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【創作大賞2022 応募作品】 夢の墓標 

人は何を求めているのか
侵されることのない自由か?
恋を語る相手か?

求めるものを探している
求めるものがわからないママ、僕は生きている
中也が言ったように、それは
めまひのするやうなものだ
全てに焦点が合わず、
本当のところ、その瞳には何も映っていないのだから
人は深い溝に囚われる
そこは誰も声も言葉も届かぬ海の底だ!
あらゆるものが、
ただ一筋の光にもなれない
いや、存在すらできないのだ
自らが
自らの言葉を造りだす
その時マデ、暗い海の底は
小さき生き物もいない、無の場所となる

話しかけてみても
自分の木霊が聞こえるだけ
何にもない真っ白な部屋
窓もない部屋
ここに入ってきたドアも
外に出ていくドアもない
何にもない部屋で
僕らは独り、たたずんでいる
子どもみたいに膝をかかえて
小さくうずくまっている

僕のために!
その溝を覗いてくれ
誰か!
僕を見つけてくれる?

ー 今日という日。今日というこの日に大勢のご友人が集まっていただいて。  きっと喜んでいることでしょう。

今日はいつもの日
今日といういつもの日
いつもの日のようで、全く違う日
きまって、今日も東から太陽が朝をもたらし、
心地よい風が何処からか清い空気を僕らの鼻に運んでくる

今日という日は

空は雲が立ち込めて、いつ、雨が降るのやら

僕は雨が降る匂いを知っている

朝露がいつまでも残っていて、僕らをある一つの共同体のように包む
遠くの空で雷が鳴った

ー 人は生まれ、やがて死んでいく。誰もがそうで、誰ひとり、このサークルからの例外はいません。彼もまたそうでした。それで私たちはようやく彼も人間だったことを認識するのです。

おや、
降ってきた
降ってきた
雨が
ずっと上に流れる雲に乗って
ポタポタと
雨が降ってきた

灰は灰に
塵は塵に
彼は永い眠りへとつくのです
彼の名をここに・・・

見てくれ
真っ白だ
彼の言葉は何処に
彼の人生は何処へ
これでは何も語れない
彼の本は噤まれた

おや、
さっきまであった靄はどこだろう
地面に還っていったのかしら
雨が
靄を打ち消して
僕らに届く
頭に
顔に
肩に
・・・僕に

今日という日
今日という日は
雨になった
僕らは泣いて
雨に混じった
冷たい雨だ

こんな日は床を暖かくしていたい
ねえ、そうだろう
ベッドから眺める窓に
ポツポツと雫が打ちつけて
土の匂いを漂わせる
そういう簡単な小さい出来事に
僕らは生きていることを感じる
命の幸せを知る
生きると死ぬるは同じことだ

今日は冷たい雨の日になった

僕の夢は破れてしまった
夢は破れて、それから去っていった
去っていく夢をめがけて
僕らは必死になって走った。もう一度、つかまえようと
去ってゆく夢はそれでも尚、輝いていた
僕の夢は何だっただろうか
立ち止まってしまった僕は取り残された
すると目の前にあったどこまでも続いていた道は
何一つ音も立てずに崩れていった
我に返った僕らは、空っぽで、何一つ持っていなかった
僕の夢は何だっただろうか
あれほどまでに信じていたものは!
もはやそれが何だったのか、思いも出せない
僕らの夢は、何処か遠くの
おおよそ辿りつけないほどはるか遠くの墓地に埋葬されてしまった

ああ、それなら
墓標を建てようか
夢の墓標を
それは何だか、僕自身の墓だ
土に還るこの身体、肉体の
墓よりもずっと、僕の墓
確かに僕の夢は破れたが
夢は何処に還るのだろう
等しく土か
空か
海か
昨日?
まさか
ああやっぱり
それはなんだか、僕自身の墓だ
夢の墓場は
墓標に何と刻もうか
誕生日も、命日もはっきりしないな
今日という日を刻めばよいさ
記念日だ
それじゃあまるで碑だ
そうか、
夢の墓は
夢の石碑だ
それで何と刻むんだ
その記憶がないもんだから
この身体に刻む文句が見つからない
これじゃあまるでのっぺらぼう
ただの塊だよ
石だ
土くれだ
ああ大変だ
僕らは言葉を失ったに等しい
これじゃあまるで心臓を見失い
おなけに呼吸の仕方を忘れちまったようなもんだ

いいや、僕らは遠くの地を求めていた?
ここではない何処か遠くの異国の地を求めていた気がする
レンガ造りの街並み
空気みたいに音楽がそこいら中に漂っていて
油絵のようにどこも濃く立体的で
空が飴玉みたいな風船で見えなくなる
そこが僕の居場所だと
名も知らぬ土地を夢にみていた
靄の中を飛ぶのと同じ

