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SF小説・インテグラル(再公開)・第四話「マッド・サイエンティストであり、ハッカーでもある男」

第三話はこちら。

 男は今日も、夜の街をさまよい大量のガラクタを買い集めてきた。インテグラル世界での彼の住処は、灯りのない裏通りにある古びたアパート、の屋根裏部屋だった。
「いひひ! いーっひっひっひ!」
彼は旧式のベッドの上に、集めてきたガラクタをぶちまけた。ガチャガチャという耳障りな金属音が響いた。
 
「いひひ! これだ! これがインテグラルの残骸……。インテグラルの遺伝子!! 私はもうすぐ、いひひ! 神になるのだ! インテグラル世界の神に! ひひ!」

 自ら開発した分解装置にそれらのガラクタをぶちこみ、男は解析用コンピュータの前に座った。かたたたたたと猛烈な速さでキーを打つ。画面にダイアログボックスが表示された。そこにはこう書かれていた。

 解析を開始します。しばらくお待ちください

 巨大で透明なグラスメタル製の分解機の中から、きーーーーーーーーんという高周波が発せられ、カビ臭い部屋の中が青白く照らされた。男は愉悦に顔をゆがめながらその光を見つめた。彼の身体は恍惚に打ち震えていた。
 
「インテグラル……、お前の秘密、暴いてやるぞ!! そしてお前のプログラム本体にウィルスをぶち込み、私がそこに私の記憶を転写したとき! この世界は私の支配下におかれるのだ!! ひひ!! いっひっひっひっひ!!」

 ぴー、という音が、解析の終わりを男に告げた。男は振り返り、ディスプレイを見た。そこに表示された文字を見て、男は一瞬わけがわからなくなり、その全身にどっと汗をふきださせた。

 残念でした! あなたはオトリ捜査にひっかかってしまいました。
 これから私は、あなたのもとにむかいます。
 何をやっても無駄ですので、手荒な真似はしないようお願いします。
              あなたのインテグラルよりw

 男は慌ててコンピュータの横においてあった銃を手にし、コンピュータの電源を切って玄関に向かった。扉をあけた男は、あっと叫んだ。そこには、巨大なカエルがいた。その肌は、アマガエルのように美しい緑色をしていた。カエルは男を見おろし、にこにこと笑っていた。男はつぶやいた。
 
「ち。イ……、インテグラル……か?」
「そうです私がインテグラルです! あなたのモクロミと野望はすべてお見通しでしたので、インテグラル特製でんぱ発信機を取り付けたメタルプレートをそっと忍び込ませておいたのです! さあもうお遊びは終わりですよ。私はあなたをここから排除しなければなりません残念ですがもう二度とあなたはここに来ることはないでしょう。さようならーーーーー」

 インテグラルが伸ばした手から、男は慌てて身体をかわした。この手に触れられたらこれまでの努力がすべて水の泡となるのだ。だが男は、インテグラルが、現実世界でのあらゆる格闘技を習得した、いわゆるマスター、であることを知っていたので、「ああ、もう駄目だ」、と感じていた。インテグラルの手に触れられたものは、その記憶に「違法」の烙印を押され、二度とこの世界に入れなくなる。現実世界一のインテグラル・ジャンキーを誇る男にとって、それは自らの死をも意味したのだった。男は目を閉じ、この世界から排除され、現実に戻されるのを待った。だが……。
 
「……、と思ったがやっぱりやめた! お前を殺す!」
 
え? と驚いて男が目を開けると、インテグラルの形相が一変していた。美しいエメラルドグリーンの肌は、汚らしい模様の入った茶褐色に変わっており、その眼は、猫の目のように縦に裂け、金色に光っていた。
「死ね」
 
インテグラルが男の首をつかんでひねると、ごきっという音がし、男の視界は真っ暗になった。次の瞬間男は、現実の世界で目覚めた。だがいつもの目覚めと少し様子が違う。男が見上げた天井は、普段見慣れた風景から90°ほど傾いていた。
「あ……。あれ??」
両手を動かそうとしたが、何の反応もない。男の意識は薄れ……、死んだ。


解説(ネタばれあり):

第四話でようやく「インテグラル」という言葉が登場しますが、まずは「インテグラル世界」という情報が提示されますね。

この世界では、住人が自分の住居を選び、住むことが出来ます。オンラインゲームの、仮想空間のようなものですね。

現実の世界で子供達が短命である理由、それが絶望的な現実が子供の精神に与えるダメージによるものではないかと推測した科学者達が、生き残った人間達に希望を与えるための、楽しみを提供しようとしたバーチャルな空間、それが「インテグラル世界」。いわばマトリックスという映画における、「マトリックス」という空間のようなようなものですね。映画マトリックスが登場したのが1999年、私がこの作品「インテグラル」を書いたのが2008年ですので、マトリックス世界も参考にはしているはずですが、もっと影響を受けているのはウィリアム・ギブスンのサイバーパンク小説と、コードウェイナー・スミスの「人類補完機構シリーズ」です。短命となってしまった子供達の延命措置を研究している科学者達は、人類補完機構のような役割と言えますね。

なおさらにネタバレしてしまうと、「インテグラル」という言葉には、「積分」とか「累積」とかいう意味がありますが、「完全」という意味もあって、「インテグラル世界」というのは、この世に足りない「希望」や「夢」を子供達に与えるために、作られた仮想空間であり、そんな意味を込めて「完全な世界」と名付けられました。

しかしそんな世界も、ハッカーなどによって「汚染」されてしまっており、そんなハッカーや犯罪者を取り締まるための特権や能力を与えられた存在が、「魅惑のアマガエル、インテグラル」というキャラクターなのです。

しかしそんな「完全な強さを持った正義のヒーロー」であるはずのインテグラルも、気まぐれで暴走することがあるというのが示唆されているのが、この第四話なのです。わかりづらいですね、てへぺろ!

※なお今回の表紙絵は、少し品質の悪さが目立ちましたので、少しだけ手直ししました。また最後の挿絵は、当時は「皮膚が赤く変色してグロテスクに変貌したインテグラル」だったのですけど、キモすぎるのでハッカーの死体に差し替えました。

おまけ・執筆時のラフ絵

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