03「MとRの物語」第一章 2節 再生

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第一章 第2節 再生

 ぎぎ、と俺の腕に絡みつく、光が鳴っていた。俺の全身は、絞り上げられていた。痛みとも、嫌悪感ともつかぬ不気味な感覚。だが、本格的な痛みはこれからだということを、俺は知っていた。なぜなら、俺はすでに何度もこれを体験していた。これとはすなわち、「再生」だ。

 ただ、小説家Mとしての再生は、これが初めてである。俺はその前には、俺ではなかった。その前にはさらに別の人間であった。そう、それが輪廻転生というものだ。これは誰もが体験している、だが、誰もが忘れ去っている体験である。なぜ忘れてしまうのか、というと、それには理由は特にない。神がそうと決めただけのことだ。小説家であった俺、Mが思いついたのは、そんな神に、ルールを書き換えさせることだった。あるいは、俺のために、特例を設けさせることだった。それは意外なほどに、簡単なことだった。


「わかりました。Mよ、あなたの再生を認めましょう、ただし……」
「ふむ……、ただし?」

神の出した条件。

その1、そこにいるすべての生命に、俺の記憶が共有され、全員が俺になっているのだが、その中で再生できる生命は、オリジナルの俺だけ、ということになった。

「実は無数の俺によって現実世界の征服を企んでいたんだがな、しょうがない」
「わかっていますよ。あなたは以前にもそうしようとしましたね。鬼となって」

「そうだな、かつて俺は現実世界でそのような企てをしたこともあった。だが今回もそうしようとした訳ではない。同じことをしても、詰まらないからな。だがいい。その条件を飲もう。もう一つの条件とは?」

「あなたが現実世界にもっていける記憶の量を、制限させてもらいます。あまりに多くの記憶は、人間たちには毒です。特にこの世界の秩序、ルールのすべてを、彼らに明かすことは断じてできませんのでね」

「制限とは……。Mとしての記憶は持ったままなのか? 小説のノウハウは? 書物から得た様々な知識は?」

「今言ったものはすべて、記憶として残してあげましょう。あなたが特別に再生された、Mの命のオリジナルである、という記憶も。でも、それだけですよ。あなたがこうして、再生を渇望している、その理由などはすべて、再生している間は、消させていただきます。それでもよろしいですか?」

「なんだと?」

「あなたは小説家Mとして、取材をしていて気付いてしまいましたね? 現実世界の日本の暗闇に横たわる、巨大な黒い竜の姿に。それに対する復讐をなすために、あなたは自刃という道を選び、ここに来た。そしてその目論み通り、現実世界に復活を遂げようとしている。でも、そこまでなのですよ。私はそこに、あなたの牙を抜いた上で送り出します。その牙とは、あなたの復讐の標的、目的、ですね。それを失ったあなたが、どのような苦悩の人生を、歩むのでしょうか。おほほほほ! おほほほほほほ!!」

俺は怒りに、眼を見開き、神をにらみつけた。だが俺に選択肢はない。やるしかないのだ。

「オッケーだ。2つ目の条件も飲もう。それだけか?」

「いいえ、あとひとつ。でもその前に……」


  どん!

引き絞られた光の、力が解き放たれ、俺は空間を猛烈なスピードで飛び始めた。飛ぶ、といっても、そもそも上下感覚のない空間だから、俺は自分がどんどん深い穴の中に、落ちていくように感じた。強烈な光、と同時に強烈な痛みが、俺の全身を貫いた。これだ、この痛みだ! 人間は、死ぬと地獄に行くと思っているけれども、そうではない。生まれてくるすべての者が、また、死んだ者すべてが、この全身を貫く、針の地獄を抜けるのだ! ああ、そのなんと甘美な痛み……。俺は痛みと快感で、うっとりとなった。あまりの痛みに号泣しながら、俺はそんな自分を、美しいと思った。これだから、再生はやめられない。いや、そうじゃない。俺には目的が! だがそれはなんだったのか。記憶が消されると言っていたが、もう消されたのか! 俺は一体、何のために……。

痛みに失神した俺が気づくと、針と光の空間はすでに抜け、俺は暗闇を落下していた。下の方には、ぽっかりと街灯のようなものがともり、そのやわらかで温かそうな光の中には、胎児がいた。ああ、あれが今度の、俺の身体か……。そう思ったとき、俺の視界の端で、何かがきらっと光った。まるでプラチナのような、強く香ばしい光。そこでは一人の少女が、椅子にすわり、本を読んでいた。俺はその本のタイトルに、猛烈に興味をそそられた。その瞬間、胎児に向かって落下していた俺の身体は、プラチナの光に吸い寄せられるように、ぐいっと曲がった。まずい……。これは再生失敗の兆しだろうか? 失敗したら、俺のこの意識はどうなるのだ! 狼狽した俺は絶叫した。だが、どうなるものでもない。

「Mよ! 戻りなさい!! そんなことをしたら……」神も狼狽している。

その時、少女の手元がアップになり、ようやくその本のタイトルが見えた。春の、雪……。そうか、そういうことか!! 面白い、やってやろうじゃないか。

俺は少女と衝突した。金属と金属がぶつかるような、嫌な衝撃と、痛み。だが俺は笑っていた。

<つづく>

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