初物

ふと財布の中身を覗いたら、やけにピカピカした500円硬貨が1枚入っている。まさかと思って取り出して掌に載せる。刻印されている文字を読む。

「令和三年」

小躍りした。その年の硬貨が手に入るとうれしくなりません?ぼくはうれしい。理由などない。ピカピカの硬貨に人は惹かれる。光り物に弱いのはカラスの専売特許ではない。人間をなめるな。

いつから財布に入っていたのか。気づかなくてごめんな。もう少し早く気づいていたら、家でお茶菓子でも出して、もう少しマシなもてなしの1つでもしたのだけど。いや、まだ遅くない。仕事が終わって家に帰ったら歓迎会をしよう。500円玉君はお酒はいけるかい?50円玉君と1000円札さんも誘おうか?とりあえず細かい計画は仕事が終わってから考えよう。しばらく財布の中でまっててね。

僕は500円玉を財布にしまった。そして財布を覗いたそもそもの理由を果たすことにした。飲み物が欲しかったのだ。だから自販機の前にずっと立っている。僕はもう一度財布を覗いた。500円玉君のほかには50円玉が1枚と1円玉が3枚。お札は10000円札が一枚。


僕は泣いた。出会えた喜びを分かち合ったばかりのピカピカ令和3年製500円玉ともう別れろってか?いつもレジでまごまごするのが恥ずかしくてお札で会計しがちな僕の財布とは思えぬ。なぜ今日に限ってこんなに整頓された中身なのだろうか。

泣く泣く500円玉をとりだして自販機に投入。サヨナラ500円玉、短い間だったけど、君の黄金のきらめきは忘れないよ。彼の犠牲と引き換えに手に入れたブラックコーヒーはことのほか苦かった。


数日後、500円玉との別れも記憶のかなたに消えかかったある日のこと。店で買い物をして受け取ったお釣りを流れ作業で財布にしまおうとしたとき、目の端に一瞬まばゆい光が走った。見覚えのある黄金の輝き。お釣りの硬貨の群れから500円玉をゆっくりとつまんで刻印された文字を読む。

「令和三年」

僕は泣いた。おかえり、帰ってきてくれたんだね。寂しい思いをさせてすまなかった。これからは離れていた分だけ一緒にいろんなことをしよう。春はお花見。夏はキャンプ。秋は紅葉狩り。冬はスキー旅行。ずっと一緒だよ。





あれから数週間。

僕の最愛の500円玉は缶酎ハイ2本の支払いに使われたことをご報告いたします。友情なんてこんなもんだよねハム太郎?

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