死者は僕に語る
彼の死を通して

全ては言葉
僕らは言葉で生きている
子孫である僕らは
今更、その運命に抗えない

ここに一冊の本が
でも、何も書かれていない
真っ白だ
生まれたてでもないのに
ずっと本は噤まれているの
一筋の光
孤独という暗闇を照らす
一筋の光
それが見たくって、思索の航海を旅する
一筋の光
一筋の光が
でも一体、僕は何を語ろうとしているのだろう
言葉を探している!
救いを求めている!
でも何の言葉か
何の救いか
僕は深く沈みゆく
言葉の群れで窒息する
割れそうで、でも破れはしない精神
薄皮に覆われた僕の人生
その全てがばらばらに?一筋の光を求めている
それはなんだ
求めているものがわからない
一筋の光の在るところ
ああ、だけど
全く恐ろしいほどの孤独があるだけだ
人知れず、独り部屋で流した涙は誰が為か
自分で自分を悲しむほどに
孤独なんであるよ

僕は酩酊している!
精神が酒となって
悲惨でみぢめな心は安酒だ
後味がひどく悪いんだ
これ以上、どこを探せばよいというのか
ああ、心が欲しい
僕の心が空っぽなのか
誰かの心を手に入れたいのか
二つをごちゃ混ぜにしてみたいのか
心を手に入れるというのは
愛されるということなのか?
こんなにも寂しいのは
僕はまだ、ただの一度も愛されたことがないからなの?
それとも愛ってものを感じられないのか

全く愛というやつは何処にあるんだろうか
それでいて、一体どんな形をしているんだろうか
真似はできる
そう、真似はできる
ねえ、君は愛を知っている?
愛らしきものはわかるけど、それを愛と呼んでいいのかわからない。だから、いいや知らない、と答えよう
らしきものでもかまわない
全く見当もつかない僕らにとっては、それでもないよりはマシだろう
それで、一体どうするんだ
まず、誰かに愛を語るんだ
ほう、語るのか
すると、愛とは言葉のことか
いや、わからない
単語か文章かはっきりしない
やってみてくれ
君を想うと、胸が痛い
あら、私、何か悪いことしたかしら
いや、ただの愛の文句だ
なんだ、まどろっこしいな
愛ってやつは余程のもったいぶりやか
恥ずかしがり屋さん
それから好きだっていうんだ
好きだ
好きだ
それから、愛してる!だ

なあ、わかる?
この気持ち
君を想うと夜も眠れない
僕は君の虜さ
いつの日も変わらず照り続ける、あの太陽に誓おう
君が怖がらないように暗闇を照らしてくれる、あの月に誓おう
君に幾つもの夢と物語を与えた、空に散らばる無数の星に誓おう
君が好きだ
君が好きだ
君が好きだ

僕の時間は何処にあるのか
僕の時間を過ごすのは苦手だ
それで僕じゃない時間を過ごすことにしている
満たされるというのはどういうことだろうか
報われる日が来ると信じている
この世界で
この、くだらない世界で
でも希望だけは見せてくれる世界で
希望は夢だ
夢は命だ
命は僕を生かす
生かされている僕は、泥の塊だ
何をもって
一体どんなもので
僕は僕たらしめればいいものか!
僕らは乞食だ
夢の乞食
孤独という夜道を歩いている
みんなでそれぞれ
全員が各々に
歩き方も
背負っている荷物も
歩調でさえも
様々に孤独という、死に向かう夜道を歩いている
そうだ
僕は歩くのを放棄してしまったんだ
乞食を諦めてしまった
それで、こんな気持ちなんだ
みぢめで悲惨な気持ち?
叫びたいけど、何の言葉も浮かばない気持ち?
どうしてだろう
みんな乞食なんだ!
俺は乞食を辞めたんだ!
なのにどうして
言葉にできぬほど
こうも寂しいのだろう
実に多くの人が僕を通り過ぎて
もうその数を数えるのもやめてしまったよ
彼らには、僕の声が聞こえないのだろうか
真っ直ぐ前だけをみて歩いている
ぶつかりもしないんだぜ

僕は語るのを諦めた
自分の言葉なぞ、ものの抜け殻
見てくればかり着飾って中身は空っぽ
カラの暗闇は全てを吸い込むほど真っ黒で
人はいつか死ぬんだ
できれば僕は雨の日に死にたい
僕は夢にみる
冷たい雨の降る日だ
温かさを知ることができるから
空には厚く灰色の雲が全てを覆っていて
空気は冷たく緊張していて
辺りには、靄だけが漂うんだ
何処にも逃げ場はない
逃げ場も、そして逃げ道も
ただ淡々と時は進む
どんなに辛く苦しんだって
時間は何よりも平等で
僕らと全く無関係に進んでいく
僕らは孤独だ
そしてちっぽけなただの一つの存在だ
しかし僕らの孤独は宇宙にも勝る
しがない生き物の
ただの一匹が持っている孤独
逃げ場もない孤独
船溜りさえない、孤島に人は住んでいる
本当に伝わる言葉なんて
ないんだろう・・・
この僕の気持ちがわかるものか!

