厚さ20mmへのレギュレーション改定。3年間もあれば未来は色々と変わる

世界陸連が2024年11月よりトラックとフィールド種目で使用できるシューズの厚さが20mmまでとする新ルールを発表した。

新ルールでは靴底の厚さについても明記され、2024年11月よりトラック&フィールド種目で使用できるシューズの底の厚さ(stack height)は20mmまでとするなど変更があった。その他にも導入される競技会の範囲が「アマチュアクラブ、学校、大学、マスターズレベルの競技会に適用されない」と明確化(※)されたほか、カスタマイズについての詳細が明記されている(7条)。
※国内でWAの規則に沿って開催される大会については適用される見込み。

「アマチュアクラブ、学校、大学、マスターズレベルの競技会に適用されない」ということなので、いわゆる市民ランナーレベルの競技者や学生の競技者には適応されないと考えることができる。そして、2024年11月からはこのカテゴリーの競技者はむしろアルファフライなど厚底シューズを公認トラック競技会で履けるのではないかと思う(続報を待ちたい)

今回は2024年11月からのルール変更が話題となっているが、3年後の話である。3年間。今から3年前にターサーRPで800mを走って失格になる競技者が出るなんで誰が想像できただろうか。3年間もあれば未来は色々と変わる。

ちなみに、今から3年前には以下のシューズやスパイクが主流であった。

マラシュー
・ヴェイパーフライ4%(またはヴェイパーフライ4%フライニット)
・匠戦ブースト
・ジャパンブースト
・アシックス、ミズノ、NBの薄底
・三村さんカスタム
→ 市民ランナーを除いてこれらのシューズを今の試合で履いている人はかなり少ないのでは?? = 3年も経てば色々変わる

スパイク
・概ね薄底
・ハイブリッド系
→ 今、ドラゴンフライやヴィクトリーなどの最新スパイクが店頭に在庫が余りに余っていたら、これらのスパイクを今でも履いている選手はどれぐらいいるのだろうか?

今回のタイトルどおり、3年も経てば色々変わるが、3年前のシューズやスパイクからおもに変わったのはミッドソール素材(反発 / クッション / 軽量性の向上)とミッドソールの厚さである(厚底カーボンシューズの開発競争で高ドロップのシューズが増えた)

2024年11月からの新ルールに合わせてまた新たなスパイクが開発され、各ブランドが新スパイクを2024年11月までに発売する。その時には、今回の新ルールの対象となるエリートレベルの選手はそれらの新しいスパイクを履いているだろう。言い換えれば、3年間もあれば今のシューズやスパイクはほとんどのエリート選手は3年後に履いていないのではないか、ということだ。

レギュレーション改定のお陰でカーボンシューズやスパイク開発競争が進んだ

試合で使用するシューズのレギュレーション改定はこの2年間で3回目である。1回目は2020年2月。東京マラソンの前の時期というタイミングで「ロード競技で使用するシューズの厚さは40mmまで」と発表。即時施行された。

その後、アルファフライの存在が公式に明らかになり、それを履いた大迫傑は東京マラソンで日本新。3万円台という高価なシューズながら発売当初は多くの人が購入した。

今思い返してみると、この40mm規制という1つの明確な基準ができたことによって、その後、その厚さまでギリギリに調整したカーボンシューズが多く発売された。例えば、アディオスプロ(または2)フューエルセルRCエリート2、ウエーブデュエルネオSP、これらはそれぞれ厚みがギリギリなだけ販売価格もアルファフライ同様に3万円前後とギリギリを攻めていた。

プライムXの販売価格を見ているとカーボンシューズ(またはカーボンorグラスロッドシューズ)の価格の高さは厚みにある程度比例している。これらの流れができたのは、明らかにナイキの開発技術が突出していたことと、40mmという基準ができたことが大きい。40mmギリギリでなくても各ブランドが30mm台の厚みのカーボンシューズを発売した。

次に2020年8月に「2020年12月の試合から選手のレベルに関わらず公認トラックレースでは25mm未満の厚さのシューズしか使用できない」というレギュレーション改定。それまでヴェイパーフライやアルファフライを履いて公認トラックレースを走った選手はやがて、ドラゴンフライやエアズームヴィクトリーといった最新スパイクに履き替えてトラックレースに出場した。

