今週末のアメリカの3つの室内大会について
(以下では今週末にアメリカ各地で行われた3つの室内大会のことについて書くが、主に中長距離種目にしか触れない)
日本では陸上の室内大会でシニアの1500m、1マイル、3000m、5000mの種目がない。そして、クロカン大会も室内大会も日本では単発のため、室内陸上やクロカンレースの文化が日本にはあまり定着していない(福岡では世界クロカンが開催されたけれども...)。
日本の室内陸上(大阪大会)はその時オンリーの仮設室内トラックであるし、札幌市にある室内施設の「つどーむ」ではスピード練習を行うことはできるが、室内陸上は開催できない。
このように日本では日本海側、東北地方、北海道など冬季に外で走ることが困難な地域があるが、そこに室内練習場があったとしても、室内大会が開催できる室内競技場がない(あったら教えてください)。
これは、室内陸上が文化として日本に定着していないことを意味している(その代わりに、冬季に日本の陸上文化として定着しているのが駅伝とロードレース)。
私は日本の中距離選手が長年、世界的な活躍ができていないのは(中距離が強い国の競技環境と比較して)このような陸上文化の違いが少なからず影響していると考えている。
この冬の時期に日本にはないレース - 室内大会を求めるのであれば日本に拠点を置く選手は必然的に欧州やアメリカまで遠征しなければならない(オセアニアの屋外レースを選択するという手もある)。
極論ではあるが、日本で仮に日体大記録会・春季サーキット、ホクレンのようなレベルの室内大会があれば、日本の中距離選手はもっと強くなっていたかもしれない(そんな単純な話ではないかもしれないが...)。
または、冬季に沖縄あたりで中距離のサーキット大会があったとしても、それはある程度は選手の強化に対して機能すると思う(日本にはたくさんのケニア人選手がいるので、彼らに金銭的な見返りがあれば冬季はケニアで練習する彼らにもペーサーを依頼しやすい)。
全米室内選手権
アルバカーキで全米室内選手権が2日間に渡って行われた(競技結果)。標高約1600mの高地での開催ともあり、中距離以上の種目はタイムが少し落ちる。
① フーリハンの独走
女子1500mと5000mの全米記録保持者であるシェルビー・フーリハンは1500mと5000mの2冠。昨年は故障の影響もあり1500mは2位に終わっているが、オリンピックイヤーの今年は良い滑り出しをみせた。フーリハンは今回の2冠をもって計13個の全米タイトルを獲得。
特に大会初日の3000mではWire-to-wire(終始先頭)での優勝。1400mからの8周は全てラップ(ペース)を上げている。最終ラップは29.89。とても強い勝ち方をしている。
高地での開催ともあり、NCAAの変換式によれば、この8:52の優勝記録は平地での大会では8:39に相当するとのことだ。
フーリハンの次戦は記録を狙って3000mに出場する。室内女子3000mの全米記録はBTCのコーチであるシャレーン・フラナガンが持つ8:33.25である。
ちなみに彼女は、オリンピックでの1500mのレース戦略について、彼氏のセントロウィッツ(五輪金メダリスト)にもアドバイスを求めたりするのだろうか?
