デス・ちんこ

「6月6日に咲耶を殺そう。」

秀太が震える声で呟く。
額にはプツプツと汗が滲み出ており、目を充血し、異様な光を放ちながら妻の美恵子をしとかりと見据えていた。

雨がジトジトと降り続き、何か殺してやろうかと苛立つ程に蒸し暑い日に、轍 咲耶(わだち さくや)は産まれた。

素直ないい子であった。
学校であったことも、帰ってくると直ぐに全てを報告してくる。
秀太も美恵子も、楽しそうに話す姿が何よりも好きであった。

咲耶の身に異変が起きたのは大学に進学して数ヶ月経った頃であった。

秀太が仕事から帰るなり、咲耶は秀太を自室へと招き入れ、曇った顔で不安そうに「ちんこが何だか変なんだ。」と打ち明けてきた。

見ると、スキニーの上にくっきりと浮かび上がったちんこは「読売ジャイアンツのロゴ」の形をしていた。

一体全体何をどうしたら、こんな複雑な形になるんだと秀太は驚愕したが、今にも泣き出しそうな咲耶の顔を見ると、これ以上不安にさせるのは酷なことだと思い、
「年頃の男にはよくあることだ。気にするな。」
と肩を叩き、笑って見せた。
実際は、秀太自身も不安と驚きで脳ミソがぐるぐるしていたが、それを悟られぬよう、無理矢理笑顔を作ると、咲耶も安心したのか、「ありがとう」と笑い返してくれた。

秀太はそれから、ちんこのことで頭が一杯になった。仕事もろくに手がつかず、何をしようにもアレのことが気になって仕方がない。
美恵子にはこのことを話していなかった。
言えばきっとパニックになるだろうし、何より咲耶も、父にしか相談できないことであったから、秀太を自室に招いてまで伝えてきたのであろう。

外回りをしている最中、不意に秀太の携帯が鳴った。
美恵子からであった。
何故だか嫌な予感がして電話に出ると、その予感は現実となり、重たい鉛のように秀太にのし掛かってきたのだ。

「咲耶が人を殺した。」

警察署に保護されている咲耶の元へ飛んでいくと、そこには全身返り血で染まり、虚ろな目をした人形が両脇に警官を従え前を見つめ座っていた。

言葉が出ずに呆然と立ち尽くしついた秀太は、警官に別室に通され話を受けた。

警官曰く、「咲耶のちんこを見た友人の一人が、急に全身から血を吹き出し、そのまま死んでいった」
とのことだ。

信じられない話であった。
警察も信じられないことだと言っていた。
しかし、事実に限りなく近いことなんだと言う。

現場での複数の目撃証言があり、皆口を揃えてそう言ったらしいのだ。

結局、この件は事故として片付けられたが、不可解な事故は世間は騒がせた。

それから数週間後、再び惨劇が起きる。

またも、咲耶をちんこを見た人が、前回同様全身から血を吹き出して死んだのだ。

現場は凄惨を極めた。
真っ赤な絨毯の上に肌色の座布団があるような、生きたまま、上から巨人にでも踏みつけられなければ、こうはならないであろう、そんな死に方であった。

今回のことも、やはり事故として処理されたが、いよいよ世間は咲耶に集中放火を浴びせ出した。

ネット上には「平成の 殺戮マシーン デス・ちんこ」なる川柳と共に咲耶の顔写真と実名が晒された。

それでも咲耶は一流企業に勤めるという夢の為に、大学へ通い続けた。

しかし、一人、また一人と死体が増えていくと、いよいよ大学側が咲耶に除籍を伝えたのであった。

この件以降、咲耶はどんどん弱っていった。
見る見るうちに窶れていく咲耶にも攻撃は止まず、次第に自室に引きこもるようになった。

秀太と美恵子は憤慨し、必死に咲耶を守ろうと努めた。

そんな親子に止めを刺す出来事が起きる。

久しぶりに居間へと降りてきた咲耶と親子三人でテレビを見ていたときであった。

「プレバト」で梅沢富美男が詠んだ俳句に皆が凍り付く。

「青葉潮 殺戮マシーン デス・ちんこ」

梅沢富美男が自身の句の良さを熱弁すると、夏井先生も絶賛していた。

親子の顔からは完全に血の気が引いていた。
鬼畜だ。触れてはいけないものに触れただけでなく、それを公共の電波に乗せ、全国へと発信している。この男は、鬼だ。

ふいに咲耶がポツリと呟いた。

「父さん、母さん、もう限界だよ……。」

6月6日は咲耶の誕生日であった。
皆で豪華な夕食を終え、咲耶は久しぶりに秀太と風呂に入った。
子供の頃の思い出なんかを話して、長湯を楽しんだ。
綺麗な身体のまま、咲耶は床についた。
咲耶が寝たことを確認すると、秀太は頸に両手を置くとゆっくりと全体重をかけた。
咲耶の呼吸が完全に止まると、秀太は声を出して泣いた。
それに気づいた美恵子も、寝室に駆けつけ、冷たくなった息子を見て泣き叫んだ。

依然としてチンコは読売ジャイアンツのロゴのままであった。

後に、判明したこととして、読売ジャイアンツのロゴのように見えた形は、呪いなどで稀に使用される特殊な符号に酷似しているのだという。
しかし、何故いきなり咲耶のチンコがその形になったのか、何故特定の人しか死んでいないのか、これは一体何の話なのかは一切わかっていない。あざした。