このレギュレーション改定があったことによって、わずか1年間でアシックスがメタスピードLD 0を発売にこぎつけ、NBはフューエルセルMD-Xのみならず、LD-XやPWR-X、SD-Xという4種類のスパイクを同時期(東京五輪前)に発売することにこぎつけた。また、同じようにアディダスはアバンチTYOとアンビション、ホカはシエロ X MDとシエロ X LDを、ブルックスはワイヤー7を五輪前に発売。

プーマやサッカニーは五輪前に新スパイクを発売こそしなかったものの(サッカニーの契約選手がトラック種目で五輪に出場できなかったことも影響した)中長距離用のプロトスパイクを五輪前に開発していた。このように、レギュレーション改定はある意味では開発競争を促し、五輪前という1年ほどの短い期間であったが、多くのブランドが製品開発に投資した。

そう考えれば、20mm規制が2024年11月からスタートするということで、それに向けて各ブランドがまた新しいスパイクを開発することは目に見えている。レギュレーションの改定はある意味では、規制やルールを厳格化することによってその業界に発展のキッカケを与えているとも考えられる。

本当にナイキのためのルール改定なのか?

今回の20mm規制がナイキのためのルールだとか、世界陸連のナイキへの忖度とかいう意見があるが果たしてどうだろうか。

ナイキのためのルールというよりかは、むしろナイキは去年、イノベーションを制限されている。

例えば、このAir Zoom Viperflyという短距離用のスパイクは、ボルトの100mの世界記録がすぐに脅かされるぐらいに選手のパフォーマンス向上の可能性が示唆されたことによって、2020年の夏頃に世界陸連に承認されなかったのでお蔵入りになってしまった。

世界陸連がナイキに忖度してと考えるのであれば、このスパイクはなぜ承認されなかったのだろうか?(その後マックスフライというスパイクが発売された)

この事実は、世界陸連がある程度技術の進歩をコントロールしようとしている姿勢がうかがえる。

今回改定された世界陸連のレギュレーション(競技規則):シューズ規則(C2.1A – Athletics Shoe Regulations)の1.2.1には以下のような記載がある。

1.2.1 fairness within the sport of Athletics;(陸上競技というスポーツにおける公正さ)

つまり、シューズの性能差で選手に大きなパフォーマンスの差が生まれないように世界陸連がコントロールすることが、陸上競技のユニバーサルの本質を考えた時にとても重要である。

このことを考えていた時に思い出したのが、今年の東京五輪男子400mHで45.94の驚異的な世界新で優勝したカーステン・ワーホルムのインタビューだった。

ワーホルムはプーマとメルセデスAMGと彼と彼のコーチで共同開発したプーマの新スパイク「EVOSPEED TOKYO FUTURE FASTER+ 」を東京五輪で履いていたが、そのスパイクはマックスフライやエアズームヴィクトリー、アルファフライのようなエアポッドを搭載していない。

いわゆる非エアポッドシューズでその世界記録を樹立したわけだが、どうやら彼はマックスフライなどのエアポッド搭載シューズに対して否定的な考えを持っていた。彼の中ではシューズの技術革新が進む中でも、シューズがパフォーマンスにもたらす好影響を自分なりに線引きしているのだろう。

そういう意味では世界陸連がAir Zoom Viperflyを承認しなかったことは英断であったと思う。アルファフライの厚さに近い40mmという規定が作られたことは事実だが、それはある意味では陸上競技におけるイノベーションの再定義の時期でもあったと思う。そして、その後各ブランドでカーボンシューズの開発競争が激化したことは先ほど書いた。

果たして世界陸連はナイキに忖度などあるのだろうか?

一ついえることは、今でもヴェイパーフライネクスト%やアルファフライ、ドラゴンフライ、エアズームヴィクトリーを履いている選手が多いことを考えると、そもそもナイキの製品開発力とマーケティングがずば抜けている。ずば抜けているので世界陸連からすれば「すいませんけど、もうちょっと抑えめでお願いしますナイキさん」ぐらいではないだろうか。

25→20mmへの変更と3年弱の猶予期間(2024年11月〜)

今回のレギューレーション変更のニュースを見た時の最初の感想が「2024年11月から。3年弱もある。長っ!!」ということ。25→20mmへの変更よりもまずそこが気になった。

先述したが、この2年間の3回のシューズのレギュレーション改定で1回目は即時施行(発表された日から適応)2回目は東京五輪までの実質的な猶予期間が1年間、今回が3年弱(計34ヶ月)の猶予期間。今回は明らかに長い。

