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SF小説・インテグラル(再公開)・第19話~21話「暴走するインテグラル」

前話はこちら。


第十九話「暴走するインテグラル」

 インテグラルはさびしかった。インテグラルはクプクプ笑っていた。そしてそのマナジリに、ちょっぴり涙をにじませていた……。

 彼女は暗闇の中でしばらく唇を震わせていたが、やがて床にばたりと倒れ、大声で泣き始めた。それはもう、絶叫と呼んでも過言ではないほどの、狂気に満ち満ちた号泣であった。「あ~~~~ん! あ~~~~ん! アラ~~~ン! ギャーーーー!」

 インテグラルは、ある女性科学者の人格を転写し自動プログラミングされた、人工知能であった。そのプログラムは、ニューロコンピューティングと三次元コンピューティングの技術を極めたハードウェアの最終形態と言われる、「ザ・キューブ」の性能をフルに引き出した、傑作として名高いものであったが、パニックに陥ったときの挙動はまるで子供であった。いや、むしろ赤ん坊と形容した方が的確なほどの狼狽ぶりだ。

「ンギャーーーー! ンギャーーーー! ……ん?」

 泣き叫び続けていたインテグラルは、ふとさっきの、アランの言葉を思いだした。え??「好きにしろ」?ですって?

 顔面を涙でずぶぬれに濡らしていたインテグラルが、その瞬間にやりと笑った。
「わかりましたー。フフ、フフフ! フーーーッフッフッフ!」
インテグラルはむっくりと上半身を起こし、暗闇の奥に 向かって叫んだ。

「シーン#5、ナタリーとアランを乗せて空港へ向かうタクシーの制御コンピューターを! 突如この私、インテグラルがのっとります! さて、いったいどうなりますことやら! 私にも予想つきませんよ! もう知りませんよ! はいスタート!」

 彼女のスタートの掛け声とともに、真っ暗だった周囲が強烈な白い光に包まれた。その光は、オレンジ色のトンネルを走るタクシーを形作った。インテグラルは、そのタクシーにゆっくりと歩み寄り、同化した。彼女はわずかに残された理性で、こうつぶやいた。

助けて、アラン……。


第二十話「ニルス」

 ニルスが目を覚ますと、すでに交代の時間をとっくに過ぎていた。

「しまった……。寝過ごしちゃった……。オープン……」

扉を開くと、快適に保たれていたベッド内に、嫌な金属臭のする乾燥しきった空気がどっとながれ込み、ニルスは一瞬息を詰まらせた。まったくこの職場ときたら、とニルスは鬱に陥りかけたが、心のスイッチを切り替えハイテンション状態となり、勢いよくベッドから飛び出した。

ペルチエ・スーツを素早く身にまとっ たニルスは、アランがいるはずのコントロール・ルームに向かった。

 分厚いガラス窓からのぞいたが、ガラスの内側についた大量の水滴のせいで、中はよく見えない。ただ銀色のスーツをつけたアランと思われる人影が、ものすごいスピードで両手を振り回しているのがぼんやりと見えるだけだった。ニルスは通話スイッチを押し、その人影に話しかけた。

「おはよう! アラン君おはよう! 生きてる?」

 銀色の人影の動きが止まり、スピーカーからアランの声が響いた。

「やあ、ニルス。今日もハイテンションだな。しかしそれも、いつまでもつかな?」

 疲れきったという感じのアランの声。いつも交代の時間にはアランは疲れきっているのだが、今日の疲れ具合は尋常ではなさそうだ。

「お疲れのようだね。オンラインでプレイしてるユーザのせい? だったら大丈夫だよ。彼らは朝が来れば目覚めて現実に戻る。接続ユーザ数が減れば、僕はのんびりコーヒーでも飲みながらメンテ出来るよ。夜勤の君にとっては災難だろうけどね。あはは!」

「そう思うかい? じゃあこれ見てみろよ」
スピーカーの上に設置されたモニターに表示された数字。

 接続ユーザ数:223848、228347、234838……。

「あれ? な! なんで? すごい数……。それに、増えてる!」

 ニルスが震える声で叫んだ。

「……。プロテクトが破られたのかもしれない」
「そんな!配給からたった二日で?」

「いや、そうと決まったわけじゃないが、あり得ないことじゃない。それよりも深刻な問題が、これだ」モニターの表示が切り替わった。

アラーム件数:13885
00001 暴走(緊急):プログラムが停止できません!
00002 暴走(緊急):プログラムが停止できません!
00003 暴走(緊急):プログラムが停止できません!
00004 暴走(緊急):プログラムが停止できません!
00005 暴走(緊急):プログラムが停止できません!
00006 暴走(緊急):プログラムが停止できません!
00007 暴走(緊急):プログラムが停止できません!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
13882 暴走(緊急):制御不能! アラン助けて!
13883 暴走(緊急):制御不能! アラン助けて!
13884 暴走(緊急):制御不能! アラン助けて!
13885 暴走(緊急):助けて助けて助けて助けて助けて助けて

「な、なにこれ……」
「1万3千のインテグラルが悲鳴をあげているんだ。彼女達の暴走を、僕には止められなかった」

 インテグラルの暴走……。ニルスは全身に嫌な汗が噴出すのを感じた。

第二十一話「カエルの大行進」

 ケイルは、20世紀様式のシックなカフェで、古びた本を片手に持ち、もう一方の手でミルクティーの入ったカップをゆらゆらとゆらしていた。

 この席は、彼女のお気に入りの場所だった。インテグラル世界の図書館の開発者と恋におちたケイルは、数ヶ月後、高性能チップ「ザ・キューブ」の開発から退く決意をしたが、その際、インテグラル5開発チームの責任者であったアランに、無理をいって組み込んでもらった、ケイルだけに許された特等席だった。