言葉は命だ
存在しえないものにまで名前を与えた
どうしてだろう
先人たちは思いを馳せたのか
夢や希望を僕らに託したのか
愛は何処にある
永遠は
自由は
存在しないものたちに命が芽生えた
それとも大昔は存在していたの?
僕らは今、死者を生き返らせようとしているのだろうか

死者は僕に語る
彼の死を通して

わからない
見えない
思い出せない
僕らは僕の夢を見失った!
それでは生きていられない
僕は生きていられないんだ!
指の先から光に混じって
粉々に空中に散漫してしまうんだ
僕らの魂よ!
一体何処に消えたんだ!
一体何処に隠れたんだ!
もう僕は生きていてはいけない
そんなこと許されないだろう
それでも、やっぱり死ぬのは怖いんだ
このまま一息にかたをつける潔さも僕は持っていなかった
いつか夢が
僕らの夢を見つけられると信じていたい
そんな夢、夢ではない
だから、僕らは僕の葬式を上げることにした
僕らは僕が死んだことにした

僕は彼になり
僕は彼女になり
僕は僕でない誰かになった

僕は死ぬんだ
自分の死と向き合うのは誰だって怖いだろう
でも僕は死んでみるんだ
いや、夢がなくなった僕は
もはや生きてはいない
だから、ものの道理に沿うだけだ
ほら
今、僕らの目の前にあるものは
僕の死体だ
灰色で見かけは重そうだが
実質、質量なんてないんだろう
見掛け倒しの死体なんだ

僕の葬式に
大勢とは言わないが
数人の友が来てくれている
中には僕に涙をかけてくれる友もいる
雨が降る、冷えた初冬の昼下がり
清い言葉と共に土に埋められた
ゆっくりと、集まった人間は雨と靄の中に消えていく
なんて靄が深いんだ
皆の姿が
皆の背中が
見えなくなってしまう!
僕は一人、残された
僕が本当に悲しいのは
残されたことではなく
空っぽなことだ
僕が恐ろしくなるのは
命が絶えたことではなくて
僕が何処にいなくなってしまうことだ
誰が証明できようか
この虚しくみぢめな人生を孤独に生きた
僕という一人の、ちっぽけな生き物がいたことを
誰が知っている!
この僕がいなくなってしまえば
僕を知るものはいないんだ
人は孤独なんだ
僕が消えてしまう
一体何処へゆくというのだろう
少なくとも、ここではない何処かなんだ
新しい地では孤独ではなくなるのか
そもそも孤独の反対派なんであろう
何を指して、孤独という名を与えたのでしょうか
反対の状態もなくその言葉があるということは
そしてそれが真理を指しているということは
孤独とは人間のことだ
命あるものという状態を指す言葉なんだ
そうとは思わなくとも
どの人もそれから抜け出したがっている
だから愛を語り
だから空を見上げて
だから鏡をみる
そしてつぶやく
そうして叫ぶ

僕はここにいる!
太陽が明るい日も、雲が立ち込める日も
変わらず
季節が何度巡っても、幾年の年月が流れても
僕はここにいる!
僕は変わらずここにいるんだ!
たとえ信じてくれる人がいなくとも
たとえ隣にいる人が否定しようとも
僕のこの存在は揺るぎない!
僕が息をしているうちは
僕が眼を見開いているうちは

もう、死者の言葉は聞こえない

そうだ
僕らはずっと求めていた!
ああ、どうして忘れちまっていたんだろう
ああ、どうして亡びちまったと思っていたんだろう
変わらず同じものを求めているじゃないか!

諸君
諸君らは言っていた
諸君らは言い続けていた
亡びたのは夢じゃない
夢はずっと光を話し続けていた!
腐ったのは僕自身
この眼が、光を失った
裏切ったのは僕らだった

僕らは君を探している
僕らの話をしてくれる君を

僕が死んだ後、
僕らの夢を語っておくれ
夢は語られることでいつの日か物語になり
僕は孤独ではなくなる

月の見えない暗い夜道に
ぽつぽつと
街灯に灯がともるように
だんだんと
孤独ではなくなっていく

雨が僕に降り注ぐ
乾いた心を癒して
僕はもう
靄に消えてしまうのを恐れない

ほら、見てみろ
ああ、本当だ
道ができている
いつの間に
一筋の光だ
しかし、何処へ続いているのだろう
何処へ導こうというのだろう
やっぱりわからないな
でも、大丈夫
もう僕らは独りじゃない
さあ、行こう
さあ、行こう
この向こうに
この道が終わるところには
きっと、僕らの居場所がある

#創作大賞2022

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