記憶の夜
すべてが止まってるのに
時計の秒針の音だけが
1秒、また1秒。
さとしがこんな冗談を言わないのはわかってた。
だから
理由が聞けなかった。
真剣な顔で言うから。
怖かった。
この先、生きて行くことが急に怖くなった。
「わかった。」
私がそう言うと
さとしは泣いていた。
泣いたわけも
聞けなかった。
泣いてるさとしを見たのは
お父さんが亡くなった時以来だった。
「荷物は悪いんだけど捨ててくれるか?」
「うん。」
喧嘩も出来ない、理由も聞けない
目も合わせられない。
何も考えられなくなってた。
無言のまま、さとしは玄関に向かった。
私は後を追いかけた。
いつも出かける時は玄関まで見送ってたから
たぶん、本能で動いてた。
振り返ったさとしは私を力いっぱい抱きしめた。
私は涙が堪えきれなくなった。
さとしは何も言わずに抱きしめるのを辞めると
出て行った。
この日を
何度も
思い出す。
あの時、理由を聞けたら。
あの時、行かないでって言えたら。
あの時、追いかけてれば。
あの時、嫌だと言えれば。
あの日からもう
一年が経とうとしていた。
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