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この先の希望
とある零細企業、(有)大モンゴル工務店に『中川大志』という男有り。
この男、名前こそ中川大志であるが、歳は四十六にして歯が数本溶けている、似ても似つかぬ腑抜けた面の企業戦士である。
私の名前は中川大志。
工務店で働く会社員である。
皆様方よ、今、私は非常にエキサイティングに昂っているのだ。
本日付で弊社に入社した中途社員、場連 吉人喪(ばれん よしとも)の存在がその要因である。
歳は二十七の若者で、整髪剤で必要以上に固められたクールな頭髪に、よく焼けた肌。
制服は胸元までガバッと空けて、目のやり場に困っちまうくらいセクシーだ。
彼は朝礼時の入社挨拶で、ギラリとした鋭い目つきで従業員を見渡した後に私を見やると、ニヤリと笑ってみせた。
この時点で、既に私の心はガチッと掴まれていたのだ。
朝礼が終わると、彼は私のもとにツカツカと来て、デスクを両手のひらでバツンと叩き、こう言ったのだ。
『中川さんっすか?中川さんの仕事、俺、全部やるんで。たぶん、俺やったほうが、上手くいくんで。』
きたきたきたよ。
これだよ。遂にきたよ。
これが、『後輩からの突き上げ』ってやつだよ。
絵に描いたような生意気な後輩からの、ドラマみてえな突き上げがきましたよってに。
私はここで勤めて二十五年。これを待ち望んでいたんだよ。
今までの後輩と来たら、私とろくにコミュニケーションも取らず、
向上心があるんだか、ないんだか、決められた仕事をただこなすだけの連中であった。
皆、私に無関心。
だが、彼は違う。
心の底から最高と思える生意気さだ。
ついつい嬉しくなってしまった私は、昼食で食べる予定だったクリームパンをその場で喰らった。そりゃもうクリームをあちこち飛び散らせながらね。
昼飯が無くなった為、外食にて昼食を済ませ、会社に戻ると、彼が皆のデスクを回りながら、叫び散らしていた。
『てゆーかさ、あの中川大志っておっさん?いらねーでしょ。老害でしょ。新陳代謝っつーの?これからの時代は俺みたいな若いのが引っ張っていかねーと。
つーか、中川大志ってマジかよ。よく普通に外出れんな。やべー。』
私が戻って来ていることに、たぶん彼は気付いていない。
いや、まさか気付いてはいるが、わざと……?
益々最高じゃんすか、スカジャン。
私はわざとらしく咳払いをしてみた。
彼は私をちらりと見ると、またニヤリと笑ってみせた。
私は少しイッた。
午後からの会議でソレは起きた。
社員全員出席の会議で、進行は、いつも最年長の私の役割であるのだ。
いつも通り、話を聞いていない連中を前に、無意味な会議をおっ始めようと思った時、
彼は私を押し退け、皆の前に立ったのだ。
『あのー、今この時、この瞬間から、俺、進めていいっすか?その、持ってるんで。いろいろ、意見とか、アイデアとか?
中川さん、あんたは下がっててよ。』
「あんた」って言った!?
早くない!?いくらなんでも!?
何!?私をどうしたいの!?最高!!
皆に悦びを悟られぬように、俯き身震いしていると、予想外の出来事が起きた。
「おい、お前!!中川さんになんてこと言うんだよ!!謝れよ!!」
コイツは、営業の倉持だ。
私となんて一切話してこなかった倉持が、何故……?
呆気に取られている私に倉持が向き直って再び口を開いた。
「中川さん、すいませんでした。俺も今まで散々、中川さんに生意気な態度取ってきましたけど、コイツの態度だけは許せなくて……!」
すると、今度は女性社員の春日部が立ち上がる。
「そうよ!!あんた少し生意気過ぎない?第一、新人のクソガキのくせに、雑務も全くやらないアンタに、人のことをとやかく言う資格なんてないんじゃなくて?でやえぇい!!」
春日部まで……どうしたと言うのだ……?
すると、皆が堰を切ったように、「でやえぇい!」と叫び始めた。
場連は突然の総攻撃にたじろいでいる。
おいおい、お前らって奴は……
やめてくれよ!!せっかく、せっかくいいとこだったじゃん!!
折角、彼とサシで拳を交えていたのに!!お前らアレだろ!?「アントニオ猪木対モンスターマン」の異種格闘技戦知らないだろ!!
この例えを何で出したのか私にもよくわからん!!すまん!!
気が付くと皆、静かになっており、彼の方を呆然と眺めていた。一体、今度はどうした?
すると突然、『ゴビュッ』という嫌な鈍い音が響いた。
直ぐ様彼の方に振り返ると、今まさに、彼の顔面に経理の神部の頭突きが炸裂していたところであった。
神部は慎重が二メートルに届きそうなくらい高く、身体も筋肉質でガッチリとしている。
無愛想で言葉を話している姿は見たことがない。まさに怪物だ。
そんな怪物から放たれた一撃で、場連はバタリと倒れ込むと、数秒の沈黙の後、けたたましい叫び声をあげた。
顔をおさえ、ぴくとぴくと痙攣する場連の姿に皆、一様に息を飲んだ。
「少し、おいたが、過ぎるですー。」
初めて神部が喋った(のを見た)。
コイツこんなタラちゃんみたいな喋り方だったのか。
私はハッと我に返り、神部を止めようとした。しかし、神部は足を振り上げると、倒れている場連の股間目掛けて思い切り振り下ろした。
「やめ……」
私の声が届く前に、場連の股間で何かが弾けた音がした。
場連は一瞬、地の底から沸き上がるような唸り声を上げた後、白目を剥き、失神した。
口からは血の泡がコーラのソレの如く、ボトボトと溢れていた。
「きゃああああ!!」
女性社員が叫び声を上げると、辺りはパニックに包まれた。
私はただただその場に立ち尽くすしかなかった。
その後のことは、あまり記憶がないのだか、私は会社を退職することになった。
社長の意向で、この一件は内密に済ませることにしたのだが、その責任を私が背負い、会社を辞めることになったのだ。
どうやら、神部の親戚には「ヤ」の付く恐い方々がいるらしく、下手に神部をクビにしようものなら、大変だよね、ということであった。
退職が決まると、神部は泣きながら、
「ごめんなさいです。許してです。」
と土下座をしてきた。
私は彼の肩を二度、ぽんぽんと叩くと、
「ありがとう。」
と彼に呟いた。
彼と私に当たる日の光が清々しいほどに眩しかった。
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