ウルトラ・フィードバック・グルーヴ(仮)④

 天井の少し下にある四角い箱状のスピーカーからは少しのノイズだけが聴こえてくる。それがテープからのものなのか、もともとのスピーカーのノイズなのかは判別できなかった。
「なんか違うのかな」
「わからん。そのへんのCDかけてみようぜ」              多田が提案すると同時に、無造作に重ねて置かれているプラケースから1枚引っ張り出し、トレイからCDを取り出した。数年前にヒットした日本のアーティストのCDだ。多田がイジェクトボタンを押し、CDを置く。もう一度ボタンを押すと、ディスクが吸い込まれるようにCDプレーヤーの中へ入っていった。数秒後スピーカーから、聞き覚えはあるが、カズマサが詳しくは知らないアーティストの音楽が大音量で流れてきた。
「ちゃんと音でるじゃん。そのテープに音が入ってないんじゃねーの?」
「かもな」
再びカセットデッキの再生ボタンを押す。ランプが切り替わり、テープの再生が始る。                             再びスピーカーは沈黙を始めた。
「やっぱりそのテープが空なんだな。なんかヤバいものでも入ってるのかと期待したのに」

多田がついて来たのはそんな理由からだったのかと半ば呆れたカズマサだったが、よく考えたら自分自身もそれほど変わりはなかった。テープの中にどんな凄いものが入っているのかと、心のどこかで期待している自分がいたのだ。そして多田以上にがっかりもしていた。最後まで聞いてみたい気持ちはあったが、多田が完全に興味を失っていること、顧問との約束の時間が迫っていることにより、諦めるしかなかった。デッキからテープを取り出し、卓ももとに戻し、二人は放送室を出た。

 鍵を顧問に返却し、多田とは帰り道が反対なので、校門で別れた。カズマサの家は学校から電車で1本、駅7つだ。最寄りの駅からは徒歩で7、8分。時間にするとトータル45分程度だ。そのことに対しては特に不満も満足もなかった。そもそも高校を決めるのも、中学の担任がここにすればと勧めてきたものに対してそこでいいですという軽い気持ちで決めたものだったし、部活がやりたいからだとかもなく、もちろん大学進学のために勉強したいからなどという気持ちもさらさらなかった。ただ、そこに高校があって、勧められ、試験を受けたら受かったから通っている、その程度の思いしかなかった。そのことすら考えているかも怪しいので「思い」という言葉すら正しいかわからなかった。

 自宅に到着したカズマサは、玄関を開け、靴を脱ぎ捨て、自分の部屋がある2階へと上がる。1階では母親がキッチンで料理を作っている姿がリビングのドアのガラス越しにチラと見えた。部屋のドアを開け、学校の鞄を机の上に投げ、自身はベッドに制服のまま寝転んだ。カズマサの部屋は実にシンプルだ。平均的な高校生の部屋と言えるかはわからないけれど、ごくごく一般的な部屋だ。六畳の部屋には小学生の時からある勉強机、その横にパソコンデスク。漫画と雑誌がほとんどを締める本棚。備え付けの洋服ダンス。部屋の隅にはカズマサの普段の定位置、ベッドがある。驚くほど整理整頓されているとは言いがたかったが、それでも一般の高校生男子と比べると、綺麗に片付いた部屋だった。ただ一つ、他の高校生とは違う点がある。部屋の一角に佇む、ターンテーブルやアンプ、スピーカーのオーディオたちだ。どれもリサイクルショップで手に入れたもので、高校1年生の時に短期のアルバイトで手に入れた安物だった。ほとんどが日本製のものだったが、カズマサが生まれる遥か昔のもので、おそらくは1980年代に作られた、オーディオ好きのためのものというよりは、当時の一般家庭を対象としたありふれた機器だった。もちろんいつかはこだわり抜いたオーディオを揃えたいという願望はあったが、知識も経済力もほとんどないカズマサにとっては、今のところはまだ見ぬ未来の話であった。それでもカズマサはこの自分のオーディオセットを気に入っていたし、これらでアナログレコードを聴くことが何よりも好きだった。カズマサは横になり、取り出したスマホを特に目的もないまま弄り始めた。ほんの2、3分のうちに階下の母親の呼ぶ声が聞こえてきた。夕食ができたらしい。カズマサは返事をせずに、立ち上がりダイニングに向かう。ダイニングに行くとあらかた料理が並べられ、すぐにでも食べられる状態だった。母親はカズマサの方を見ずに、支度を続けている。キッチンに立ち、二人分の味噌汁を用意しているところだった。それですべてが揃うようだ。カズマサは席につくと聞こえるか聞こえないかの声で「いただきます」と言い、冷奴に醤油をかけ、箸を取り、ご飯を食べ始めた。母親も両手に味噌汁を持ち、一つをカズマサの側に、もうひとつを自分の側に置くと席に着いた。

 無言で夕食を口に運ぶ二人。テレビは点けてあるが、音は消してある。バラエティ番組だろうか、画面の中では、タレントが予定調和な驚きの表情やコメントをしているようだった。箸が食器に当たる音や、テーブルに置く音だけが微かに響く。両者とも無言でいることを不思議に思っていない。むしろ当たり前のような様相だ。五分ほどそんな時間が続き、ようやく母が口を開いた。
「明日、パパの所に荷物持っていって」
「なんだよ、いきなり」
「用事ができて行けなくなっちゃったの、代わりに、ね?」
「……」
「ねぇ、聞いてるの?」
「……面倒くさいよ」
「良いじゃない、学校終わってからでいいから、どうせヒマでしょ?」
どうせという言葉が引っ掛かったが、実際何の予定もない。いや、待てよ、カセットテープのことがあるぞ、放課後もう一回放送室に入らせてもらうか、それとも……
「じゃあ頼んだわよ」
考えごとをしていて黙っていたのを了承したのだと捉え、母親は食事を再開した。
「何を持っていくわけ?」
「今言ったでしょ?パパ、急な仕事が入って会社に、泊まらないといけなくなったんだけど、着替えがないのよ」
「は?会社ってそんな遠くないじゃん、取りに来ればいいっしょ」
「あんたねぇ、毎日暇を持て余してるしょうもない高校生と違うのよ、愛する妻と可愛い息子のために懸命に働いてるのよ」
口で敵うような相手ではなかった。カズマサは観念した。
「わかったよ」
とてつもなく気が進まなかったが渋々承諾した。(続く)

 

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