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岡口基一裁判官を罷免すべきか?

SNSなどで、趣味に関する投稿や自身が関与しない判決に対する意見を続けて投稿した岡口基一裁判官について、国会の裁判官訴追委員会が、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」があったとして、裁判官弾劾裁判所に罷免(免職)を求めて訴追すると決めた(2021年6月)。

岡口基一裁判官を罷免すべきか?

裁判官弾劾裁判所への訴追

高等裁判所長官から厳重注意処分を、最高裁判所から2回の戒告処分を受けた岡口基一裁判官(仙台高等裁判所)について、2021年6月に国会の裁判官訴追委員会(委員長・新藤義孝衆院議員)が裁判官弾劾裁判所に罷免(免職)を求めて訴追すると決めた。

これまでの投稿と処分概要

岡口基一裁判官は、

①性犯罪に関する投稿では所属した高等裁判所長官から厳重注意処分
②飼い犬の所有権を巡る投稿では最高裁判所から2018年10月に分限裁判による戒告処分
③ ①の厳重注意処分後に行った遺族や最高裁判所、所属庁への批判的投稿では最高裁判所から2020年8月に2度目の戒告処分

をそれぞれ受けた。
同裁判官に対する今回の訴追事由は、上記①から③に対するものである。

弾劾裁判(裁判官弾劾制度)とは

裁判官は憲法や法律に基づいて公正な裁判を行い、国民の権利を守るという極めて重大な責務を負っている。
この責務を果たすためには、裁判官は国会や内閣などから圧力を受けたり、特定の政治的、社会的な勢力から影響を受けたりすることがあってはならない。
日本国憲法も、「すべての裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、憲法及び法律にのみ拘束される」と定めている(憲法76条3項)。

これに加え、実際に裁判官が独立して公正な裁判を行うためには、裁判官が他の国家機関によってその地位を脅かされないようにする必要がある。
そこで、日本国憲法は行政機関による裁判官の処分を禁止し、在任中報酬を減額されないことを定めるなど、その身分を厚く保障して裁判官が独立して公正な裁判ができるよう配慮している。

しかし、裁判官であっても、国民の信頼を裏切るような行為を犯した場合には辞めさせることができなくてはならない。

そこで、日本国憲法において、理念として、公務員を罷免することが国民の権利であると宣言されていることや、身分保障が強く要請される裁判官をいたずらに不安定な地位におくことは望ましくないことなども考慮して、罷免事由等が限定された現在の裁判官弾劾制度が採用されている(「裁判官弾劾制度とは(PDF)」)。

罷免とは

裁判官が弾劾により罷免されるのは、次のいずれかに該当する場合である(裁判官弾劾法2条)。
①職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つたとき。
②その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき。

これまでは、
・事件のすみやかな処理を怠り多数の事件を失効させた
・民事の紛争に介入した
・にせ電話の録音テープを新聞記者に聞かせた
・事件関係者から物を受け取った
・児童買春をした
・女性に対してストーカー行為をした
・電車内で盗撮行為をした
などの例がある。

これまでに弾劾裁判を受けた裁判官は延べ9人で、そのうち罷免された裁判官は7人である。

裁判官の弾劾裁判をするのは誰か

弾劾裁判所で裁判を行うのは、国会議員の中から選ばれた14名(衆議院議員7名、参議院議員7名)の裁判員である。

罷免の判決を受けた裁判官はどうなるのか

罷免の判決を受けた裁判官は、裁判官の身分を失い、弁護士や検察官になる資格もなくなり、また、退職金ももらえなくなる。
ただ、罷免されると二度と弁護士等になることができなくなるわけではない。
罷免の判決を受けた本人の請求に基づいて、罷免の判決の宣告の日から5年を経過していて、弾劾裁判所が資格を回復させてもよいと判断したときは、失った法曹資格を回復する。
これまでに罷免された7人の裁判官のうち4人については資格回復が認められている(裁判官弾劾裁判所)。

罷免への賛成意見

・裁判官の品位を傷つけた。
(縄で縛られた上半身裸の男性の画像や「エロエロツイートとか頑張るね」などの投稿)

・被害者遺族の感情を傷つけるとともに侮辱した。
(「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男に、無惨にも殺されてしまった17歳の女性」などの投稿)

・裁判を受ける権利を保障された私人による民事訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示した。
(「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?3か月も放置しながら・・」などの投稿)

・訴訟当事者本人の社会的評価を不当におとしめた。
(「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?3か月も放置しながら・・」などの投稿)

・裁判官たるものは人権意識にすぐれ、人格的に高潔でなければならず、倫理規範を有していないといけない。

・裁判官が信頼を失うとその裁判官の問題だけでなく、司法、裁判、裁判所に対する信頼も広く傷つけられてしまう。

罷免への懸念意見

各弁護士会会長声明などによって、岡口基一裁判官の罷免を阻止しようとする動きがある。
岡口基一裁判官のSNSへの投稿が不適切なものであることを前提に、しかしながら法曹資格を失うという重大な結果を生じさせるまでの必要はない、というものだ。

以下に要約できる。

・岡口基一裁判官の投稿には確かに不適切なものが含まれる。

・しかし、これまで訴追された事案や、訴追を猶予した事案と比較すると、岡口基一裁判官の投稿等はこれら訴追事案に比肩するような犯罪行為に該当するものではなく、直接裁判の公正を害するようなものでもない。