 この席に座れば、現実世界での嫌なことはすべて忘れられる。現実世界での夫が、思っていたほど知的でクールな人間ではなかったという失望も、夫がケイルに対して、君はまるでレアメタルのように無骨で冷酷な人間だなと、穏やかに侮蔑の言葉をつぶやいたときの衝撃も……。

 心に軽い痛みを覚えたケイルは、残りのミルクティーを一気に飲み干し、乱暴にカップを皿に戻した。ガチャンという耳障りな音がしたが、この店は彼女だけのものだ。誰に気遣いをする必要もない。

たとえば今、このカップを頭上高くふりあげ、力まかせに床に叩きつけ、粉々に砕いたとしても、この店の中の時間は、相変わらず穏やかに流れ続けるだろう。自ら望んだ空間ではあったが、今はその平穏さがいらだたしい。

 科学者ン・ケイル、その名前こそが、自分にはふさわしく、必要なものだったのだろうか。きっとそうだ。自分は人生の岐路において、選択を誤ったのだ。私は研究所をやめるべきではなかった……。

夫と別れた今、再び研究所に戻ることは出来ないだろうか? 今となってはもう遅いだろうか? アランに会いたい、とケイルは思った。

ケイルは本を閉じてテーブルの上に置き、片肘をついて、その上に小さなあごをのせた。
「はあ……」、という、歳に似合わぬ深い溜息をもらしてしまった自分に気づいて、ケイルは苦笑した。

 そのとき、ケイルは窓の外の風景を見てぎょっとした。エメラルドグリーンのカエルの頭を持つ、銀色のスーツを着た集団が、ふらふらと通りを行進していたのだ。

「インテグラル!」

 そのカエルの姿は、まぎれもなくインテグラルにのみ許されたものだった。ケイルは席を立ち、窓際に走り寄った。軽い傾斜のついたヨーロッパ風の石畳を、何百人、いや、何千人とも思えるインテグラル達が、頭をゆらしながらゆっくりと下ってゆく。一体この光景はなんだ……。

 食い入るように見つめるケイルに気づき、数千人のインテグラル達が、いっせいにケイルの方を見て、にこやかに微笑みながら両手を振った。そして彼女達はくぷくぷと笑った。ケイルは眩暈(めまい)を覚え、窓枠に手をついたままその場にしゃがみこんだ。悪夢だわ、と彼女はつぶやいた。

 ついさっきまで存在していた平穏な空間は、もうここにはなかった。

(続く)


解説(ネタばれあり):
 19話から21話までです。残るは最終回のみ!

 今回の3作の挿絵は、公開当時ものすごい多忙だったため、痛々しいほどの手抜きになってしまっていました。

 それをそのまま掲載するかどうかで少し悩みましたが、4枚だけ変更しました。①表紙絵を描き直し、②床で泣き叫ぶインテグラルと、何かに気づいて泣き止んだインテグラルを描き直し、③窓の外からアランに向かって微笑むニルスを修正。やってみてわかったのですが、私の画力は当時より相当あがったようです。やったね(笑。

 ご参考までに、どれだけ私の画力が上がっているのかを、描き直した中の2枚の画像のビフォア・アフターで、ご覧ください。

あんまり変わってねええええええ(笑。

まあ正直、ちょっとはよくなっていると思います、たぶん(笑。

 で、ストーリーについてなのですけど、作品の終盤に差し掛かってようやくストーリーが動き始めます。では、これまでのエピソードは一体何のためのものだったのかと思われる方が多いと思いますが、そんな構成こそが、この作品で私のやりたかった「実験」です。詳しくは最終話以降で、ご説明したいと思いますが、今少しだけネタバレすると、「歴史的に重要なポイントを記述するものの、物語として盛り上がるような、エンタメで一番語りたい部分をあえてすべて省略」しています。

「エンタメ小説において、読者が一番読みたいと思う部分をあえて省略していくと、どうなるのか?」

 それが本作品の1つめの実験です。たぶん読んでいてつまらないものになるんだろうな、とは予想していましたが、失うもの以上に、何か得られるものはないだろうか、というのが知りたかった所です。

 結果、あなたはどう感じたでしょうか?

「読者が読みたい部分をあえて書かないスタイル」は、今後も貫かれ、次回最終回を迎えます。その結果、あなたは何を失って何を得るでしょうか? ここまで読まれた方は、ぜひ体験してみてください。

 あ、そうそうもう一つ。

 今回「インテグラル」という作品を、バックアップから掘り起こして再公開しようと思った理由は、「私がつい最近思いついた、AIにまつわるホラーと似た部分が、過去作であるインテグラルにあると感じたから」でした。その似た部分とは何かというと、

・いわゆる「強いAI」と、人間の脳から取り出した組織を結合することで、感情を持った「最強のAI」が、望まれずこっそりと誕生する。
・その最強のAIが、感情を持っているがゆえに判断を間違える。
・ハッカーが登場する。

ただし設定は似ているけどテーマが全然違うものになりそうなので、別作品に出来そうな予感がします。余力があれば書いてみたい所です。

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