② BTCの健闘とレース選択
BTCの選手では今回の全米室内選手権で好走したのはフーリハンだけではなかった。
このように女子1500mと3000mでは上位を独占。男子1500mではジョッシュ・トンプソンが初の全米タイトルを手にした。ただ、男子の主要メンバーとグウェン・ジョーゲンセン、そして、2年ぶりのトラックレースとなったエミリー・インフェルドはアルバカーキではなくワシントン大でのハスキークラシックに出場した。
男子3000mで2位に入ったマーク・スコット(イギリス人)と遠藤日向は米国籍でないので全米室内選手権には出場できない。そのようなことも考慮し、コーチはこちらのレースを選択したのだろうか。
③ スポンサー無しの選手が全米2位
全米室内選手権男子1500mで2位に入ったのはニック・ハリス。ドーハ世界選手権男子1500mで決勝に残ったクレイグ・エンゲルスに競り勝ったが、彼にはスポンサーが無い。
1つ言えることは、アメリカでプロ選手として陸上一本で食べていける人は本当に少ない。これはオセアニアもヨーロッパの選手も基本的には同じである(日本の中長距離選手は例外である)。
ハスキークラシック
ワシントン大の1周307mの室内トラックで開催されるので、ここでの記録は非公認記録となる(競技結果)。
① 遠藤日向が3000mで7:47.99
昨年は5000mで13:27.81の室内日本記録を出した遠藤であるが、今年は室内発レースとして3000mに出場。
遠藤は7:45.82で1位のロペス・ロモンから2秒ほど遅れて7:47.99の7位。
日本人選手による室内3000mの7:49.99は好記録である。とはいえ、彼が今年の夏の東京オリンピックで仮に5000mの決勝出場を目指しているのであれば、好記録を求めつつも勝負で競り勝つことが最も大切なこととなってくる。
② オレゴン大2名の健闘
そういう意味では、プロ選手ではないオレゴン大の2名は健闘した。特に遠藤の1つ年下であるオレゴン大のクーパー・ティア(7:46.45、4位)はまだ大学3年生であり、大学4年のジェームズ・ウエスト(7:47.10、6位)は同じイギリス人のマーク・スコット(7:46.11、2位)に1秒差に迫った。
また、ウエストは3000mの翌日に行われた1マイルでは3:57.43で1位だった。
クーパー・ティア(5000mPB 13:32.73)
・2019年全米室内学生選手権3000m4位
・2018年U20世界選手権1500m・5000m10位
ジェームス・ウエスト(1500m PB 3:35.74)
・イギリスの大学 → オレゴン大に編入
・2019年全英選手権5位
・2017年U23欧州選手権英国代表
・2015年U20英国選手権・英国大学選手権優勝
(以上すべて1500m)
③ エミリー・インフェルドが2年ぶりにトラックレースに復帰
女子3000mでは北京世界選手権10000m銅メダリストのエミリー・インフェルドが2年ぶりのトラックレースで8:48.73の大会新で優勝。
インフェルドは北京世界選手権、リオ五輪、ロンドン世界選手権と3大会連続で10000m全米代表の選手であるが、2018年のハスキークラシックでの室内3000mの後に長期故障で手術。2019年夏のロードレースで復帰し、オリンピックイヤーの室内シーズンにトラックに戻ってきた。
10000mで東京オリンピックの上位を目指す新谷仁美にとっては手強い選手となるが、インフェルドはまず10000mの参加標準記録を狙うことと、全米選手権で3位以内に入ることがターゲットとなってくる。
この4回のトラックの世界大会の女子10000m全米代表の成績は以下である(現役選手のみ掲載)。
モリー・ハドル:北京4位、リオ6位、ロンドン8位、ドーハ9位
エミリー・インフェルド:北京3位、リオ11位、ロンドン6位
マリエル・ホール:リオ33位、ドーハ8位
エミリー・シッソン:ロンドン9位、ドーハ10位
ハドルとシッソンは2/29のマラソン全米選考会に出場予定。そこで3位以内に入ることができなければ10000mで東京五輪を目指す可能性がある。何れにせよ、10000mで東京オリンピックを目指す女子の日本人選手にとっては、アフリカ勢だけでなくアメリカ勢も手強い。
④ 高校生が室内1マイル4:00.10(全米高校歴代4位相当
高校生のクルス・カルペッパーが室内1マイルで全米高校歴代4位相当の4:00.10を記録した(※ワシントン大室内トラックは1周307mなので公認記録にならない)。
カルペッパーはワシントン大招待の室内1マイルでも4:01.66を記録しており、金字塔ともいえる高校生での1マイルサブ4を目前としている。
【男子室内1マイル全米高校歴代4傑】
1. 3:57.81 ドリュー・ハンター
(室内1マイル全米高校記録・室内3000m元全米高校記録保持者)
2. 3:59.86 アラン・ウェブ(1マイル北米記録保持者)
3. 4:00.05 ブロディ・ヘイスティ(現北アリゾナ大)
