中華の夜
「お疲れ様。初めてのお給料ね。そうだわ。言い忘れてたかもしれないけど、車代、スーツ代、ガソリン代、宿代、あなたのことはすべてあなたの500万から出てるから。うふふ。残りがあなたの給料よ。あとで秘書から連絡が来ると思うわ」
寝耳に水。
上手い話には裏がある。
俺の予定はかなり狂った。
話が違うと暴れるところだった。
現実は疲れすぎて落ち込みすぎて何も言えなかった。
後で秘書とやらから連絡が来た。
車の代金は分割にしてくれるそう。
ところで、城ヶ崎マリという人は
ケチなのか、
金持ちなのか、
ケチだから金持ちなのか?
嫌なやつに見えてきた。
レクサスは2000万するという。
月に200万ずつ返しても10ヶ月はかかる。
それに親父の借金も返す。
手元に残るのは、、、とりあえず、やるだけやってやる。
亡霊のように働いた。
来る日も来る日も運転をした。
たまに休みをくれるが
日本中のどこで休みになるか分からない。
休みの日はとにかく泥のように眠った。
そんな生活が1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月。。
とうとう、一年経った。
そろそろ車代とやらが終わり、
本格的に親父の借金が返せる。
「スーツを新調しなさい。あと、美容室に行きなさい。あと、女と遊びなさい。今日は休みよ。明日は夕方に名古屋に行くわ。」
朝、城ヶ崎さんからメールが来た。
俺は車から降りてシャワーを浴びて
仕立て屋へ向かった。
「久しぶりじゃなぁい!!あなたまだ続けてたのね!偉いわ!こっちいらっしゃい!だいぶ痩せたわね。ちゃんと食べてるの?」
俺は何も答えなかった。
「体を鍛えてたらどう?せっかくの長い腕に覇気がないわ!長い足も、勿体無い!ほら!こっちに座りなさい!お茶持ってくるから!」
俺はまた、何も言わずに椅子に座った。
「今日はおやすみなんでしょ?何するの?」
「床屋に行って、寝ます。」
「甲斐性のない休みね!私もあなたが終わったらあとはないから、一緒に出かけましょう!朝ごはん食べてないでしょ?」
「少しなら」
正直、眠りたかった。
俺の生活を知ってて出かけようなんて言うのか?
とりあえず、床屋に行った。
「男前でしょ?似合う髪型にしてちょうだいね!」
俺は母親と来たバカ息子のように不貞腐れて
椅子に座っていた。
「あらー!!!見違えた!!似合うわ!!お腹空いたでしょ?さぁ!行きましょ!美味しい中華があるの!奢るわよ!たくさん食べなさい!」
店員に苦笑いをされながら
俺とおばちゃんは店を出た。
中華の店につき、
次々料理が来る。
「あなた、なんでこの仕事してるの?」
「…」
「言いたく無いのね!全く!可愛い顔して手の焼ける息子みたいだわ!」
腹も満たされて
眠気が来た。
そんな俺を見て
またおばさんはなんやかんや言っていた。
「ずいぶん昔だけど、あなたに似た人がいたの。何も話さなくてね、高身長で男前で、無口で。3年ぐらい働いてたんじゃないかしら。その頃は私だけじゃなかったのよ?仕立てはもっといたのよ。仕立て屋の中でもあの子は格別にいい男だった。ある日、突然いなくなったの。その少し前に私、ここにあの子を連れてきてたのよ。食べ終わった後、初めて〝ご馳走様。ありがとうございました。〟って言ったのよ。それからすぐ、いなくなったって聞いて。どっかの女の子と歩いてるのを見かけたとか、噂があったけど、あの中華から私は会ってないわ。どうしてるのかしら。」
俺は、その人が、羨ましかった。
何か、目的を達成したんだろうなと思った。
終わったから、自分の生活に戻ったのか、
それは分からないけど
羨ましく思った。
「ごちそうさまでした。俺はしばらく飛ばないから、安心してください。」
「なーに!!あんたもいつかいなくなるの?!せめて、お願いだからいなくなる時は教えてちょうだい。私ももう長くこの仕事はできないわ。あなたで最後になるかもしれないのに、心配して過ごすのはごめんなのよ」
おばちゃんは俺の手を握って涙ぐんだ。
何も言わずにその手を握り返した。
ホテルに戻ってしばらく寝れなかった。
こんな仕事を3年もやったのかよ。
その人に会ってみたいな。
名前ぐらい聞けばよかった。
気がついたら眠っていた。
明日は夕方から名古屋か。
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