35「MとRの物語(Aルート)」第二章 12節 告白

すべて正直なのが、いいとは限らない。
でもRは、その道を選びました。
収束したり、拡散したりしながら、未来は確定されていく。

(目次はこちら)

「MとRの物語(Aルート)」第二章 12節 告白

「お母さん、2巻読み終えたよ!」
残業を終えて帰宅した母親に、Rがうれしそうに報告した。

「そうなの? すごいね!
 2巻で挫折する人も、多いって聞いてたけど!」

母は奥の部屋に向かい、Rの父の遺品入れを探った。
最近は母親は、夜の食事の支度をすることはなかった。
Rが料理をしてくれるようになったからだ。
残業で疲れた身体に、そのRの心遣いほど、うれしいものはなかった。

「あった!」母は2冊の本を手にして、キッチンに戻った。

「3巻と4巻?」
「そう、Rちゃんなら最後まで読めそうだから、全部渡しておくね」
「うん、ありがとう」

2冊の文庫本を受け取ったRは、その2冊の、痛みが少ないことに気が付いた。
1巻と2巻は、何回も読み返されたように、ぼろぼろになっていたのだ。

「なんか、3巻と4巻は、まだまだ綺麗だね」

Rは文庫本をテーブルの隅に置き、席についてお箸を取り、いただきますと言った。母親もそれにならう。

「2巻は、どうだった? お母さんはまだ読んでないけど」

「うん……、ちょっと悲しいお話だったよ。
 1巻が、美しい女性の文体だとしたら、
 2巻の文体は、荒々しい男性の文体」

「文体……、か。へーー、それって作者が、書き分けたのかな?」

「うん、そう言ってた。あ!」Rは慌てて口を押えた。

「言ってた? 誰が?」

「あ、うん、友達がね、そう言ってた」
視線を母親からそらし、テーブルに向ける、R。

「ふーーん……」

 またお母さんに、嘘ついちゃった……。

Rは少し、後悔する。

 R、前から思ってるんだけど、母親には俺のことを、
 伝えておいた方がいいかもしれない。
 俺はこの世界で、神とのゲームを闘っている。
 いつ神のきまぐれで、Rや母親に、迷惑がかからないとも
 限らないからな。

 そう、なの?

Rは箸を止めて、母親を見た。

「ねえ、お母さん……」

「ん?」母親も箸を止めた。それを茶碗の上に置き、Rの顔を見つめた。

「あのね、さっき私、お母さんに嘘をついちゃった」
「うん、知ってた」母がにこりと笑う。

「それでね……、本当のことが言いたいの」
「どっちでもいいよ。私に打ち明けて、負担が減るなら言えばいいし、
 今言えなさそうなら、もう少し時間が経ってからでも」

 どうしよう、Mさん。

 俺も母親同様、お前の気持ちに任せたいが、
 乗りかかった船だ。せっかくだから打ち明けた方がいいかもな。

 うん……、そうだね、そうするよ。

Rは、Mとの出会いから、今日までのことを、
できるだけ簡潔に語った。
途中、母親は目を丸くしたり、ひゅう、と息を吸い込んだり、
眉間にしわを寄せて考え込んだりしていたが、
最後まで、何も言わず聞いてくれた。

「以上です、だからさっきの文体の話は、
 友達じゃなくて、Mさん本人が言ったの。ごめんなさい」

Rは頭を小さく下げた。ちら、と母親の顔を見ると、
母親は困ったような顔をして、Rと天井を、交互に見ている。

「うーーん……。なんだかすごい話ね。
 あのMの幽霊が、この平成の日本に……。
 鳥肌たっちゃいそう」

「そんなに、すごいことなの?」

「うん、もちろん。遠い昔になくなった人が、今現れて、
 しかもそれが、あの超有名な、大作家のMで、
 あの世の記憶も持っていて、あなたとちゃんと、
 コミュニケーションが取れてるって……」

母は両手で肩を抱いて、ぶるっと震えた。

「あんまりすごすぎて、武者震いがしてきたわ。
 それで、そのMは今、この部屋にいるの?」

「うん……。私の身体の中にいる……」

「そう……、ちょっと出てきてって、言ってもらえる?」

「わかった」

 Mさん?

 うん……、こうなるのはわかってた。今出るよ。

ずず、とMの左手が、Rの身体から抜け出す。
それを見た母親の眼が、ぱちぱちとすごい瞬きをした。

 どうやら、見えてるようだな。

 そうみたいね。

Mが全身を現すと、母は椅子からフラフラと立ち上がり、
恐る恐る、Mに近づき、その身体に触れた。

「はじめまして、Mです。
 娘さんに色々お世話になったり、迷惑かけたりして……。
 なんと言ったらいいか……」

「いえ……、こちらこそ、娘がお世話になって……。
 すごい……。ちゃんとこうやって、触れるなんて……」

母親はMの両手を取って、ぽろぽろと泣きだした。
Mは困ったような顔で、ちらちらとRを見ている。
RはそんなMを横目でみながら、麦茶に口をつけた。

ぐび、というすごい音がした。

<つづく>

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