とんでもない発言で、(開催の)方向を変えることは全く考えていない」と発言していた。12日のギリシャでの五輪採火式も執り行われた。しかし、トランプ大統領が12日にオリンピックの1年延期に言及したことをきっかけに流れが変わり、25日に延期決定となった。第二に、3月29日に志村けんさんがコロナでお亡くなりになったことである。国民的なタレントであった志村さんは20日に肺炎と診断され、23日にコロナ感染が判明、それからわずか6日でお亡くなりになったのである。新型コロナウイルスの怖さを国民に知らしめるできごとだった。志村さんの訃報が流れたあとツイッター上で「怖」という感情を含む投稿が約3倍になったことが東大の鳥海准教授の分析でわかっている(日経新聞2020年4月7日)。

 このように国民に自助努力を促すだけで第一波を乗り越えることができ、コロナを抑える方は「なんとかなる」という感覚が政権の中に広がったのではないか。このことが、GOTO トラベル、GOTOイートといった経済振興策に偏った政策立案を招くことになったのではないか。

 さらに、第二波は、第一波を上回る感染者数であったが、死亡者数は第一波よりも抑えられ、感染しても大丈夫ではないかという機運が形成された。死亡者数が抑えられた理由は、よくわからないが、医療体制がぎりぎり持ちこたえたことも要因であろう。しかし、第三波では、第一波を上回る感染者数と死亡者数が記録されてきている。

科学的な知見にも基づかず経済的合理性もない「対策」

 政府は、尾身氏の見立てに沿って、1)国民の健康意識の高さ、2)整備された国内での医療体制を頼みとして、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するための政策はなんら講じてこなかった。その代わりに科学的な知見に基づかない「対策」をさまざまに講じてきた。

 第一に、2月27日の全国小中高校への休講要請である。2月14日に神奈川県の渡航歴のない80代女性がコロナで亡くなるなど、国内での経路不明感染者が広がり、中富良野の児童に感染者が出たことをきっかけに2月26日に北海道で全小中学校の休校要請が出される。それを見た安倍総理が27日に突然全国すべての小中高校に3月2日から休校するように要請する。このことは科学的な知見にもとづいたものではない。日経新聞3月7日の記事では、「合同専門家チームが、2月20日までに中国で感染が確認された5万5924人のデータについて分析した。(中略)リスクが高いのは60歳を超えた人で、高血圧や糖尿病、がんなどの持病がある人だ。逆に、18歳以下の感染者で重症になったのは2.5%と少ない。大人からうつった年少者はいるが、子どもから大人に感染させた例は確認できなかったという」とされている。北海道の休講要請の評判が良かったので、それに飛びついたのだろう。

 3月19日の専門家会議では、感染が確認されていない地域では学校の活動を再開しても良いこととし、春休み明けから小中学校は再開されていくこととなる。国民にショックを与えるという意味はもっていたと考えられるが、そもそも学校の休校が新型コロナウイルス対策として優先度の高い対策だったか疑わしい。感染拡大が続く状況下で学校が再開されることは、逆に国民に不安を与えることとなった。

 第二に、3月上旬まで、中国全土からの入国規制をしなかったことである。尾身氏の1月末の談話にも認識されているように、すでに無症状者からの感染が確認されていた。空港で体温を測っても防止できないことはわかっていたにもかかわらず、日本は武漢を含む湖北省と浙江省からの入国者に限定して行動制限の要請を行っていた。当時、中国の習近平国家主席が4月に来日する予定があったことが、中国からの水際規制に踏み切れなかった理由と言われている。3月5日に、習近平国家主席の来日の延期が決まると、その3時間後に中国と韓国からの入国者への2週間待機などの措置を決めた。科学的な根拠にもとづく政策が行われていなかった証である。

 第三に、全世帯にマスクを配布するといういわゆる「アベノマスク」である。4月1日の政府の対策本部で1住所あたり2枚ずつ布マスクを配布することを公表し、4月17日から配布したが、配布が行き渡る頃には市販マスクが安価に提供されるようになっていた。この政策は、まさに家庭での手作りでも対応できる「布マスク」をわざわざ政府が発注して各戸に配布するというものであり、天下の愚策といってもいい。新型コロナウイルスの最前線で必要とする高機能の医療機器・器具に投じるべき予算がムダに使われてしまった。

 第四に、国民に自制を求めるべき時期にGOTOトラベル、GOTOイートといった経済振興策を実施して、第一波、第二波を上回る第三波を招いたことである。新型コロナウイルスの流行は、波を描きながら、2022年まで続くという研究報告が、最も権威のある科学誌Natureの電子版に掲載されたのが、4月なかばのことである。第二波、第三波が来ることは十分予期できたはずである。にもかかわらず、GOTOトラベル、GOTOイートといった政策を行い、行動を自制しなければならないと考えていた国民の意識を緩ませてしまった。

では、どんな政策が必要だったのか

 このようなことを述べていると、じゃあ、対案を出せよということを言う人がいるだろう。すでに、対案は公表している。期限を定め、その間の休業補償を行う形のロックダウンである。新型コロナウイルスは、人体の粘膜で増殖するものの、物の表面に付いたウイルスは24~72時間くらいたてば壊れてしまうとされるため、人と人の接触を可能な限り減らし、保菌者を隔離することによって、感染拡大を食い止めることができる。詳細は、以下に述べている。


 国民の自助努力に期待する場合、感染状況がいつ収束するのかは、わからないだろう。まさに、「神のみぞ知る」状況に陥ってしまう。一方、期限を定めたロックダウンを実施すれば、だらだらと感染状況を継続させることはなくなり、結果として、経済的なダメージを低く抑えることができる。尾身氏は、「政策のもつ力」を認識しておらず、政策アドバイザーとしての専門家としては、そもそも不適格だったのである。

 その尾身氏自身が、冒頭の発言のように、「個人の努力だけに頼るステージはもう過ぎた」と述べている。いまこそ、新型コロナウイルスを戦略的に抑え込むための政策を立案すべきではないか。


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