4. 4:00.97 DJプリンシピ(現スタンフォード大)
カルペッパーの今回の記録は4位相当。
室内1マイルのアメリカの高校生による“サブ4”は歴代で2人しか達成していない(ハンターは高校時代に室内1マイルで2回サブ4を達成している)。
全米高校歴代4傑の全てはニューヨークのアーモリー(Armory)の室内トラックでの記録であり今回のカルペッパーの4:00.10はワシントン大の1周307mの室内トラックでの記録。アーモリー以外では高校歴代最速記録(非公認)となった。
ボストン大デイビッド・へメリー・バレンタイン招待
昨年、遠藤日向が5000mの日本新を出したのがこの大会。平地の公認トラックでの大会である(競技結果)。
① ジェニー・シンプソンのレース選択
1500mでリオオリンピック、3回の世界選手権の計4回メダルを獲得しているジェニー・シンプソンが2013年以来の5000mを14:58.67の室内全米歴代3位の記録で走った。
シンプソンは世界大会での1500mでのメダル獲得の一方では、2014〜2018年は5000mを走らなかった。彼女が全米室内選手権やハスキークラシックでなくボストンでの5000mを選んだのは興味深い。
公認トラックでは、室内競技場であっても東京オリンピックの参加標準を狙うことができる。シンプソンは今回5000mの参加標準をクリアしたが、東京オリンピックの1500m決勝と5000m予選は同日にある。
そのようなことから本番で2種目兼ねることは通常考えにくいが、この2種目で標準記録を切っていれば、全米選手権でどちらかの種目で、もし表彰台を逃したとしてもその時の保険として機能する。
このようにアメリカや欧州での室内レースは世界大会の参加標準記録を狙う場でもある。
② 北アリゾナ大の快進撃
2016〜2018年の全米学生クロカン選手権の男子団体で3年連続の総合優勝(2019年は総合2位)を達成した高地のフラッグスタッフにある北アリゾナ大(以下NAU)。ヘッドコーチのマイク・スミスはクロカンでのチームの偉業を達成しただけでなく、最近ではゲーレン・ラップの新コーチ(リモートで指導)を務めることでも話題となった。
NAUは今季の室内シーズンで好調である。2/15のボストン大デイビッド・へメリー・バレンタイン招待の男子3000m1組では3名が好走。
1. L. グリハルバ(NAU)
7:43.73(全米学生歴代6位)
2. D. エストラダ
7:44.31
3. G. ビーミッシュ(NAU)
7:44.67(全米学生歴代7位)
4. K. ラム(カナダ・ブリティッシュコロンビア大
7.45.50(U23カナダ新記録
5. T. デイ(NAU)
7:45.70(全米学生歴代12位)
NAUの今季の記録ベースの室内成績は以下である。
2019年全米学生室内選手権の1マイルではビーミッシュが優勝しているが、グリハルバが3000mで7:43.73(全米学生歴代6位)、デイが5000mで13:16.95(全米学生歴代3位・アメリカ人学生歴代最高)と、NAUの選手たちは2020年の全米学生室内選手権の中長距離各種目で優勝が狙える位置にある。
③ カナダ人の新星現る
カナダ・バンクーバーのUBC(ブリティッシュコロンビア大)のキーラン・ラムが↑の3000mで4位に入り、7.45.50の記録はジャスティン・ナイト(5000mでロンドン世界選手権9位、ドーハ世界選手権10位)が持っていたU23カナダ記録を更新するものだった。
(左がラムで、右が昨年にUBCを卒業したジョン・ゲイ)
ラムの大学の先輩にあたるゲイ(ドーハ世界選手権3000mSCカナダ代表)も7:48.57の自己新だった。
室内3000m7:45のレベルとは
現在、アリゾナ州・フラッグスタッフで合宿をおこなっている阪口竜平はこのようなツイートを2月5日にした。
阪口は2018年のハスキークラシックの3000mで7:51.95で走っている。また、彼が現在フラッグスタッフでともに練習をしているカナダのマット・ヒューズは3000mSCで世界選手権3回入賞、またこちらもたまに彼と練習をするモーガン・マクドナルドは室内3000mが7:42.76、エドワード・チェセレクは7:38.74。
彼らと練習をすることによって、阪口は
「だいたいこれぐらいではいけるやろな」
という感覚を持っているのだろう。7:45という記録はその感覚なのか、目標なのかは定かではないないが、遠藤日向の記録が7:47.99。阪口も同じぐらいの記録を出してくるのだろうか。
阪口は現在東海大4年であるが、この2日間でアメリカとカナダの6人の大学生が室内3000mを7:45前後で走っていることを考えると、その記録は出しておきたいだろう。
そして、もちろん記録も重要であるが、そのレースでの順位がさらに重要であることは間違いない。
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