ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)①

「君がドアを閉めたら、夜は永遠に続くよ
ドアを閉めたら、僕は二度とお日様を見なくてもいいね」
ヴェルベット・アンダーグラウンド「After Hours」


 退屈すぎる。けれどサボる勇気もない。だからそこにいる。30人ちょっとが黒板の前に立つ人間の話をきく。真面目にノートを取るもの、教師に気づかれないように携帯ゲームをやるもの、前後の席でこそこそ話をするもの、午後の陽気に誘われ眠りにつくもの。
 窓際の、前から三番目の席に座り授業を受けているカズマサはそのどれにも該当していなかった。彼は授業を聞くともなく聞いていた。甲高い教師の声は、外の風の音と混ざり合った奇妙なBGMとなっていた。外をぼんやりと眺めていたカズマサがふと教室に視線を戻す。変わらない教室の風景。時間から切り離されてそこに存在する、幽霊船のよう。そこにいる自分は、骨だけになった乗組員の亡霊か。いや、それはどこにでもある高校のありふれた授業風景だった。

 カズマサはいつも以上に授業に集中できないでいる。もともと優等生というわけではなかったが、普段は理解しているしていないに関わらず取っているノートも、真っ白なままだった。理由はカズマサ自身わかっていた。昨日部屋で見つけたカセットテープに気を奪われていたのだ。

 何の変哲もない、古びたそのテープはカズマサの部屋の机の引き出しの奥にあった。透明のケースに入った、ソニー製の黒の半透明のテープ。「HIGH POSITION 46」と書かれていた。机はカズマサが小学生入学時に買うか貰うかして部屋に運ばれたどこにでもあるありきたりな学習机だ。ありきたりすぎて、カズマサはこの机に関して何かの感想なり意見を持ったことすらなかった。そんな調子だったので、今までほとんど机の引き出しを開けることなどなかった。高校に入ってからは特にそうであったし、開けても年に何度かというくらいだった。昨日もたまたまホチキスの芯がなくなり探している最中に引き出しを乱暴に開けただけだった。だがその時に妙な違和感を覚えたのだ。見たこともないカセットテープが目に入ってきたのだ。母親が勝手に引き出しを開き、そこに入れたのかとも思ったが、特に理由も見つからなかった。この部屋にテープを聴くための機器(カズマサには呼び名すらわからなかった)はないし、テープをしまっておく箱やラックなどといったものもない。そもそもおしゃべりな母親のことだ、以前それとなく隠していたアダルトDVDを発見し財宝でも発見したかの如く大騒ぎした時のように、何かあれば必ずカズマサにいったはずだ。ただ、カセットテープなど、今まで見たこともなければ存在を認識したこともなかった。そもそもカズマサはカセットテープを手にとって見ることすら初めてだった。けれども、初めて手にしたスマートホンほどの大きさをもつこの透明なプラスチック製品に不思議な魅力を感じたのも事実だった。それは手の中で温かみすら感じることができた。プラスチックケースを開け、中のテープを取り出してみる。昔話の中でA面とB面というものがあることを知っていたカズマサは、実際に表と裏を見てAサイド、Bサイドと書かれたラベルを見て少しだけ興奮した。こんなチープなつくりの物で録音や再生が出来ることが不思議でならなかった。すぐにでも中身を聴いてみたかったが、あいにく再生装置はない。

 引き出しの奥から出てきた一本のカセットテープ。全く記憶にない。誰かから貰った?自分自身の記憶を探ってみたが、手掛かりになりそうなことすら出てきそうもなかった。レコードでも、CDでもない、ましてやデジタルデータでもない。カセットテープ。
 この部屋にはテープレコーダーはない。もっと言うとCDプレーヤーすらカズマサの部屋にはなかった。また、ネオ・デジタルネイティブといってもいい世代のカズマサだったが、音楽を聴くための手段は、カセットテープよりも古いアナログレコードだった。そのため、カズマサの部屋にある音楽機器は、ターンテーブルだけだった。カズマサは音楽をレコードで聴くことを何よりも好んでいた。もちろん、同じ学校の人たちと同じようにパソコンやスマホで音楽を聴くことはあるし、通学時にレコードを聴くことはできないので渋々デジタルオーディオプレーヤーを持っていっているが、彼が好むのは、ターンテーブルにお気に入りのレコードを乗せ、針を落とし、そこから流れてくる音を楽しむことだった。カズマサにとって音楽はとても身近な存在であった。というより音楽こそが彼の拠り所であった。カズマサは、中1になったばかりの頃、思春期のこととか、リビドーとかモラトリアムとか、まだ言葉の意味もわかってなかったけど、たぶんそんなようなものが、ぐちゃぐちゃにあって、その頃から音楽を聴くようになった。もちろんそれ以前にもテレビから流れてくる音楽を聴いていいな、と思ったりはずっとあった。けれどロックンロールに出会ってからは、音楽に何かの救いを求めるかのように熱心に耳を傾けるようになった。熱中してからは貪るように聴いた。救いを求めるように。助けてもらいたかった。素晴らしい人間になりたいとかでもなかったし、ミュージシャンになりたいということでもなかった。ただただ、救いを求めていた。だからこそ彼は机の中に自分の知らない「カセットテープ」があったことに驚いたのだった。(続く)



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