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狂ったソレ

これを不条理と呼ばずして、何と呼ぼうか。

私は元々、『若者に大人気の飲料水』という、ようわからんキャッチコピーの健康食品を個人宅に売りつけにいく仕事をしていた。

何百件と断られ、『若いもんには売れない』という、キャッチコピーを覆す結論を導きだし、年寄り相手に売り付けようとシフトチェンジしたのが運の月。
ある家の婆さんに「年寄りをそんなに苛めないで。」と号泣されもんで。
そんなもんを見て、こちらも『ええいや婆からもらい泣き』した瞬間、ぷつっと心の中で何かが切れた音がした。
その日から私は、転職活動に励んだ。

「励んだ」なんて立派に言ったが、実際は死んだような顔でインターネットで求人を探し、時折挟まれるスケベなバナー広告に目を奪われながら、ダラダラしていた。

こんな世の中なんで、それなりの仕事しかなかったが、その中でもマシそうな「携帯電話の販売」という求人に目星を付け、応募してみることにした。

母親はこの時期の転職を反対していたが、
「これからの時代、携帯電話が来るから。」
と何十年前の人だよ、みたいな説得をすると、母親も納得してくれた。
こいつチョロいわ。

履歴書には嘘偽りなく、全てをさらけ出して書いた。
不安要素は、転職回数の多さ。
高校を卒業し社会に出てから、三十になる今まで十回の転職を経験をしている。
もう一つ不安要素をあげるとすれば、証明写真の私の顔、ちょっとテカっている。

履歴書を郵送して三日後に「面接をしたい。」という連絡が入った。
どうやら、書類選考はクリアしたようだ。
テカってても問題ないらしい。

告げられた面接日に企業へと向かい、事務所にて部長のツーブロック色黒といざ勝負。
様々な仕事を経験したことを強みとするべく、「あいさつは大きい声ですると、何かいい」ということを必死にアピールすると、八割方聞いてないんじゃあないかと言う相槌の後、まさかの「採用です。」の一声。

仕事が決まったことへの喜びよりも、現職を辞めれるという喜びのが圧倒的に大きく、その日の内に現職の上司に退職の意思を大きな声で伝えた。
「覚えておけよ。」と不穏過ぎる激励の言葉を頂きまして、そのまま晴れて退職、からの新しい職場へとこんにちは。

新天地でいざ頑張ろうかと思っておりましたが、ここからが私が伝えたかった真の物語(ストーリー)なのだよ。

確かに求人には「携帯電話の販売」と書かれていたのだが、全くそんな仕事はさせてもらえないのです。
店頭に立ったのは数える程。
では、私は何をしていたのか。

入社初日にツーブロック部長に、

「悪いんだけど、今日はマサさんの手伝いをしてもらっていい。」

と言われまして、作業服を渡されたのだ。
なんのこっちゃ分からず、言われたまま作業服に着替えると、間もなくマサさんが会社に到着。
顎髭のチャラついた無愛想なマサさんに対して、色黒部長がやたらヘコヘコしていたのが印象的であった。
そのまま、マサさんと共にでかい何らかのトラックで会社を出発し、自動販売機の補充の仕事をした。
何がなんだか事態が呑み込めなかったが、マサさんが初対面且つ、業務初心者の私に罵声を飛ばしながら背中を蹴り付けてくるという優しい指導をしてくれたおかげで、根本的な疑問を投げかけることはなかった。

その日から、色々な仕事をした。

ある時は部長から
「明日は夜勤を頼む。」
と言われ、深夜に大型スーパーに集合し、専門業者に混じって棚卸の仕事をした。

ある時は、工場に呼ばれ、ひたすらに袋詰めされた干物を段ボールに入れる仕事をした。

またある時は、マサさんの怒号を聞き、耳の辺りを蹴られ、数日聞こえづらくなる、そんな感じなアレな仕事をした。

母親には「毎日いろんな仕事ができて、やりがいしかないよ。」と言った。
泣きながら喜んでいた。
こいつ本当にチョロい。


そして、その日はやってきた。

廃棄物の仕分けの仕事を終えた後、会社に戻ってくるなり部長から、「明日は葬儀場の仕事を手伝ってくれ。」と告げられたのだ。

いよいよ私は何屋さんなのだ、と今更ながら混乱してきたが、翌日にはしっかり葬儀場へと集合していたのだから、我ながら本当に真面目だと思う。

私の担当は会場でのお客様の御案内。

案内が終わると、式の間は会場内でずっと突っ立ていなければならない。

全く知らぬ人の葬式で、知らぬ人のすすり泣く音をダイレクトに受け止めているこの状況が阿保程にダルかった。
「仕事だろ。そんな気持ちでいいのか。」
とお叱りを受けそうであるが、私の本業は絶対これじゃあ無いので、悪しからず。

式が終わり、出口へと誘導を行っている時であった。

一人の老母の奇声が会場内にこだました。

「あんたは、あんたは、人の血が通ってないのかえええ。」

何事かと騒ぎの方向を見やると、叫んでいる老母と目があった。

「あんたは、葬式でも涙一つ流さない。鬼じゃ。腐れ外道の獄門鬼じゃいなあああ。」

老母は私を指差して叫んでいた。
目があった、のではなく、どうやら最初から私に向かって叫んでいたらしい。

いやいや、私は式場の一スタッフですよと。
親戚でも友人でも何でもないし、第一そんなの、他のスタッフも一緒でしょう。
何故、私だけ。

そう思い、他のスタッフを見渡すと、全員号泣していたから驚いた。
おいおい、これが「プロ」かよ。

一気に状況が危ういものへと変わったことを感じた私は、何とか弁解せねばと、無い頭(遂に認めちゃったよ)を捻っていた最中、ふと目の前に気配がして、我に返ると、顔のすぐ近くに老母が居た。

老母は私の顔をじっと見ると、「綺麗な顔してるんだね。」と呪文のようにぶつぶつと呟いた。

瞬間、私の右目から火花が飛び散った。
ぐちゅりと、柔らかいものが潰れる音が自分の顔から聞こえると、これまで感じたことのない痛みが私を襲った。
老母が私の右目に指を思い切り突っ込んできたのだ。

「この目が悪いのか。涙を流さないのは、この目かあ。」

私は床に倒れ込み、あまりの痛みに身をよじら唸り声を上げた。
右目から血が流れ、口に入った。
直ぐに吐き出すが、また口に血が入ってくる。
痛みで目を開けることはできないが、きっと眼球は潰れ、失明しているであろう。

ばきゃ

絶望する私の顔面を再び鈍い痛みが襲う。

「まだ泣かんのか。あんたは愚者。愚者。愚者よ。いや、鬼か。さっき鬼って言ったな。獄門鬼。マサ斎藤。」

老母は近くにあったパイプイスで私の顔面を何度も何度も殴り付けてきた。

私は声をあげることすらできず、ひたすらに叩かれ続けた。

鼻にパイプイスの固い脚がクリーンヒットし、気持ちいい音と共に折れた。

歯が折れ、口の中を詰まらせ、血反吐と一緒に吐き出した。

奇声を発し続ける老母の声が、薄れ行く意識の中で聞こえる。

どこかで聞いたことのある声だと思ったら、前職で営業に行った時に号泣されたババアだった。

それを思い出して、何か安心したような気持ちになり、私は静かに意識を失った。

一命を取り留めた私は、ことの顛末を会社に報告するも、
「我々の業務は携帯電話の販売。つまり、これは業務外の事故。労災は下りまへんでえ。」
て食堂のおばちゃんみたいに一蹴された。
そりゃないよ。

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