・岡口基一裁判官の私的な表現行為を理由に罷免とするのは、行為と結果の均衡を失するため相当ではない。

・仮に、弾劾裁判所によって、裁判官の表現行為そのものを理由に罷免の判決が宣告された場合、弾劾裁判所の権限行使に予測可能性がなくなる結果、他の裁判官の意見発信を不用意に萎縮させてしまう危険がある。また、これまでの弾劾制度の厳格性が損なわれ、今後、他の裁判官の表現行為に不当に拡大されるおそれが生じる。

・人権の砦としての役割が求められる裁判官については、表現の自由を含む人権が充分に保障されていてこそ、その役割を果たして公正な裁判を維持することができ、それを通じて司法に対する信頼が確保される。

・裁判官が、市民として表現活動をおこなうことが、結局裁判官が適切な形で、裁判をするうえで重要であり、『傷ついた』という人について、それをもって、国民の信頼を損なったとして考慮するかは問題。

・裁判官の表現活動を制限していくと、裁判官は浮世から離れる。裁判は浮世のもめごとである以上、浮世から離れた裁判官が血も涙もある判断ができるのか。

その他の意見

・弾劾裁判所は公開される。公開法廷は、岡口基一裁判官にとっては、自分の見解を国民に対して主張する絶好の機会であるはず。堂々と身の潔白を主張すればよい。

・裁判官の私的表現活動の問題というより、司法制度や国民の裁判を受ける権利に関する問題だと認識すべきである。

・裁判官の表現の自由は、裁判や裁判所に対する国民の信頼の確保という見地から、制限をうけうる。

問題とされた投稿と処分

・エロエロツイートとか頑張るね
岡口基一裁判官は、2014年から、縄で縛られた上半身裸の男性の画像や、
「これからも、エロエロツイートとか頑張るね」
などの文章の投稿を行い、
「裁判官の品位を傷つけた」
として、 2016年、自身が在籍していた東京高等裁判所の長官から口頭で厳重注意を受けていた。

・無惨にも殺されてしまった17歳の女性
また、2015年に東京都江戸川区の自宅アパートでアルバイト先の元同僚で高校3年生だった女性の首を絞めて殺害し、現金を奪った強盗殺人事件について、2017年に、自己が裁判官であることを他者が認識できる状態で、
「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」
「そんな男に、無惨にも殺されてしまった17歳の女性」
などのコメントとともに、判決の主文などが記載されたデータのリンクを投稿するなど、被害者遺族に関する10件の投稿及び発言によって、これらを不特定多数の者が閲覧又は視聴可能な状態にして
「被害者遺族の感情を傷つけるとともに侮辱した」
として、東京高等裁判所から文書による厳重注意処分を受けていた。

・え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?
さらに、拾われた犬の所有権が元の飼い主と拾った人のどちらにあるかが争われた裁判について、報道記事のリンクとともに、
「公園に放置された犬を保護したら、元の飼い主が名乗り出て『返して下さい』 え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?3か月も放置しながら…… 裁判の結果は……」
などと3件の投稿をし、これに怒った元の飼い主が東京高等裁判所に抗議し、2018年10月に最高裁判所で分限裁判(裁判官の免官または懲戒についての裁判)が行われ、
「これらを不特定多数の者が閲覧可能な状態にし、もって裁判を受ける権利を保障された私人による民事訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すとともに、当該訴訟当事者本人の社会的評価を不当におとしめた」
として、岡口基一裁判官を戒告とする決定をした。

・そのあと
またさらに、2019年に仙台高等裁判所に異動したあとの、東京高裁事務局などへの批判的投稿(Facebook)について、高校3年生殺人事件の遺族は、仙台高等裁判所に文書で抗議をし、また裁判官訴追委員会にも裁判官弾劾裁判所への訴追を求める請求をした。
2020年8月には最高裁判所で2度目の分限裁判が行われ、2度目の戒告処分を受けた。

今回の弾劾裁判所への訴追内容は、これらを含むものであり、最高裁判所が罷免の訴追を請求していないのに裁判官訴追委員会が訴追の決定をしたのは本件がはじめてである。

なお、2021年6月、岡口基一裁判官は、高校3年生殺人事件の被害者の遺族から、精神的苦痛を受けたとして東京地裁へ提訴された。

「無惨にも殺されてしまった17歳の女性」について

「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」
「そんな男に、無惨にも殺されてしまった17歳の女性」
という投稿に対して、高校3年生殺人事件の被害者の遺族は、岡口基一裁判官の厳重な処分を求めて2017年12月に東京高等裁判所に提出した要望書の中で、
「被害者への尊厳への配慮が全くないどころか、事件を軽視し、ちゃかしていると感じる。現役の裁判官によるもので、強い憤りを覚えた」
と訴えている。

一方、この投稿に含まれる「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖」というのは捜査で明らかになったことであり、また「無惨」とは「残酷」「いたましい」「あわれ」「むごい」などを意味し、かえってこの事件のむごたらしさを強調していることから、岡口基一裁判官の投稿は、この事件の残虐性を浮かび上がらせ、また加害者への厳罰意識を高めるという受け止めをすることもできるという意見もある。

岡口基一裁判官とは

SNSに自身の画像を含めてさまざまな投稿を続け、司法制度を批判し、フォロワーを多数を持つ。
民事事件のベストセラー実務書「要件事実マニュアル」の著者でもあり、この本は弁護士なら誰でも持っているといわれるほどでもある。
なお、岡口基一裁判官は本件弾劾裁判所への訴追について、問題になっているのはツイートではなくて統治機構への批判にあるという立場をとっている。

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