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師匠は、つらいよ 〜 アートのよもやま話

前回の記事で紹介した画像は、米国、ニューヨークのメトロポリタン美術館所蔵、15世紀にイタリア・ルネサンス時代に活躍したフィリッポ・リッピ(1406-1469)が描いた《開き窓の男女の肖像》(c.1440)。ちなみにクリエイティブ・コモンズ・ゼロ(いかなる権利をもたない)作品。

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Fra Filippo Lippi (Italian, Florence ca. 1406–1469 Spoleto)
Portrait of a Woman with a Man at a Casement, ca. 1440
Tempera on wood; 25 1/4 x 16 1/2 in. (64.1 x 41.9 cm)
The Metropolitan Museum of Art, New York, Marquand Collection, Gift of Henry G. Marquand, 1889 (89.15.19)
http://www.metmuseum.org/Collections/search-the-collections/436896

メトロポリタン美術館公式サイトの解説によれば「現存する最古のダブル・ポートレートであり、また室内を背景として描かれた最初の作品」だそうだ(*1)。

女性の衣服の袖口に施されている刺繍に注目していただきたい。「誠実」を意味する「lealta」の文字が見えるだろうか。その正面に男性が描かれていることから、夫(あるいは婚約者)と、彼に対する忠誠を誓う妻(あるいは婚約者)を描いていおり、彼らは、1439年に結婚したLorenzo di Ranieri Scolari とAngiola di Bernardo Sapitiである可能性が高いらしい(*2)。

結婚が禁じられている修道士でありながら、なぜか息子フィリッピーノ・リッピ(彼も画家だった)がいたフィリッポ・リッピだが、ボッティチェリの師匠として有名だ(*3)。

ボッティチェリは、確かにロマンチックで美しい作品を描くのだが、よく見ると身体の描き方は、得意ではないし、決して画家として腕がよいかというとそうでもない。

どちらかといえば、師匠のフィリッポ・リッピの方が、正統派でバランスの良い丁寧な作品を描く。彼の代表作は、聖母子像が有名なのだけれども(*4)、宗教画よりも、浮世離れした「修道士」だけあって、世俗的な《開き窓の男女の肖像》の方が断然いいと個人的に思う。

フィリッポ・リッピの作品をみていると、ボッティチェリが、どのように師匠のテクニック(衣服の表現などなど)を継承したのか、よくわかる。

のちの盛期ルネサンス時代、ミケランジェロの師匠ドメニコ・ギルランダイオや、レオナルド・ダ・ヴィンチの師匠アンドレア・デル・ヴェロッキオもそうだけど、師匠の作品をみるとその弟子の作品の特徴がより明確にみえてくる(*5)。まあ、ミケランジェロの場合は、修業時代、ギルランダイオの作品よりもマザッチオの壁画をデッサンしていたのだが(*6)。

それにしても、一般的に、フィリッポ・リッピよりボッティチェリの方が高く評価されているのが現実だ。

どの時代も、有名な弟子達をもつ師匠は、つらいなあと思う。


NOTE:
*1.フィリッポ・リッピ《開き窓の男女の肖像》、メトロポリタン美術館公式サイト日本語版解説。
https://www.metmuseum.org/ja/art/collection/search/436896(アクセス2020/10/25)
*2.フィリッポ・リッピ《開き窓の男女の肖像》、メトロポリタン美術館公式サイト英語版解説(同公式日本語版には、二人の名前と結婚年の記述がない)。https://www.metmuseum.org/art/collection/search/436896(アクセス2020/10/25)画像も同URLよりダウンロード。クリエイティブ・コモンズ・ゼロでクレジット表記不要だが本文で表記。
*3. フィリッポ・リッピの息子のフィリッピーノ・リッピ、ボッティチェリの作品については、これらの記事をどうぞ。

*4.フィリッポ・リッピの《聖母子像》については、こちらの記事どうぞ。

*5. ミケランジェロの師匠ギルランダイオ、レオナルド・ダ・ヴィンチの師匠ヴェロッキオについては、これらの記事をどうぞ。

*6.ミケランジェロは、マザッチオの壁画のデッサンを残している。例えば、《聖ヨハネ(マザッチオ《貢ぎの銭》1425年頃サンタ・マリア・デル・カルミネ大聖堂ブランカッチ礼拝堂フレスコ画を模写)》(1490年)ミュンヘン市立美術館グラフィックアート・コレクション(ドイツ、ミュンヘン)が有名。マザッチオの《貢ぎの銭》については、こちらの記事をどうぞ。