すなしずロッキーゲーム

投げやりなタイトルからわかるように、即興です



 これは、私たちが神浜に向かう前。11月11日……正確には、その前日から始まった話。


◆◆◆◆◆


「……わ、なにこれ」

 荷物を自分の部屋に置いてリビングに戻ってきて、まず目に入ったのは膨らんだレジ袋。それはちょっとした存在感と共に、隅っこに鎮座していた。透ける赤色はお菓子の色みたいに見える。

「それね、お父さんが買っちゃったのよ。無駄にいっぱい」

「む、無駄じゃないさ!」

 お父さんの抗議も、お母さんはどこ吹く風。

「ほら、今までは集落にあんまり物持ち込めなかっただろ? でもできるようになったんだから、お友達の分も買ってあげようと思って!」

「もう半分はお菓子メーカーに乗せられて、でしょ」

 お母さんたちの会話がいまいち要領を得なくて、私は袋の中身を覗き込んだ。そして、すぐに二人の言っている意味を理解した。

 ロッキー、ルリッツ、ロッポ、ふ菓子、その他……。見事に棒状のお菓子ばっかりだった。そして、明日が何日かを思い出す。11月11日。ロッキーの日。

「うん。確かに集落にはロッキーとかないね」

「だろ!」

 お父さんが自信を取り戻す。そっか、そんなイベントもあったっけ。神子柴の下にいたせいか、こういう日常のイベントを色々忘れちゃってる。ちゃるは覚えてそうだな、こういうの。静香はきっと知らない。教えてあげようかな、ロッキーの日のこと。……ロッキーを使って、何をするかも。

「お父さん、考えてないのよ」

 お母さんが耳打ちしてくる。なんだろう。

「すなおが誰かとロッキーゲームするかも、ってこと」

「……えっ!?」

 心を見透かされたように思えて、咄嗟に声を上げてしまった。お母さんは面白そうに目を細めた。

「へえ……そうなの」

「ち、違うの! 静香はそういうのじゃ……!」

 失敗に気付いて、私は口を塞いだ。口は災いの元って諺を、今ほど身に沁みて理解したことはないと思う。

「まあ、時女の本家と!」

 お母さんは今度こそびっくりしたみたいに目を見開いた。でも、きっと半分誤解してる。お母さんの娘は、そんなに純粋じゃない。

「なあ、なんの話なんだ……?」

 一瞬で蚊帳の外に追いやられてしまったお父さんが、寂しそうな声を上げた。


◆◆◆◆◆


「おかえり、すなお!」

 翌日、夕方。集落への入り口で、静香は実家から帰ってくる私を待っていた。「ただいま、静香」と小走りに近付く。

「ちゃるはいないんですね?」

「観光のアイデアの考えすぎで知恵熱出したって、ちゃるの母様が言ってた」

「頑張ってますもんね」

 私たちは家への道を歩く。この集落において、かつての私はお手伝いという名目で神子柴の家に住んでいた。でも、今は静香とそのお母様のご厚意で、静香の家に住まわせてもらっている。一度は殺そうとしたのに、私はもう頭が上がらない。

「……あれ、その白い袋なに? 持つわよ」

 静香は私の持つレジ袋に気が付いて、自然な動きで奪い取った。……こういう気遣いのひとつひとつが、私の想いを微かに、けれど確実に深くする。

「ありがとうございます。中身はみんなへのお土産です」

「へぇ……。もう遅いし、配るのは明日になりそうね」

「はい。……ちなみに、静香はロッキーって知ってますか?」

「……すなお、わかってて訊いてるでしょ?」

 静香は疑うような目付きになった。予想通り、知らなかったみたいだった。

「ふふっ。後で教えてあげます」

「すなおって時々意地悪よね……」

 静香が可愛いから、意地悪しちゃうんですよ。この想いは、まだ伝えられないけれど。


◆◆◆◆◆


 寝室として与えられた部屋で、私は一人、畳の上で正座をしていた。襖を完全に閉じ、明かりは付けず、光源といえば障子越しの月明かりのみ。本当に“それ"をすべきかどうか、考えるために。

 私は目の前に置いたロッキーの箱を手に取った。箱は私を誘惑する。内なる衝動に身を任せよと。理性がそれを抑え込もうとする。静香の無知を利用するのかと。

 やめよう。私はこれ以上罪を重ねちゃいけない。ロッキー、あなたは明日、集落の人たちに配ります。未練は断ち切らないといけない。真人間に戻らないといけない。

「すなおー、入るわよー」

 その時だった。あまりに無造作に、静香は襖を開けて入ってきた。それも当然。私が呼んだから。……忘れてた。

「暗っ、どうして明かり消してるの? 付けるわよ」

 パチリ、と電気が灯って、静香の顔がはっきり見えるようになった。いつものツインテールは下ろされてて、こう言っては失礼だけど、お母様よりもちょっとだけ大人びて見える。今では見慣れた髪型だけど。