各ブランドにとって3年もあればチャンスはある。仮にナイキに忖度しているならば、猶予期間が1年から1年半とかの短いスパンではないだろうか。3年もあれば、各ブランドは良いスパイクを開発できる十分な期間だろう、ということで、良い落としどころの3年間の猶予期間だと思う。

3年間もあればナイキのスパイクを超えるような他社のスパイクが今後発売されることも可能性としてはある。

次に25mmから20mmに厳格化される点について。

アシックスのソーティシリーズが使えなくなるということだが(2024年1月以降にエリートレベルの選手がトラックレースでソーティを履くことがあるのだろうか...)シューズは20-25mmのものが多いのでここでは省略。

20-25mmの中長距離スパイク
・Metaspeed LD 0(アシックス)
・Wire 7(ブルックス)
・FuelCell SuperComp LD-X(ニューバランス)
・Spike-Flat(ナイキ)
・Cloudspike 10000m(オン)
・Endorphin Track(サッカニー / プロト)

世界陸連の承認シューズリストの中長距離スパイクではこれらが20-25mmである。ナイキのスパイクフラットを除いて、他の5足に共通しているのは2020年から2021年にかけてわずか1年間で開発されて世界陸連に承認されたという点である。

つまり、急ピッチで作られたスパイクであり、そのほとんどが東京五輪に向けてのためだった。

20mm未満のこの1年間で開発された中長距離スパイク
・Adizero Avanti TYO(アディダス)
・Adizero Ambition(アディダス)
・FuelCell MD-X(ニューバランス)※もっと前から開発されていた
・ELMN8 6(ブルックス)
・Cielo X LD(ホカ)
・Cielo X MD(ホカ)
・Cloudspike 1500m(オン)
・evopSpeed Distance Nitro Elite+(プーマ / プロト)
・Endorphin 3 Max(サッカニー / プロト)

同じようにこの1年間で急ピッチで完成された20mm未満のスパイクがこれだけある。ドラゴンフライやエアズームヴィクトリーも20mmであるが、これだけ多くの20mm未満のこの1年間で完成されたスパイクがあることを考えると、ナイキのためのルールという解釈以外の考え方ができる。

では、なぜ25mm→20mmに厳格化されたのだろうか。これは具体的な理由が世界陸連のプレスリリース、ならびに改定されたレギュレーションに記載されていなかったので、その理由は明らかになっていない。

・Metaspeed LD 0(アシックス)
・Wire 7(ブルックス)
・FuelCell SuperComp LD-X(ニューバランス)

この3足は20-25mmの中厚底スパイクであるが、いずれも私が履いて走った時の感想はクッション性が高く、特にMetaspeed LD 0はシューズだと思った。つまり、走ってみた感じスパイクのように思えなかった(アッパーはスパイクの作りだったが)それは、明らかにミッドソールの厚さに関係していて、これまでのスパイクと比較すると上の3足はかなり分厚い。

一方、ドラゴンフライやアバンチTYOなんかは、クッション性があるがそれはどちらかというとミッドソールの柔らかさに由来していて、分厚いかどうかでいうと上の3足ほど分厚いとは感じなかった。どちらかというとドラゴンフライやアバンチTYOはシューズというよりかは“スパイク”だと感じた。

あくまで自分の感覚ではあるが、今回のシューズレギュレーション改定で対象となるレベルの選手であれば、スパイクを履いて競技をするべきだし(それぐらいの筋力レベルではある)世界陸連が厚さ制限を20mm未満にしたのはなんとなくわかった気がした。

あくまでトラック&フィールド種目はスパイクという種類のシューズで争われる種目であって、それがロード種目との違いだと考えれば、陸上中長距離にはクロカン競技も含めて様々な“性質”の競技があってもいいのだと納得がいく。

5000mと10000mにも微妙な違いがあるように、ロードの5kmとトラックの5000mにも微妙な違いがある。それが同じような性質にならないように、ロードで履くシューズは40mmまでの厚底がOK、トラックはややシビアな20mmのスパイクで行われる競技、ということで性質の違いがあり、それぞれの見所が微妙に違ってくるのがまた面白いのではないだろうか。

この件に関しては引き続き、世界陸連や日本陸連の公式のプレスリリース、続報を待ちたい。

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