「あ、それがロッキー?」

 ひょい、と静香は私の手から箱を取り上げた。鮮やかな身のこなし、やっぱり静香はさすがですね。そうじゃなくて。

「お菓子? だから歯を磨く前に部屋に来るように言ったのね。でも夜にお菓子食べると母様が怒るから」

 そう言って、静香は箱を置こうとした。私は、その腕を掴んだ。

「気になりませんか? ロッキーがどんな味なのか」

 ごくり、と静香が唾を飲んだのを、私は見逃さなかった。私は目を見つめる。静香は目を逸らして……小さく、頷いた。

 ……なんで私は突き進んでるんだろう。静香はロッキーを置こうとしてた。あのまま何もしなければ、土岐すなおは夜に友達とお菓子を食べようとして失敗した、くらいで済んだのに。『静香とイケないことをする』っていうことの魅力は、私をおかしくするのかもしれない。

 私は静香の目の前で箱を開けて、中の袋のひとつを取り出した。「これを食べるの……?」と静香が呟いた。私は首を横に振って、袋の口を開けた。そして、その中に指を差し入れ、一本の棒状のお菓子を……ロッキーを取り出した。「これが……!」と静香が目を輝かせた。

「そう。これがロッキーです」

 ……大丈夫。まだ引き返せる。このまま静香にロッキーをあーんする。今更あーんを恥ずかしがるような関係でもない。私の理性がここで踏みとどまれば、私は友達に夜のお菓子の味を覚えさせた大罪人、くらいで済む。

「それじゃ、ロッキーゲームをしましょうか」

 ダメだった。私の理性はもう寝てしまったみたいだった。今日は随分早寝ですね。

「ロッキーゲーム? なにそれ」

「簡単ですよ。お互いにロッキーを両端から咥えて、先に折ったほうが負け。そんな単純なゲームです」

「確かに単純ね。でもてっきりチャンバラみたいなことをするのかと」

「私がすると思いますか」

「……意外とするかも?」

 イメージひどくないですか。私はわざわざ照明を消して、静香の口にロッキーのチョコのついた端っこを突きつける。

「いいから。やりますよ」

「うーん……でも……」

 静香は私を見た。その視線の意味を考える暇もなく、「ま、いっか」と静香はロッキーを咥えた。

「では、始めますよ」

 私はもう一方の端を咥えた。私たちは視線を合わせた。……ロッキーゲームが始まった。

 静香の顔立ちは、どちらかと言えば可愛いに分類されるものだった。ぱっちりと開かれた丸い目とか、鍛えてるはずなのにどことなく丸く見える顔の輪郭とか、いつものツインテールとか、笑顔の感じとか。でも、こうして髪を下ろして、真剣な表情をして、月明かりを受けた彼女は、お母様に匹敵するほどの美しさと、威厳がある。

 カリ、カリ、カリ。私はロッキーを食べ進める。一方、静香は全く動かずに、私を見据えている。まるで心まで見透かすかのような視線に、私の中の罪悪感がますます膨れ上がってくる。

 私から折ってしまおう。緊張してしまったと言えば、きっと静香は納得してくれる。それに、こんな方法でキスできたとして、喜べようはずがない。弱い心に負けた記憶として引きずるだけ。私は口元に力をこめた。

 静香が、首を振ってロッキーを折った。

 私は唖然として静香を見た。「チョコレートね、これ……中の棒の塩味といい感じでおいしい」と静香はロッキーを咀嚼し、飲み込んだ。

「ほら、すなおも早く食べちゃって」

 言われるがまま、私はこちら側に残ったロッキーを飲み込んだ。静香から視線を離さずに。

「ねえ、すなお」

 静香は私の頬に触れた。静香の手は温かかった。

「私、確かに外のことは何も知らない。ロッキーゲームとか、ロッキーのことさえ知らなかった。でもね」

 静香の手が、私を押し倒した。静香は私に覆い被さった。

「すなおのことなら詳しいつもり。なんでこの遊びをしようとしたのか、わかる気がする。多分、同じ気持ちだから。……違ったら、突き飛ばして」

 静香の顔が、近付いてくる。今度は、静香の側から。私は動けない。……そもそも、動く必要も、ないのかもしれない。同じ気持ちなら。


「……甘い」

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